第66話 case 4-フリーザ
「野球道具いつ買いに行く?グローブとスパイク、バットもいる?練習着も新しくしないとね」
全然違う話。話変えて来た。
でもようやく買ってもらえる。しかもセットで。そう思うと嬉しかった。なぜか、この上がりに上がった気持ちを悟られたくなかった。すぐに欲しいが、考える振りをした。
「あぁ〜、いつでもいいけどぉ」
「そう、じゃあ来週でもいい?」
「いやぁ〜、まぁ、でもぉ、早く慣らしておいた方がいいかなぁ。特にグローブは」
「そう、じゃあ今日買いに行く?」
「え?じゃあ、そぉしよぉかなぁ〜」
何だこの喋り方…バカ丸出しだ…
「何でそんなバカみたいな喋り方なのよ」
同じ事思ってたよ…
「じゃあ、学校から帰って来たら買いに行きましょうか」
「あ、うん」
「ミヤガワスポーツでいいの?」
「いや、イグチの方が良いかなぁ。ミヤスポはローリングス置いてないから」
ミヤガワスポーツ、略してミヤスポだ。
ミヤスポはミズノをメインで取り扱っていた。
央吾の周りでは、ビューリーグやミズノプロが流行っていたが、央吾はローリングスがメジャーリーガーっぽくて大好きだった。
イグチ(スポーツ)にはそのローリングスが置いてある。
「へ〜、そう」
母は全く興味なさそうだ。
朝食を終えると学校に行く準備をする。
いつもとは違い、今日はルンルン気分だ。
さっきまでは恐怖を感じる程暗く曇っていた気持ちは何処へやら。
制服を着て、玄関へ。
靴を履いていると、母が玄関まで見送りにやって来た。
「いってらっしゃい」
珍しい。いや、こんな事は初めてか。
「うん、いってきます」
靴を履き終えた、央吾が振り返ると…
母と目が合った…
あれ?白目は?黒目しか見えない…
目だけ笑ってる…。
いや、目さえも笑ってない…冷たい目…
目尻はカッターナイフの様に鋭い…
「…央吾、あなたは安心していいわよ…」
…、…、…、…、
「…ぇ…?」
空気が一気に張り詰める…
強く細い針の様な糸で繋がったかの様に、母から目線を逸らす事が出来なかった。
薄い氷の上に立っている様に、身動きが出来ない。
これ…金縛り?
一瞬にして昨日の夜の、母の言葉を思い出す…
(階段にいたわよねぇ?)
(起きてるんでしょ?)
(全部話してあげる)
(安心しなさい)
夢じゃなかった…、やっぱり現実だったんだ…。
返す言葉が思いつかない…。
あの時の決心は母の目線に殺された。
「…、…、…、…、…、ぁ…、…、…」
なんとか喉の奥から絞り出した音だった。
…、…、…、…
「どうしたの?いってらっしゃい」
黒目だけだった爬虫類の様な目が急に人間に戻り、体温を感じた。
しっかりと優しい表情に戻った。
「…ぃ…って…きま…す」
呼吸が戻り、なんとか声が出た。
母は目線を外すと振り返り、リビングへと歩き出した。
央吾はそこでようやく金縛りが解け、動き出す事が出来た。
まるでフリーザに睨まれた下等生物だ。
戦闘力が違い過ぎる…




