第59話 case 4-母の手
父が病院に運ばれた。
その連絡が入ったのは、授業中だった。
ガラガラガラッ
学年主任の野村が慌てて教室の戸を開けると、
生徒全員の視線が野村先生へと向いた。
「高梨央吾!今すぐ帰る準備をしなさい」
一気に央吾へと視線が切り替わる。
「え?何かあったんですか?」
「あぁ、事情は後で説明するから、直ぐに帰る準備を」
「あ…はい。分かりました」
何が起きたのか、全く見当もつかないまま帰る準備を開始した。
「いいなぁ〜、俺も帰りてぇ」
「いいだろぉ〜、でも今日の給食カレーだろ?
カレー食べたかったなぁ」
男子、いや全生徒が好きであろうカレーライス。
月に1〜2回のチャンスを逃してしまった。
って言うか、もっと頻度上げろよ。
「何があったの?」
「いや、俺も分かんねぇよ」
こいつさっきの会話聞いてなかったのか…
中3になっても、会話のレベルは小学校の頃からさほど変わらず…いや、むしろバカなやつはより際立っていく。
「誰か死んだんじゃねぇ?」
「縁起でも無い事をサラッと言うなぁ」
「ハハ、ハハハ、ハハハハハ」
全然笑うとこじゃねぇだろ。
ね、バカ際立ってるよ。
「準備が出来たら職員室まで来なさい」
「はぁい」
帰る準備を整え職員室に行くと野村先生は冷静に真面目な顔で話し出した。
「お父さんが事故を起こして、病院に運ばれたらしい。直ぐに三ツ島病院に行くぞ」
「事故?」
「あぁ、詳しくは先生も聞いてないから分からないんだが…」
「わ、分かりました…」
嫌な予感…嫌な予感しかしない…
「さあ早く、先生の車に乗れ。お母さんも向かっているそうだ」
「ありがとうございます」
病院に着くと母が居た。
先生に挨拶をすると直ぐに央吾を連れ、病室へ。
ただただ廊下を無言で歩く母は何も説明してくれない。その表情は無表情にも見えるが、父の心配をしている様にも見えた。
「どうなの?」
たまらず央吾は母に聞いた。
「どうって…、…、トラックとね…、…、…、
正面衝突したみたい…」
「しょ、え…?トラックと…?」
「…、そう…、…」
さすがのピッコロ大魔王にも動揺が見える。
安置室の前まで来ると、母はゆっくりと戸を開け
央吾に部屋に入る様促した。
母が安置室の前で立ち止まった時点で央吾は全てを理解した。
「父さん…、死んだの…?」
目の焦点が合っていないような母は瞬きする事なく、小さくゆっくりと頷いた。
マジ…?死…?え…、?…、…、
理解はしていたが、受け入れられてはいなかった。思考が停止した。
「損傷が酷いから、見ない方がいいかも」
背後から央吾の肩にそっと手を置いた母もまだ焦点が合っていない様だ。
母の手は震えていた。その手の震えからは悲しみが伝わって来た、と同時に母の優しさを感じとる事が出来た。
そんな感情もちゃんと持ち合わせているのだと、
こんな時だが央吾は少しホッとした。




