第5話 case 2-コテージパイとワイン
家に着くとスミスはまず母親を探す。
「母さぁーん、母さぁーん」
母親がキッチンの方からゆっくりと顔を出した。
「アーサー?おかえり」
アーサーとはスミスの名前である。
母親は疲れていた表情を何とか明るく変えたが、声は少し震えていた。
「今日はどう?父さんは?」
「うん、いつも通りよ。さっき少しカッとなったけど、今は落ち着いて裏庭にいるわ」
「怪我はない?少し休んで」
「大丈夫よ。ありがとう…」
スミスは裏庭に行き、父親へ声をかけた。
「父さん、ただいま」
父親は花壇に水をあげていた手を止め、振り返えると、スミスの顔を見ながら不思議そうな表情を浮かべ、軽く会釈をすると、再び水をあげ出した。
「今日もダメか…」
スミスはため息をつくと、母親がいるキッチンへ向かった。
父親はアルツハイマー病であった。スミスが体調を崩す少し前からその兆候があったが、スミスが家で静養し始めた頃から症状が一気に悪化した。
非常に温厚な性格の父親であったが、4年程前から時折り母親へ暴力を振るう様になっていた。
これが、スミスが大学に戻れないもう一つの理由である。
スミスが毎日欠かさないルーティンは母親へ暴力を振るわない様にとの思いから始めた験担ぎであった。
「お父さん、どうだった?」
「花に水をあげてたよ、声をかけたら、会釈されたよ」
最近では息子であるスミスの事すら認識出来ていない時が多い…。
父親のアルツハイマー病について調べるうちにスミスはまた一つ大きな不安を抱えることになっていた。
医者から家族性アルツハイマー病であると告げられたのである。
アルツハイマー病患者の1%はこの家族性アルツハイマー病とのことで、100%遺伝するらしい。また、その子供は親と同年齢の時期に発症し、その後死亡する。
脳内のアミロイドβが急増し発症するらしいが、現代の医学でも原因と治療法は確立されていない。
ある夜。
食卓を囲み、家族3人での夕食が始まった。
「今日は私の好きなコテージパイだ、ありがとうアメリア」
「いえいえ、何か飲みますか?」
「あぁ、ワインをもらおうか。今日はアメリアも飲みなさい。君も飲むかね?」
父親はスミスの事を息子の友人だと認識しているようであった。
「はい、私も頂きます」
スミスは父親がパニックにならないよう、友人として振る舞った。
「私はアメリアの作るコテージパイが好きでね。この辺りではシェパーズパイがポピュラーだが、私はどうもラム肉が苦手でね」
「では、乾杯」
「うん、やっぱりこのコテージパイにはワインが良く合う」
父親は一口一口をしっかりと味わう様にコテージパイを食べてはワインを飲んでいた。
母親も父親の満足そうな顔を見て、安心し笑みを浮かべていた。
「ところで君はどこの大学に通っているんだ?」
「オックスフォードです」
突然の質問に、スミスは友人の設定を忘れていた…




