第40話 case 4-祖母のぼた餅
家に着くと、央吾はそ〜っと家の中に入ったが母に見つかってしまった。
「鐘が鳴り終わるまでに家に帰りなさいっていつも言ってるでしょ。何回言えば分かるのよ。もう外にいなさい」
母にそう言われた央吾は庭にある金木犀の木にもたれかかっていた。
向かいの長屋に住む郷田がチラチラこっちを見ながら歩いていた。不気味だった。
「央君、何してるの?また門限破ったの?お母さんに一緒に謝ってあげるから、家に入ろう」
買い物から帰った来た祖母が声をかけてくれた。
祖母は優しかった。
時々、座談会を欠席し央吾と一緒に留守番をしてくれたり、散歩と称して央吾を連れ出し神社の出店で遊ばせてもくれていた。
母からの許しが出たため、野球だけは習う事が出来たが、その野球道具を買ってくれるのも、いつも祖母である。
高梨家ではイベントが無い。
クリスマスなんかは御法度中の御法度。
近所の教会では毎年子ども達を集めクリスマスパーティーを開催していたが、央吾はいつも参加出来なかった。
唯一のイベントは12月31日に親戚総出で淡路島の総本山へ行く事である。
父方の親戚は全て世界の始まり神教に入会していた。
19時頃から年を跨ぎ深夜2時頃までひたすらゴンギョウである。
央吾はそれが嫌で嫌で仕方なかった。
ある日、学校から帰って来た央吾は凍える手を時折七輪で暖め、いつも通り内職を手伝いながら祖母に聞いてみた。
「ばあちゃん、また今年もソウホンザンに行くの?」
「そうだねぇ、年末にしかテンショウサマに会えないからねぇ…」
祖母は少し遠くを見た後、間をあけて話しを続けた。
「ばあちゃんと留守番する?ぼた餅作るから一緒に紅白歌合戦見ながら食べようか」
祖母は優しい顔で央吾に言うと、
「やったー!ばあちゃんと留守番する!」
満面の笑みで答えた。
央吾は甘塩っぱい餡子を餅米で包み、きな粉をまぶした祖母のぼた餅が大好きであった。
ばあちゃんのぼた餅、それを想像するだけで口の中は唾でいっぱいになった。
央吾の笑顔を見ると、目尻が下がりっぱなしの祖母であった。
その日の晩、風呂から出てきた祖母は脱衣所で倒れた…
見つけたのは祖母と一緒に風呂に入ろうと脱衣所に入った央吾である。
裸で倒れている祖母を見て何が起きているのか分からない央吾は思考が停止し、息をするのも忘れていた…
「わぁーっっっ!!」
呼吸の開始と共に、央吾の意思とは関係なく叫び声が出て来た。
その叫び声を聞き、父がとんできた。
「どうした!」
央吾の視線の先にいる祖母を見て、父は直ぐに状況を把握し、
「救急車だ!救急車を呼べっ!」
父の声が家中に響き渡った。
「何!?どうしたの?」
母も直ぐに状況を理解し、黒電話へ走った。
「時子!時子!」
救急車を待つ間、祖父はずっと祖母の名前を呼び続けていたが、反応する事は無かった…
救急隊員が家に入って来た時もめぐみはテレビにかじりついていた。
その光景は央吾が大人になっても忘れる事ができない物となる。
央吾はこたつとテレビの間に座り込みテレビの明かりに照らされているめぐみの顔面に、気づいた時には蹴りをいれていた。
「何してるのよっ!!」
めぐみは当然大声で泣き出し、央吾は母に怒られた。
祖母が倒れた悲しみや恐怖とめぐみへの憎悪、母への敵意…グチャグチャにかき混ぜられた感情が胸から頭へと押し出され、央吾は狂った様に泣いた。
見かねた祖父はそんな央吾を抱きかかえ救急車へ乗り込んだ。
救急車の中で央吾は感情を取り戻せないまま、祖母の手を握り、祖父と一緒に何度も何度も呼び掛けた。
「ばあちゃん!ばあちゃん!」
「時子!おいっ、時子!」
すると祖母の手が、央吾の手を強く握り返して来た。
その時、スッと感情が胸に戻って来た。
ずっとどこに焦点が合っているのか分からなかった央吾だったが、祖母の笑った顔がはっきりと見えた。
ゆっくりと本当にゆっくりと祖母の手の力が
抜けるのが分かった。
救急車の中で、祖母は静かに息を引き取った…
央吾は泣いた。
しっかりと胸の真ん中にある感情で泣いた。




