第25話 case 3-試合開始
エヴァが突拍子もないことを言い出したが、それを聞いたカールは考える事もなく了承した。
「やりましょうよ、テニスの経験は?」
まさかこんな事になるとは思っていなかったアビゲイルは驚いたが、ここで断っては一生後悔してしまうと思った。
「学生時代にボストンで上位入賞した事があるよ。でもそれ以降は趣味でやっている程度だけどね」
「ボストンの上位、それは凄いっ!」
早速、準備運動を始め試合を開始した。
当然、全盛期のアビゲイルであってもカールに勝てるはずもないが、カールはアビゲイルに花を持たせてくれた。
「やったぁ〜!カールに勝ったぞぉ〜!」
アビゲイルは大はしゃぎした。エヴァも讃える様に万歳していた。
「いやぁ、参りました。今度のデビスカップに推薦しておくよ」
「ハハハ、カールありがとう。こんなにエキサイティングしたのは初めてだったよ。ボストンに帰ったらカールに勝ったと皆んなに自慢するよ」
当然、アビゲイルも花を持たせてくれた事は百も承知であったが、それがたまらなく嬉しかった。
その後、2人は色々見て回ったがとにかく人が多かった。乗員乗客3300人以上の人でひしめき合っていた。
2人は部屋に戻り一息つく事にした。
「まさか、ミレーにフットレル、カールにまで会えるとはなぁ」
「そうですねぇ、初日からこんな事が起きるんですねぇ」
「エヴァ、君のおかげでカールとスカッシュも出来たよ」
「いつも口癖の様に言ってましたからねぇ。一生に一度のチャンスだと思いましたから」
「あぁ、はしゃがずにはいられなかったよ」
「足腰大丈夫ですか?」
「少し腰が痛むけど、この思い出の代償なら安いものだよ。休めば治るさ」
18時になりレストランに着くと既にミレーが座っていた。
「こっちです、こっちです」
ミレーに手招きされ、2人が席に着くと直ぐにフットレルとハリスもやって来た。
ディナーはフランス料理のフルコースで会話と共にお酒も進み楽しい夜となった。
途中、カールとウィリアムズも合流する事になりスカッシュだけでなくワインも一緒に飲む事が出来た。
このレストランは一等客専用のレストランだけあってタイタニック号の設計者や鉄道会社の社長、有名な弁護士や実業家などなど一度は新聞で見た事のある顔ぶれであった。
「僕はアビゲイルさんにスカッシュで負けましたぁ〜、楽しかったよぉ〜」
カールは非常に酒に弱く、すぐに顔が真っ赤になり酔っ払っていた。
酔っ払ったカールは頭をかく癖があり、昼間とは違い髪の毛はボサボサで、あんなにパッチリしていた目も開いているのか閉じているのか区別がつかない程であった。
アビゲイルはそんなカールを見て、まるであの日叶わなかった息子との酒を楽しんでいる様であった。
「カールも酔っ払った所で今日はお開きにしますか」
ミレーの言葉と共に皆んな立ち上がったが、カールは酔い潰れ寝てしまっていた。
「カールは僕が部屋まで送り届けますから、どうぞ皆さんは解散して下さい」
そう言うと、ウィリアムズはカールの左腕を自分の左肩に回してなんとかカールを立たせ、
「カール!カール!部屋へ戻るよ」
何も答えないカールの足元はおぼつかず、しゃっくりだけを繰り返していた。
ウィリアムズもカールに負けず良い男で優しい青年であった。
アビゲイルとエヴァはその青年2人を息子達に重ね合わせ、微笑んでいた。
「エヴァ少し夜風にでも当たりに行こうか」
アビゲイルはエヴァの車椅子を押しながらデッキへと向かった。
4月10日にサウサンプトンからニューヨークに向け出航したタイタニック号は14日夜に氷山へ衝突、15日未明に大西洋の真ん中で沈没する事となる。




