第151話 case 5-多忙な日々に…
“ブラックホールは爆発する”と題した論文は瞬く間に話題となり、同時に“ホーキング放射”も注目を浴びる事となった。
天才スティーヴン・ホーキングの名が世に知れ渡ったのである。
一方、ALSの進行が医者の予想に反しかなり遅く、2年の余命宣告から10年が経とうとしていた。
とは言え少しずつ、そして着実にスティーヴンの体を蝕んでいった。
それはジェーンの負担が確実に増加していく事を意味している。
そしてジェーンの神に祈る回数は徐々に増加していった。
ジェーンは生まれながらにして、クリスチャンだ。
教会に行きキリストに祈る事で、ギザギザに傷んだ心を丸く整え自分を保っていた。
家事に育児そして、スティーヴンの介助、空いた時間があれば物理学の勉強。
スティーヴンが有名になればなるほど、天才物理学者の良き妻としての重圧と戦っていたのだ。
そつなく家事をこなし、子供たちとも公園で遊びつつ、主人の介助にも手を抜かない。
周りから見れば、ジェーンはとても献身的で理想的な妻であり、母であったはずだ。
“車椅子の天才物理学者”として超が着く有名人となったスティーヴンは、学会や国際会議等への出席も急増した。
それに比例、いや2乗する様にジェーンは多忙を極めた。
ある日の休日、
いつもの様にスーパーオキシド・ジスムターゼ酵素たっぷりのスムージーと朝食を作り、食べ終えると片付け、家の掃除、子供たちの宿題を見ながらスティーヴンの介助。
「もうこんな時間…?」
ふとジェーンが時計に目をやると、既に11時半を回っていた。
すぐに昼食の準備に取り掛かるためキッチンに立つ。
ほどなくしてロバートとルーシーの喧嘩が開始された。
まだまだ幼い2人、絵本や玩具の取り合いは当然。
「喧嘩始まったよぉ〜」
スティーヴンのあっけらかんとした声がキッチンに届く。
ジェーンはすぐさま喧嘩を止めに入るが、スティーヴンはいつも通りの笑顔だ。
なんとか喧嘩をなだめ、再びキッチンに立つ。
食事が終わると片付け、子供たちを連れ公園へ、帰る途中で買い物を済ませ、家に帰った。
家に着くとすぐに、
「おかえりジェーン、コーヒーを入れてくれないか」
スティーヴンから何の悪意も無い笑顔の要望。悪意が無い分、ジェーンを苦しめていたのかもしれない…。
「ママ、おやつ」
スティーヴンのコーヒーを準備した後、子供たちのおやつを準備した。
おやつとジュースを飲むと、うとうとし出した子供たち。
この隙間時間にスティーヴンが次の学会に必要な書類を整理し、ジェーン自身の物理学の勉強をした。
1979年には3人目の子供となるティモシーが誕生し、側から見ればとても幸せな家庭に見えただろう。
いや、スティーヴンを含め子供たちも何の不満もなく過ごしていただろう。
でも、ジェーンは違っていた。いや、まだジェーンですら、自身の気持ちに気付いていなかったのかもしれない。
この日も教会でいつもの様に祈るジェーン。
ある男が声をかけてきた。
はっきり言って、ジェーンは美人だ。




