第150話 case 5-ホーキング放射
「凄いぞっ、凄いぞっ、ロバート!」
ロバートは訳が分からなかったが、初めて見る父の大爆発の喜び様に対し、同じ笑顔で応答した。
「何を騒いでるの?ルーシーが起きちゃうじゃない」
ジェーンは買い物帰りに寝てしまったルーシーを抱きかかえ、スティーヴンの部屋に不機嫌そうな顔を覗かせた。
「あぁ、ごめんごめん」
スティーヴンとロバートは最後に両手で大きなハイタッチをし喜びを表す。
「何なの?どうしたの?」
更にジェーンの顔は険しくなる。
「これだよ、これ」
そう言いながらスティーヴンはロバートが持っていたストローを突き挿している丸いパンをジェーンに見せた。
「だから、それが何なのよ?魔法の杖って言いたいの?」
「これが、ブラックホールだよ。これはまさに魔法の杖だ」
ロバートが遊んでいたパンがブラックホールで魔法の杖…全く意味が分からないジェーンの表情はあのアーサー以上の無表情だ。
「ハハハ、これを見てくれよ」
そう言うとスティーヴンはさっき描いたブラックホールの絵を誇らしげに掲げた。
それはブラックホールの周囲にある降着円盤と光が歪んで見える重力レンズ効果を理論的に表現し、間接的にブラックホールを可視化していた。
そして、その事象の地平面である真っ黒な球体の上下から一筋の何かが放射されている。
まさに、ロバートの魔法の杖のごとくブラックホールにストローを突き挿している様だった。
「それが?ブラックホール?」
「そう、観測する事ができれば必ずこう見えるはずだよ」
「でも、ブラックホールからはこの宇宙最速の光ですら逃げだせないんでしょ?」
「そうだよ」
ニヤけ顔のスティーヴン。
「じゃあ、その上下に放射されている物は何?」
ジェーンはケンブリッジ大学を卒業してからも物理学の勉強を怠っていなかった。
それは、天才スティーヴンについて行くため。
少しでも会話を成立させるためであった。
「いい質問」
待ってましたと言わんばかりに説明を開始した。
「ブラックホールの周囲では粒子と反粒子の対が一瞬生まれるんだ、そしてその一方がブラックホールに落ちて、一方が外へ逃げる。だから外へ出た一方が放射として観測される…と思うハハ」
「と思うって…だから何で外へ逃げ出せるのよ?」
「事象の地平線付近で生まれた粒子は脱出できるよ。あと…量子は光速を超えるよ。全部じゃないけどね、確率的に外へ逃げれるんだ、低い確率だけどね。アーサーにも聞いてほしいな。どんな理屈が投げ返されてくるのか楽しみだなハハハ」
「呆れた…私じゃ、お話にならないみたいね…」
「ママ、ジュース」
ゴリゴリの物理学は幼いロバートには理解不能…当然暇になり、さっき父と騒いだ反動で喉が渇いている事に気が付いた。
ロバートが言った「ジュース」と言う甘い単語に反応してルーシーも目を覚ました。
スティーヴンを残し3人はジュースを飲むためダイニングへ。
スティーヴンは再度ペンを取り、何事もなかったかの様に論文を書き進めた。
この数ヶ月後、ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて爆発により消滅するという理論へと発展させ発表した。
“ホーキング放射”と名付けたこの現象は、一般相対性理論と量子力学を融合させた理論であり、それまでの常識を覆すものであった。
1974年、スティーヴン・ホーキングが天才と呼ばれるきっかけとなった論文である。




