第148話 case 5-宇宙論変態男
これまでの常識で言えばこの宇宙は始まりも終わりもない“定常宇宙論”が一般的だったが、1965年に宇宙初期の黒体放射が観測された事により、宇宙には始まりがあり、非常に高温・高密度の状態から膨張を始めたとする“ビッグバン宇宙論”が立証された。
以降“定常宇宙論”は廃れ、“ビッグバン宇宙論”が一般的となる。
「ビッグバンが発生して急激な宇宙の膨張が始まったんだ。その時、宇宙全体が急加速度的に膨らむから、宇宙自体が揺れているような状態になる。って事は、その時に発生した揺らぎ、つまり重力波が残っているはずなんだ。その重力波をキャッチできれば初期の宇宙の姿が分かるかもって事ハハ、ワクワクするだろ?」
「この説明で間違ってないよなぁ?」
スティーヴンはジェーンへの説明を終えると、アーサーに同意を求めた。
「あぁ、間違えてない」
ジェーンはこの説明で理解はしたものの、この宇宙論変態男たちに呆れていた。
ついこないだ発表された論文を既に読み、完全に理解している。
そして、これまでの常識でさえも一つの観測事実で全てを覆せる柔軟さ、
時折り物理学者は頭が固く融通の効かない人間だと思われがちだが、全く逆の生き物だとジェーンはこの時思い知らされる。
よくよく考えればアインシュタインも1905年に提唱した“特殊相対性理論”によって、これまで誰もが絶対的だと考えていた“時間”でさえも相対的だと捨てさっていた。
「え〜っと、じゃあそのビッグバンの時に発生した重力波ってどのくらいの揺らぎなの?」
ここまできたらジェーンの質問は当然だ。
「10の-35乗だ」
「ブフーーーーッ!」
ジェーンは驚きのあまりスティーヴンの顔にコーヒーを勢いよく吹き出してしまった。
「いつ計算したんだよっ!ハハハ」
アーサーの即回答にスティーヴンがツッコミを入れる。
顔に吹きかけられたコーヒーの事は特に気にしていない様子。
「論文を読んだ直後だ」
アーサーはスティーヴンの顔のコーヒーに少し驚いたのか、眉を少しあげながらも質問に答えた。
「ごめん!ごめん!」
ジェーンはすぐにハンカチでスティーヴンの顔を柔らかく拭き出した。
「ゴホッ、ゴホッ」
突然咳き込むアーサー。
スティーヴンとジェーンは心配そうに見守り、ジェーンの手は止まった。
「す、すまない、長居し過ぎてしまった。私はこれで」
そう言うとアーサーは席を立った。
スティーヴンはもっと宇宙論について話したそうであったが、アーサーの体を気づかいそのまま見送る事にした。
「この資料は?」
スティーヴンはゆっくりと玄関へ向かうアーサーへ投げかける。
「君に預けておくよ、手元に資料があると静養にならない」
「アハハ、そうかそうか。そりゃそうだな」
アーサーは今日、この資料をスティーヴンに預けるために訪問した様だ。
「来月には戻って来るんだろ?」
「あぁ、そのつもりだ」
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
アーサーは小さく頷くと、
「ジェーン、ご馳走様。久々のサンドウィッチ美味しかったよ」
「いえいえ、また来てね。いつでも作るから」
アーサーは感謝を告げると部屋を出て行った。
この日を最後にアーサーとスティーヴンはもう会うことは無い…




