第145話 case 5-アインシュタインからの宿題
一般相対性理論でブラックホールの存在は理論的に予言されてはいたものの、観測はされていない。
「観測できるか?」と言うこのスティーヴンの問いに対し中指でメガネを直しながらアーサーは即座に答えた。
「直接は無理だな」
「だよなぁ、光さえも脱出できないもんなぁ…、真っ黒だよなぁ…」
そう言いながらスティーヴンは背もたれに勢いよくもたれ掛かった。
「間接的になら観測はできるが」
その言葉を聞いたスティーヴンは直ぐに両肘をテーブルに乗せ前のめりになった。
「どうやって?」
「事象の地平面より中心は真っ黒だから直接観測はできないが、降着円盤なら観測できる」
「ど、どう言うこと?」
皿に盛り付けたサンドウィッチをアーサーのコーヒーカップの隣に置きながらジェーンは問い掛けた。
たまごサンドの黄色、ハムサンドの赤色とレタスの緑色が、真っ白の皿によく映え見るからに美味しそうだ。
「ん?あぁ、すまない。ありがとう」
サンドウィッチを見たアーサーは素直に礼を言うと、左手で一つ取り上げた。
「マスクを外してもいいか?」
ここ数日は特に高熱にうなされ、まともな食事をしていなかったアーサー。
ジェーンの手作りサンドウィッチを目の前にし、咄嗟に左手が出た。
体が求めているとはこう言う事かもしれないとアーサーは感じた。
「アハハ、そんな事いちいち確認しなくても」
スティーヴンは食べるのを促すように「どうぞ」と手のひらをそっと差し出した。
左手にはサンドウィッチ、右手にはコーヒーカップを持ち、アーサーはさっきまでの食欲の無さがウソの様に久々に優雅な食事を楽しむ事ができた。
ジェーンはその姿を見て満足気にイスに座りながら説明の続きを聞いた。
「さっきの続きだけど、どう言うことなの?」
「ブラックホール自体は見えないけど。降着円盤によって輪郭は見えるってことか?」
スティーヴンも続け様に質問する。
サンドウィッチを食べ終え、コーヒーカップを静かに置くとアーサーは答えた。
「その通りだ」
降着円盤とはブラックホールの周囲を公転しながら落下していく物質によって形成される物で、アーサー曰くその物質は摩擦によって光を放つため周囲は明るくなり間接的に観測ができると言う事らしい。
また重力の影響でブラックホール後方の光もねじ曲げられる重力レンズ効果により輪郭が見えると言う理屈だ。
「見てみたいなぁ、ブラックホール」
スティーヴンの子供の様な無邪気な好奇心がこぼれ落ちる。
「そうだな」
3人は朝の爽やかな日差しが降り注ぐ窓の外に目線を移した。それは、そこにはあるはずもないブラックホールを探しているかの様だった。
その後アーサーの言う通り、2019年におとめ座銀河団内にある楕円銀河M87の中心に位置する超大質量ブラックホールの観測に成功する。
アインシュタインからの宿題を100年以上かけ、実証できた。
しかし、残念ながらスティーヴンとアーサーはその画像を見る事はない。




