第143話 case 5-定型文の様な挨拶はそこそこに
スティーヴンとジェーンがアーサーの部屋を訪れてから数日後。
キンコーン…、
スティーヴンとジェーンが暮らし出した部屋の呼び出し音が鳴っている。
1、2、3、…、…、…、
スティーヴンはベッドの上で秒数をカウントしていた。
…、…、17、18、…、
アーサーはあの日以来研究室に来ていない。もう田舎に帰ったのかもしれない。
…、…、…、29、30、
キンコーン…、
30秒に1回の一定の間隔。多分あいつだ。
「スティーヴン、私だ。アーサーだ」
やっぱりアーサーだった。スティーヴンはベッドから起きあがろうとしている。
「私が出るわね」
スムージーの準備をしていたジェーンは手をエプロンで拭きながら扉へと向かった。
「はぁーい、今出まぁす」
扉を開けるとマスクをしたアーサーが立っていた。頭髪は整えられ、メガネも歪んでいない。手には大きなバッグと鞄を持っていた。
ジェーンはアーサーをリビングへ通すと、ベッドから車椅子へ乗ろうとしているスティーヴンの元へ駆け寄った。
「大丈夫、まだこれぐらいなら自分でできるよ」
スティーヴンは車椅子に乗りリビングの奥にある寝室から出てきたが、目を細め驚いていた。
リビングのテーブルに分厚い紙の束を置いていたからだ。それは確実に今アーサーが研究中の宇宙論の資料だ。
「おはよう。体調はどうだい?」
「おはよう…、熱は下がり切ってはないが、まあ何とか動ける」
微熱と高熱を繰り返しており、夕方あたりになると高熱、そしてなぜか朝になると微熱になっているらしい。
ただ、この数日は高熱が続いていた様で田舎に帰ろうにも帰れなかった様だ。
アーサーによると今日ここに寄った足で田舎に帰るらしい。
2人に感染させてしまう可能性もあるためマスクを二重にしているのだと言う。
定型分の様な挨拶もそこそこに、アーサーは研究資料の説明を開始した。
「これが一般相対性理論と量子力学を統一するために、私が研究している資料と参考にしている論文だ」
スムージー入りのコップをスティーヴンに渡しながらジェーンは、難解過ぎる計算式がびっしりと書かれたその分厚い資料を覗き見た。
「私には無理ね…その式は全く分からない」
物理学が得意なジェーンでもアーサーが導き出そうとしている式の意味すら分からなかった。
「アーサーさんコーヒーでも飲む?」
「いや、やめておく。飲む時にマスクを外さなければならない」
「ハハハ、そんな事気にするなよ。ジェーン、コーヒーを入れてあげて」
「了解」
ジェーンはニコッと笑うと、すぐにコーヒーを入れ、アーサーの手元へコーヒーカップを置いた。
「前に言ってた、紐の揺らぎって言ってたやつ?」
「超弦理論だ」
アーサーは正式名称を放つ。
「40年ぐらい前に発表したやつだろ?」
「44年前だ」
アーサーは即訂正した後、続けた。
「それ以降も有力な論文は発表されているが、決定的ではない」
「それって“万物の理論”ね。聞いた事はあるわ」
ジェーンもコーヒーカップを持ちスティーヴンの隣に座った。




