第142話 case 5-静養の判断
コンコン、
扉をノックするが部屋の中から返事はない。
「アーサー、アーサー、大丈夫か?」
昨日、結婚式を終えたばかりのスティーヴンとジェーンは欠席していたアーサーを心配し、部屋を訪ねていた。
アーサーは大学の近くにある寮に住んでいる。
ドンドンッ、ドンドンッ
「おーい!アーサー!」
スティーヴンは扉を強く叩きながら呼びかけるが、やはり返事はない。
「居ないみたいね…」
車椅子に座っているスティーヴンにもたれ掛かりながらジェーンが言うと、納得できない顔をしているスティーヴン。
「いつも静かで無愛想だけど、約束を破る様なやつじゃないんだよなぁ…」
「夕方にもう一回来てみようか」
そう言うとジェーンは車椅子を押し始めた。
すると出入り口の方から歩いて来る人影が見えた。暗い廊下からは逆光で誰か分からない。
歩幅も狭くトボトボと、そしてフラフラと歩く姿は遠目から見ても体調が悪そうであった。
「アーサー、アーサーじゃないか」
毎日の様に顔を合わせていたスティーヴンですら近付くまでアーサーだとは分からなかった。
いつも綺麗にセットされた頭髪、歪みを許さないメガネ、背筋を伸ばしスタスタと歩く姿からは程遠かった。
スティーヴンの声に気付き顔を上げるアーサー。
初めて見る無精髭、いつもの鋭く神経質な目つきではなく明らかに憔悴していた。
「お、おぃ、どうしたんだよ、アーサー」
目に見て分かる体調不良振りにスティーヴンとジェーンは心配を隠せない。
「…、スティーヴンか…昨日は出席できず…すまない…熱が下がらなくてな…」
「休みがちだったのは、それが原因か?」
「…そうだ」
この数ヶ月、研究室に来る頻度が少なかったアーサー。来たとしても必要最小限の会話しかしなかった。ただ、それは周囲からすればさほど違和感が無かった。
「病院には行ったの?」
ジェーンも心配そうだ。車椅子を持っている手に力が入っている。
「何度か…今もその帰りだが…特に異常が無いそうだ」
「異常が無いなら良かったわ」
「いや…良くはない…原因が分からなければ対処のしようがない…」
ジェーンの気遣いも意に介さず、どこまでも冷静で現実的なアーサーの返答。
「そ、そっか…そうだね。ご飯ちゃんと食べてる?何か作ろうか?」
「いや、いい…。何かのウィルスの可能性もある…近寄らない方がいい」
「じゃあ、どうするんだよ?病院でもらった薬も効いて無いんだろ?」
「あぁ、少し実家に帰って静養しようと思っている」
「田舎に帰るのか?」
何かしらの診断が出ればケンブリッジにいる方が大きな病院もあり便利なはずだが、そのメリットは無いと判断したのだろうとスティーヴンには止める事は出来なかった。
「どれぐらいで戻って来るんだ?」
「とりあえずは1ヶ月程休みを貰えるように手続きをしてきた」
「そうか、まあ1ヶ月も休めば良くなるだろ」
だが、その後アーサーがケンブリッジの研究室へ戻って来る事は無かった…




