第139話 case 5-重力的に完全に崩壊した物体
自分には何が出来るのか…ようやくすべき事が決まった。
ジェーンの心もまたスティーヴンと同じく、余命宣告を受けたあの曇天の日から、晴れる事は無かった。
賭ける物すら無かった…すがる物すら無かった…、
可能性が低いとは言え、このスーパーオキシド・ジスムターゼと言う一条の光を掴み、離さないと心に誓った。
「じゃあ、まずは買い物ね」
俄然やる気の出て来たジェーン。
「ちょっと待ってて」
そう言うとジェーンは買い物へ出て行った。
「これの事は一旦ジェーンに任せようか」
スティーヴンはそう言いながらスーパーオキシド・ジスムターゼ酵素入りのコップをテーブルの端へと移動させた。
「では、私は帰ろうか」
「おいおい、何でそうなるんだよ」
スティーヴンは帰ろうとするアーサーを呼び止めた。
「ブロッコリーやほうれん草は、まだたくさんある。あとはジェーンに作ってもらえるだろ」
「そうじゃなくてさ、ジェーンのウデでこれがどれぐらい美味しくなるか興味ないか?」
「…、いやない…」
「それはないよぉ〜、ジェーンが頑張ってくれてるんだからぁ、このスーパーオキシド・ジスムターゼの摂取はアーサーからの提案なんだから最後まで責任を持たないと」
アーサーは眉間にシワを寄せ、普段よりも少し険しい表情で5秒程考えた。
「…分かった」
「ハハハ、そうこなくっちゃ。じゃあ最近あった面白い事、何か話してよ」
スティーヴンはニコニコしながらアーサーに話題提供を求めた。
「あぁ、そう言えば。こないだ研究会の会場で“重力的に完全に崩壊した物体”の事を誰かが“ブラックホール”と呼んでいたそうだ」
「アッハッハッハ、“ブラックホール”かそれはいいな、全てを引き込む落とし穴だからなハハ」
数日振りの2人は時間を忘れるほど、一般相対性理論の話で盛り上がった。
、、、
、、、
ジェーンが買い物から帰って来た。
「ただいまぁ〜、…ぅゎっっ」
ジェーンは2人の会話の内容を聞き、驚いた。と言うか、引いた。
「呆れたぁ、相対性理論の話してるの?」
「一般相対性理論だ」
アーサーが即訂正する。
「すみませぇ〜ん」
ジェーンもアーサーに慣れてきたのか、アーサーの神経質訂正には適当に謝罪し、そのままキッチンで準備を始めながら2人に質問した。
「ブラックホールって何?」
「一般相対性理論の厳密解によって予言されていた、光速でも脱出できない時空の領域の事で。大質量の恒星が一生の最期に重力崩壊することで形成されることから“重力的に完全に崩壊した物体”と呼ばれていたものだ」
アーサーは早口で表情を変える事なく答えた。
するとスティーヴンが笑顔で補足してくれた。
「要するに、光でさえも飲み込んでしまって真っ暗な天体だから、“ブラックホール”って呼ばれ出したってこと」
「へぇ〜、ブラックホールねぇ…」
「はい、準備できたよ」
ジェーンはブラックホールの話をしっかりとテーブルの端に追いやり、スーパーオキシド・ジスムターゼの話題へと変換した。




