第13話 case 3-二つの革命
「アビゲイル、君が見つけて来てくれたオフセット印刷機、あれが大当たりだったよ」
「工場長になったばかりの頃だな。どうにか品質と生産量を両立させないと、と思ってた矢先に見つけたんだよ」
1904年に銀行の印刷部門を任されていた技術者のアイラ・ワシントン・ルーベルが紙幣印刷に適したオフセット印刷機を開発。
それまでの石版印刷とは違い、インクや紙に仕上がりが左右されず、大量生産に適した印刷機である。しかもコスト削減出来るだけでなく、微細部までの高精度の再現性があり、美術・広告・出版業界からも注目を集め、印刷業界では革命が起きた。
その情報をどの会社よりも早く察知し、導入したのがアビゲイルである。
この印刷会社が大きく成長したのは、アビゲイルのおかげと言っても過言ではなかった。
「本当に凄い物を見つけてきてくれたよ。親父も大喜びしてたな。世界が変わる様だった。オフセット印刷の話題で持ち切りになるはずだったんだよ」
「あぁ、私もそう思ったよ。まさかその半年後に、あの論文の発表だよ」
「「特殊相対性理論」」
2人の声が揃った。
「アインシュタインだよ。大激震だったよ。印刷業界はそっちのけで、その話題ばかりだったな」
「そうそう、でもあの論文の印刷をうちで大量に受注できたからな」
「皆んな印刷物読んでたよなぁ」
「あぁ、数式とかは難し過ぎて、半分ぐらいは理解出来てないけどなハハハハ」
「いやいや理解出来たのは、1割か2割ぐらいだろハハハハハ」
1905年に当時特許庁の局員だったアルベルト・アインシュタインが提唱したのが特殊相対性理論である。特殊相対性原理と光速度不変の原理が基礎となっており、動く物の時間の遅れや空間の縮み等、直感に反する現象が導き出され、それまで信じられていた万有引力の法則では水星の軌道に矛盾が生じていたが、この理論で計算すると全く矛盾なく説明出来た。
印刷業界での革命の直後に物理学においても大革命がおきていた。
「まだあの論文読んでるのか?」
「あぁ、寝る前に毎日の様に読んでるよ」
「凄いなぁ〜、僕はもう諦めたよ…」
「いやいや、読み出すと直ぐに眠くなるんだよハハハ」
「子守唄の代わりかハハハハハ」
「それはそうと、何の呼び出しだい?昔話ならこれからいつでも出来るだろ」
「そうだったそうだった、これを渡そうと思ってな」
そう言うとジョージは内ポケットから封筒を取り出し、アビゲイルへ差し出した。
「ん?何だ?退職金はもうもらっているだろ」
「まあまあ、中を見てくれよ」
アビゲイルは封筒を開けると、中に入っていた紙切れを取り出し、固まった…
「おいっ!おいっ!おいっ!おいっ!これはっ!!
デビスカップの観戦チケット!」
デビスカップとは1900年から始まったテニスの国際大会である。
四大大会ではないものの、国別対抗の大きな大会であり、非常に人気が高かった。
「しかも、ペアで3日間全てだ。アビゲイルはテニス上手かったし、今でも好きだろ?」
「もちろんだぁ、最高だよっ、ジョージありがとう、エヴァも喜ぶよ、老後の楽しみがまた
増えたよ」
「ハッハッハッ、良かった良かった、僕からのプレゼントだ」
高校卒業から何十年もの間、毎日のように顔を合わせ一緒にやって来たこの家族の様な存在に、ジョージもアビゲイルもお互いに感謝し合っていた。
「また今度うちに来てくれ、エヴァも喜ぶよ。ビールでも飲んで語り明かそう」
「特殊相対性理論について?」
「それは私の子守唄だ」
「ハハハハハ、ハハハハハ」
この日で定年退職を迎えたアビゲイルは大勢の人に惜しまれながら会社を後にした。




