第128話 case 5-一般相対性理論の壁
苦笑いするしかないジェーンであったが、2人の会話は続く。
「アーサーのランチはいつもサンドウィッチとコーヒーなんだ。しかもサンドウィッチは必ず左手で食べるハハ」
「仕方ないだろ、癖なんだ。もう意識すらしていない」
「な?変な奴だろ?ハハハ」
スティーヴンは笑いながらジェーンに顔を向けた。
いつも笑顔のスティーヴンに対し、常に冷静で無表情のアーサー。
どう見ても気が合わなさそうな2人組。
この2人はオックスフォード大学で出会い、卒業後はケンブリッジ大学の大学院で宇宙論の研究に没頭していた。
「ケンブリッジへ行こう」と誘ったのはスティーヴンの方からだった。
スティーヴンはオックスフォード大学に入学後すぐにモチベーションが下がっていた。
と言うのも、憧れていた大学での勉強内容が簡単過ぎたからだ。
物理学や化学でさえも笑えるほどバカバカしく思えた。
しかし、壁にぶち当たった…。それがアインシュタインの一般相対性理論である。
以降、授業はそっちのけで大学にある図書館に入り浸り独学で学んでいた。が、天才アインシュタインの数式に打ちのめされる。参考書の活字だけでは理解が追い付かず限界を迎えていた。
そんな時、目に入って来たのが、スティーヴンと同じくいつも図書館にいる一人の男。それがアーサー・スミスである。
アーサーは図書館でもお構いなくサンドウィッチを食べている。左手にサンドウィッチ、右手にはペンを持っている。
朝早くから夕方までそのペンが止まることは無い。
しかも、絶対に同じ席に座っている。
南側の日当たりの良い席ではなく、一番北側の東端の机。
誰も座りたがらない不人気な席な上に、いかにも気難しそうなアーサーが陣取っている事もあり、誰も近寄らなかった。いや、近寄れなかった。
「誰も話しかけるな」オーラは図書館内に濃密に蔓延しており、食事禁止にも関わらず先生ですら注意出来ないでいた程だ。
寸分の狂いなく几帳面に並べられた参考書やノートに囲まれたその席は、アーサーの基地の様であった。
そんなアーサーにスティーヴンは話しかけた。
「いつもその席だね、何で?」
「…、…、…」
アーサーのペンは止まらない。
「…、…、…」
ペン先が紙を隔て机に当たる音だけが続く。
式を解き終えると、ようやくペンが止まった。
「南側の席は直射日光が当たる。白い紙に反射すれば視力が低下する」
「アハハ、ちゃんと理由があったんだね」
「君は?」
中指で眼鏡の位置を直しながらアーサーが目線を合わす事なく尋ねた。
「スティーヴン・ホーキング、物理学を専攻してるよ、宜しく」
「アーサー・スミス、私も物理学だ」
「それはそうとアーサー、図書館の中は、食事禁止だよ」
「そ、そうなのか?」
アーサーは驚いた表情でスティーヴンに顔を向けた。
「ハハハ、外でランチでもどうだ?」
アーサーは名残惜しそうに無言で席を立った。




