第123話 case 4-神様なんかいない
テンショウの背後に近付き、後頭部を射程圏内に捉えるまでの央吾の表情は完全に無表情。
もしこの時、通行人が近くに居たとして、
バットを持った男が、一人の男の背後に静かに近付いているという、異様な状況であっても、央吾の表情を見て止めに入る人は居ない…
そう言い切れる程の完全無表情だった。
しかし、バットを振りかぶった瞬間に、テンショウに気付かれた。
マンションの正面玄関のガラス扉に央吾の姿が写っていたのだ。
その時の央吾の表情は完璧なほど怒りに狂った表情であった。
目は見開き、眉毛はつりあがり、口元からは血が流れていた。
声を出さずに近付いていた央吾は、歯を食いしばり過ぎて唇や歯茎から出血していたのである。
もし、こいつが居なければ…ごくごく普通の家庭で過ごし、PL学園にも行けていたかも…甲子園にも出ていたかも…運が良ければプロにも…
もし、こいつが居なければ…今頃俺は大学生で佐々木さんと楽しく過ごしていたかも…スグルたちと酒でも飲みながらバカ騒ぎしてたかも…
何がテンショウサマだ…何が神様だ…
神様なんかいない…いるわけがない…
神様がいるなら、何でこんなに不幸な事が起こるんだ…奪い、罰を与えるだけ…
神様なんかいねぇ…いねぇ…いねぇ…いねぇっ!
テンショウは咄嗟に振り向く、、、
ゴッ!!
しかし、央吾のバットはテンショウの右目辺りからこめかみをしっかりと捉えた。
完璧なフルスイングがクリーンヒットした。
思いの外、派手な音はしなかった。
「っう…」
膝をつき、目を押さえるテンショウ。
恐らく何が起きたのかはまだ理解出来ていない。
意識は朦朧としているだろう。
こうべを垂れるように、顔は地面に平行になっている。
ガッ!!
央吾は2発目をアッパースイングでテンショウの額にクリーンヒットさせた。
1発目の右目へのクリーンヒットから、わずか3秒後に額への2発目。
躊躇いなど無かった。
この時だけを待っていた…。もしかしたら、郷田の恐怖に怯えていた幼い頃から、こうなる事が決まっていたのかもしれない…。
「っっっ…」
うつ伏せに倒れ込むテンショウ。
まだ動いている。かなり苦しんでいる様子だ。
ボゴッ!
2発目から4秒後。テンショウの後頭部めがけ、力まかせにバットを振り下ろす。
当然外すはずも無く、クリーンヒット。
鈍い音がした。多分頭蓋骨は陥没した。
躊躇いなど無かった。
自分のこの真っ暗な人生を作った男…。これまでの怒りや悲しみの全てはこの男から作られた…。今までどこにぶつければいいか分からなかった、この行き場の無い怒りの矛先はここだ…。
ここだ…、ここだ…、ここだっ…、ここだっ…、
ここだっ!ここだっ!ここだっぁ!
躊躇いなど無かった。
動かなくなったテンショウの頭だけを執拗に狙いバットで殴り続けた。
乾いた音は次第に湿り気を帯びていった。
バットに付着した血が、バットを振り上げる度に周囲に撒き散らかされた。
頭部からだけの血液とは思えない程の血の海…
頭蓋骨は原型をとどめていない…
手首の脈で絶命を確認した央吾は、バットをテンショウの亡骸の横へと放り投げ、車へ乗り込んだ。
恨みは晴れた?憎悪の気持ちは無くなった?
佐々木の仇は取れた?すっきりした?
何か変わった?
何も変わらない…強いて言えば胸の痛みが無くなった。
心が無くなった様な…空っぽ…と言うよりも、もっと虚しい感じの…空虚…空洞…そんな感じ…。
山田ジン、改め高梨央吾はそのまま警察へ行き、自首した。




