第11話 case 3-呼び出し
アビゲイルはボストンでは一番大きな印刷会社の工場長であった。
出勤したアビゲイルはいつものように、現場に出て作業員に声をかけて回っていた。
「おはよう、調子はどうだい?」
「工場長おはようございます」
「おはようございます」
「工場長、今日が最後でしょ?」
「最後の最後まで、現場回りですか?」
「あぁ、最後だが、いつも通りだよ」
アビゲイルは非常に慕われていた。高校卒業後この印刷会社に就職してからは、我武者羅に会社のために働き、工場長になってからは特に作業員のために働いた。
真面目で勤勉で明るいアビゲイルの周りにはたくさんの仲間がいた。
高卒という学歴では異例の出世であった。
「このインクの匂いが好きなんだよ。事務所にいても、もう目を通す書類もないからな、暇なんだよ。少し休憩しよう、タバコでも吸おうか」
「いいですね、そうしましょう!」
「おーいっ、皆んなぁ、休憩だぁ!」
この工場には珍しく喫煙室がある。当然、喫煙室でしかタバコを吸えない。
それまではどこでもいつでもタバコを吸っていたが、高い品質の製品供給や仕事効率向上のため、アビゲイルが決めたルールだ。
当初は不満もあったが、喫煙室にコーヒーやコーラを置く等、環境を良くする事でやがて不満も無くなり、作業員のモチベーションも向上した。
「アビゲイルさん、寂しくなりますねぇ」
「工場長が居なくなると不安ですよ」
「癖で明日も出勤してそうですね」
「工場長、タバコ1本もらえますか?」
「トム、お前はいつももらいタバコだな」
喫煙室に入ると、皆んなタバコに火を着けながらアビゲイルに話しかけた。
アビゲイルはトムにタバコを1本渡した後、自分のタバコにも火を着けた。
「工場長、工場長、事務所へお戻り下さい。
工場長、工場長、事務所へお戻り下さい」
工場内に設置してあるスピーカーからアナウンスが流れた。
「おいおい、火を着けたばかりだぞ」
「ハハハハハ、多分社長からのお呼び出しですよ。さあさあ早く行かないと」
「暇だとか言ってるからですよ、ハハハ」
「工場長、そのタバコももらいますよ」
アビゲイルは大きく一口吸うと、タバコをトムに渡し喫煙室から出て行った。




