第7章ー43 私たちの拠点
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ロゼッタ達は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
無理もない。突然、「恩返し」として差し出されたのは、
あまりにも大きすぎる建物だった。
数々の修羅場をくぐってきたグレンやエレナでさえ、言葉を失っている。
ただ、建設中のその巨大な建物を見つめることしかできなかった。
やがて、ロゼッタがかすれた声を絞り出す。
「……私たちの、拠点?」
それが精一杯だった。理解が追いついていない。
少しの沈黙のあと、震える声で続ける。
「ロベルトさん……私たちで、使っていいんですか?」
ロベルトは穏やかに微笑んだ。
「もちろんです」
その一言で、ようやく現実が輪郭を持ち始める。
ロゼッタは勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます……!使わせていただきます!」
その声は、まだ少し震えていた。
隣でリンが、ぽつりと呟く。
「私たちってことは……私も?」
自分でもよく分かっていないような言葉だった。
ミレイアも、普段の冷静さを完全に失い、呆けた表情のまま小さく呟く。
「……私達……」
エレナに至っては、建物を見上げながら口をぱくぱくと動かすばかりで、言葉になっていなかった。
その中で、ようやく我に返ったグレンが内心で苦笑する。
(恩返しでこれかよ……。こんな建物、中ランククランでも持てねぇぞ……まったく、とんでもねぇな)
そしてロゼッタを見る。
(やっぱり、面白ぇな……こいつは)
ロゼッタは皆の顔を見渡し、意を決したように口を開いた。
「……まだクランでもないけど」
少しだけ言葉を探し、続ける。
「ここを、私たちの拠点にしたい。そして……みんなとここに住みたいと思う」
一人ひとりを見ながら言う。
「完成したら……引っ越してほしい」
その言葉に、セリカがすぐに笑顔で答えた。
「もちろん!」
リンはいつもの元気さが影を潜め、小さく頭を下げる。
「……こちらこそ、お願いします」
ミレイアも短く、だが確かに頷く。
「……お願い」
エレナもようやく我に返り、柔らかく微笑んだ。
「もちろんよ。よろしくね」
だが――
一人だけ、アマルダが渋い顔をしていた。
それに気付いたロゼッタが、不安そうに声をかける。
「アマルダは……一緒に住んでくれないんですか?」
アマルダは真面目な顔のまま首を振る。
「いや、違う。こんな所に皆で住めるなんて、私も嬉しい」
だが、少し考え込むように続けた。
「ただな……」
「ただ……?」
ロゼッタが恐る恐る聞き返す。
アマルダは難しい顔のまま言った。
「ハンターギルドから遠くなる。
ギルドの食事は美味いし、量もある。この建物は素晴らしいだろうが……食事がな」
「……食事?」
その言葉に、一瞬の静寂。
次の瞬間――皆が吹き出した。
グレンが腹を抱えて笑う。
「お前! この状況で心配するのが食事かよ!!」
アマルダは不満げに眉をひそめる。
「食事は大事だぞ」
そのやり取りにさらに笑いが広がる中、ラベートが横から口を挟んだ。
「安心してください。この近くにハンターギルドを移設する予定です。
ハンターも増えていますし、食堂も今よりかなり大きくなります」
エレナも楽しそうに続ける。
「それに、こんな大きな建物ならキッチンも立派なはずよ。
腕の振るいがいがあるわ。私がいるときは作ってあげる。何人分でもね」
ロベルトも頷いた。
「建物はクラン運用を想定しています。キッチンも冷蔵庫も倉庫も、十分な規模を用意していますよ」
それを聞いて、アマルダの表情が緩む。
「そうか!……なら安心だな」
そしてロゼッタの方へ向き、優雅な所作で一礼をした。
「これからもよろしく頼む」
ロゼッタも笑顔で頷く。
「ありがとう」
そして――少しだけ躊躇いながら、グレンの方を見た。
「……もしよかったら、グレンも使ってほしい」
グレンが眉を上げる。
「俺もか?」
ロゼッタは真っ直ぐに言った。
「迷惑かもしれないし、私よりランクの高いハンターに言うことじゃないかもしれないけど……」
一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「私は、グレンもチームの一員だと思ってる」
静かに、しかしはっきりと続ける。
「もっと色々なことを教えてほしい。忙しいと思うけど……好きな時に来てほしい」
その言葉を、グレンは黙って聞いていた。
少しの沈黙のあと――
「……わかった」
短く答える。
「遠慮なく使わせてもらう」
それだけだった。
だが、その表情は――
何かを決意した男の顔をしていた。
そう言ったグレンは、少しだけ考え込むように視線を落とし――やがて口を開いた。
「ロゼッタ、親父さん。水を差すようで悪いんだが……この建物、譲渡じゃなくて賃貸契約にした方がいい」
その一言に、場の空気が止まる。
ロゼッタ達は驚いた表情でグレンを見る。だが――エレナだけは、すぐに理解したように小さく頷いた。
「……なるほどね」
そして静かに言う。
「確かに、それがいいと思うわ」
ロベルトが少しだけ真剣な表情になり、グレンに向き直る。
「理由を、聞いても?」
グレンは頷き、ゆっくりと説明を始めた。
「譲渡になると、土地も建物も権利は全部ロゼッタ個人のものになる」
一拍置いた後。
「そうなると――必ず出てくるんだよ。悪い奴がな」
その言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。
「ハンターにとって拠点を持つのは夢だし、ステータスだ。だがな、普通はそんなもん簡単に手に入らねぇ。作るにも借りるにも、そして維持するのにとんでもない金がかかる」
グレンの声は淡々としていたが、その中に実感がこもっていた。
「だかな、それが書類一枚で手に入るって分かったらどうなると思う?」
誰も答えない。
「何かの書類に譲渡書類を紛れ込ませて、気づかないまま署名させる。そうすりゃ、全部持っていかれる可能性もある」
ロゼッタの表情が強張る。
「悔しいがな……そういう悪辣なハンターもいるのが現実だ」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「だから賃貸にする。そうすりゃ、少なくともそういうリスクは避けられる」
グレンはロベルトの方を見る。
「あとはな、親父さんの整備場は、もうこの地域じゃ、なくてはならない存在だ。そんな場所に詐欺まがいのこと仕掛ける奴はいねぇ」
少しだけ口元を歪める。
「やったら最後、この地域じゃ生きていけなくなるだろうしな」
そして、最後に一言付け加えた。
「それに――それをハンターがやったとなれば、ギルドが黙ってねぇ」
「一般人に対する詐欺なんざ、ギルドの信用に傷がつくからな」
説明を終え、グレンは肩をすくめた。
「だから、賃貸だ。それが一番安全だと思う」
しばらくの沈黙。
ロベルトは腕を組み、少し考え込んだあと――ふっと笑った。
「なるほど……そこまで考えてのことでしたか」
ゆっくりと頷く。
「確かに、その方が良さそうですね」
ロゼッタはまだ少し驚いたままだったが、やがてグレンを見る。
「……グレン、ありがとう」
その言葉に、グレンは軽く手を振った。
「気にすんな。こういうのは、知ってる奴が言っとくもんだ」
エレナが横で小さく笑う。
「ほんと、こういうところは抜け目ないわね」
グレンは鼻で笑った。
「生き残るための知恵だと言ってくれ」
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
ロゼッタはもう一度、建設中の建物を見上げた。
それはただの拠点ではない。
守るべき場所であり――同時に、守らなければならないものでもあると、今はっきりと理解していた。
続く
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