第7章ー38 この場所の価値
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
やがてロゼッタ達の車列は、ジャンクタウンの一角にあるセリカの父の整備場へと到着した。
見慣れているはずの場所――だが、その様子は以前とは明らかに違っていた。
敷地のあちこちにトラックが停まり、ハンターだけでなく商人のキャラバンも出入りしている。
さらに奥では金属を打つ音や、何かを組み上げる重機の音が絶え間なく響いていた。
そして――
簡易的な屋台や、品物を積んだトラックがいくつも並び、人々が食事を楽しんだり。そこら中で値段の交渉が行われている。
リンが思わず目を丸くする。
「出発したの一週間くらい前だよね……?」
周囲を見回しながら呟く。
「なんか、ますます賑わってない? ていうか屋台出てるんだけど……」
その隣でソニアも同じように周囲を観察していた。
グレン達から「大きい」とは聞いていた。
だが、想定していたのはあくまで“地方の大型整備場" 程度。
(何この規模……ここ整備場だよね?)
人の出入り、物資の流れ、作業規模。
どれを取っても、一つの小さな街のようだった。
そう考えていると、ガレージの奥から一人の男が歩み寄ってくる。
セリカの父親――ロベルトだった。
油と鉄の匂いをまといながらも、しっかりとした足取りで近づいてくる。
「父さん!」
セリカが手を振る。
「エレナさんにメールで知らせてもらったけど、こちらがあの車を買いたいって言ってる方」
紹介を受け、ロベルトはソニア達に向き直った。
「話は伺っております」
落ち着いた声で名乗る。
「この整備場の代表をしております、ロベルトです」
軽く頭を下げ、すぐに続けた。
「立ち話もなんです。こちらへどうぞ」
そう言って事務所へと案内を始める。
歩き出してすぐ、ロベルトは振り返らずにセリカへ指示を飛ばした。
「セリカ!その試作車とハンヴィ、整備に回す。整備エリアへ入れてくれ!」
「わかった!」
セリカはすぐに応じ、リンへ声をかける。
二台の車両がゆっくりと動き出し、大型の建物へと入っていく。
その建物は――
外から見ても一目で分かるほど巨大だった。
車両が吸い込まれるように中へ消えていく様子を、ソニアはじっと見つめる。
(普通の整備場なら……さっきの外のガレージだけでも十分大きい)
だがここは違う。
(整備専用で、この規模……?)
建物の奥からはクレーンの動く音、重機の駆動音が聞こえてくる。
明らかに“ただの整備”の範囲を超えていた。
ソニアは小さく息を吐く。
「……ここ、予想以上だわ」
その呟きは、ごく自然に漏れた本音だった。
ガレージ横の事務所、その簡素な応接間で、ロベルトとソニアは机を挟んで向かい合っていた。
薄い壁の向こうからは、金属を叩く音や工具の駆動音が絶え間なく響いている。
ロベルトが苦笑しながら口を開く。
「こんな所で申し訳ございません」
ソニアは軽く首を振った。
「いえ。セリカさん達から大きいとは聞いていましたが……正直、予想外でした」
その言葉には偽りはなかった。
一地方の整備工場――そう聞いて想像していた規模とは、あまりにも違う。
ロベルトは頷きながら続ける。
「こことハブ・ゼロがトンネルで繋がりましてね。人と物の流れが一気に変わりました」
「ちょうどこの土地を譲ってもらえたので、皆で好き勝手に広げていたら……気がつけばこうなっていました」
少し肩をすくめて笑う。
「この辺りは大型車両を扱える場所が少ない。おかげさまで、仕事には困りません」
その穏やかな語り口とは裏腹に、現場の音がこの場所の価値を物語っていた。
そしてロベルトの表情が、わずかに引き締まる。
「セリカから話は聞いています。あの車が欲しいとか」
ソニアも同じく、姿勢を正した。
「はい。実際に拝見して、いい車だと思いました」
「走破性能も高い。あの連装砲も、弾倉交換で多様な運用が可能です……」
一拍置いて、はっきりと言う。
「ホワイトファングで運用する車両として、ぜひ譲って頂きたいと考えています」
ロベルトはその言葉を受け、静かに頷いた。
「ありがたい話です。有名なクランの方にそう言って頂けるのは、技術者として光栄ですよ」
だが――そこで言葉を区切る。
「ただ……」
わずかに目を細めた。
「貴方の想像と違う物を売るわけにはいきません」
その声音には、職人としての強い意志が滲んでいた。
「整備が終わったら、実際に乗って確かめてください。それで納得して頂けたなら、その時に話を進めましょう」
ソニアは一瞬だけ驚いたが、すぐに微笑みへと変わる。
「……ぜひ、お願いします」
その内心で、確信していた。
――この男は信用できる。
そしてこのガレージもまた、ただの整備工場ではない。
戦場に送り出す“道具”の意味を、正しく理解している場所だと。
応接間での話が一段落し、ソニアはふと思い出したように口を開いた。
「ここは……戦車クラスの整備も可能ですか?」
ロベルトは特に驚く様子もなく、あっさりと頷く。
「ええ。大型車両専用の整備場がありますし、戦車を扱える者もいます。整備は可能ですよ」
その返答に、ソニアの目がわずかに鋭くなる。
「その場所、見せていただいても?」
「構いませんよ。こちらへ」
ロベルトに案内され、ガレージの奥へと進んでいく。
いくつかの作業区画を抜けた先、重厚な扉が開かれた。
その先は――地下へと続いていた。
階段を降り、足を踏み入れた瞬間、ソニアは息を呑む。
そこは地下とは思えないほど広大な空間だった。
天井は高く、無骨な鉄骨が組まれ、大型クレーンがゆっくりと稼働している。
複数の整備レーンには、大型トラックや装甲車が並び、至る所で火花が散っていた。
重機の駆動音、溶接の閃光、作業員達の掛け声。
その全てが、この場所が“本物”であることを物語っている。
ソニアは思わず足を止めた。
(この規模……)
クラン本部の整備場と同等――いや、用途の集中度で言えばそれ以上かもしれない。
(なぜ、こんな場所が……地方の一都市に)
その疑問を見透かしたかのように、ロベルトが笑った。
「ここは元々、大昔の軍事基地なんですよ」
そう言いながら、広大な空間を見渡す。
「おそらく攻撃を受けないように、整備場を地下に作ったんでしょう。それをそのまま使わせてもらっているだけです」
軽く肩をすくめる。
「元軍事基地ですからね。戦車の整備も、問題なくできますよ」
ソニアは何も言わず、その光景を見つめていた。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
(これは……)
一個人の判断で済ませていい話ではない。
前線基地構築――その計画において、戦車の整備拠点は最重要課題の一つだった。
それが、既にここにある。
しかも、即時運用可能な形で。
(……報告が必要ね)
ソニアの視線がわずかに鋭さを増す。
(これはもう、“私の判断”の範囲を超えている)
ここをクラン本部に伝えるべきだ。
ソニアの勘がそう訴えていた。
続く
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