第6章ー40 ダーティー・トリオ
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
装備部を出た三人は、そのままギルド内の購買部へ向かった。
扉を開けた瞬間、空気が違う。
油紙の匂い、革の匂い、乾燥食の匂い。
棚に並ぶのは――実用品ばかり。
厚手のタオル。
頑丈な水筒。
縫い目の荒い替えシャツ。
携帯食料、止血剤、簡易修理キット。
どれも無骨。
色はほぼ茶、黒、灰。
刺繍も装飾もない。
いかにも“ハンター用”。
ダリアが言う。
「ここは見た目より性能重視だ」
オルレアが手に取った手袋を引っ張る。
「ほら。これ、ほつれにくい」
確かに強い。
だが――可愛げはない。
リコリスは棚の前に立つ。
静かに眺める。
そして、そっと一枚のタオルを手に取る。
分厚い。
粗い。
だが、しっかりしている。
「……悪くないですわね」
その声は柔らかい。
ダリアが横目で見る。
「意外と楽しそうだな」
リコリスは少し考え、正直に言う。
「ええ」
棚から石鹸を選ぶ。
櫛を選ぶ。
針と糸のセット。
小さな鏡。
どれも機能第一。
でも――
「自分で選べる、というのは」
小さく笑う。
「思っていたより、楽しいものですね」
その言葉に、ダリアとオルレアは何も言わない。
彼女たちも、経験がある。
剣闘士だった頃。
衣装も食事も生活も、与えられるものだった。
選ぶ自由はなかった。
今は違う。
タオル一枚。
石鹸一つ。
それを自分で選ぶ。
たったそれだけのことが――
こんなにも楽しい、嬉しい。
リコリスは少しだけ真剣な顔で、靴下を二足選ぶ。
「替えは必要ですものね」
実に堅実。
ダリアが笑う。
「ドレスは買わないのか?」
「戦闘と生活は分ける主義です」
きっぱり。
だが、棚の端に置かれた小さな装飾付きのヘアピンに、ほんの一瞬視線が止まる。
すぐに逸らす。
しかし。
数秒後。
さりげなくカゴに入った。
それをオルレアが見ている。
何も言わない。
ただ口元が緩む。
会計を済ませる。
袋を抱える。
重い。
でも、不思議と足取りは軽い。
「買い物って……楽しいんだな」
ぽつりと、リコリス。
その横顔は、戦士でも貴婦人でもなく。
ただ、自由になった一人の女。
ギルドの喧騒の中で。
血と鉄の世界の片隅で。
小さな買い物袋を抱えたその姿は、
どこか少しだけ――幸せそうだった。
買い物を終え、荷物を部屋に置く。
「腹減ったな」
ダリアの一言で、三人はギルドの食堂へ向かった。
扉を開けると、熱気と笑い声が押し寄せる。
肉を焼く匂い。
香辛料の刺激。
木製ジョッキがぶつかる音。
いかにも“ハンターの巣”。
そして――
リコリスは着替えていた。
黒のドレスではない。
購買部で買った、質実剛健な上下。
厚手のシャツ。丈夫なパンツ。動きやすいブーツ。
飾り気はない。
色も地味。
だが。
「……似合ってるな」
ダリアが正直に言う。
不思議と。
装飾のないその服装が、彼女の身体の線を素直に引き立てていた。
華美ではない。
だが、凛としている。
リコリスは肩をすくめる。
「こんな場所でドレスを着ていたら、確実に汚れますもの」
実用的な理由。
でも、少しだけ楽しそうでもあった。
三人は奥のテーブルに座る。
「ここの酒と料理は最高だぞ」
ダリアが言う。
「安い、量がある、うまい」
オルレアも頷く。
「食事はほとんどここ」
ほどなくして料理が来る。
焼いた肉の盛り合わせ。
塩気の効いた豆料理。
揚げた芋。
そして。
――ドン、と音を立てて置かれた。
巨大なジョッキ。
透明なガラス。
その中に、黄金色の液体。
泡が縁まで盛り上がっている。
リコリスは一瞬、目を丸くする。
「……大きいですわね」
剣闘士時代にも酒は出た。
だが。
種類も量も、全て管理されていた。
これは違う。
誰にも制限されない一杯。
「乾杯!」
三人のジョッキがぶつかる。
泡が少しこぼれる。
リコリスは躊躇なく口をつけた。
冷たい。
苦味。
その奥にある、深いコク。
喉を通る感覚。
――うまい。
止まらない。
ごく、ごく、と流し込む。
喉が鳴る。
気づけば、半分近く消えていた。
ダリアが笑う。
「飲むなぁ」
リコリスはジョッキを置く。
頬がほんの少し赤い。
「……美味しいですわね」
その声は、戦士でも貴婦人でもない。
ただの女の子みたいに素直だった。
周囲ではハンター達が騒いでいる。
怒鳴り声。
笑い声。
皿の音。
血と金と暴力の世界。
でも今この瞬間は。
自由な酒。
自由な仲間。
自由な夜。
リコリスはもう一度ジョッキを持ち上げる。
「もう一杯、いけますわね」
ダリアとオルレアが同時に吹き出した。
自由とは――
こういう味がするのかもしれない。
ビールの次に頼んだのはワインだった。
深い赤。
グラスに注がれた液体は、静かに揺れる。
リコリスは一口含む。
……止まる。
「……今まで飲んでいたものは、何だったのでしょう」
剣闘士時代にもワインは出た。
だが、それは“支給品”。
量も質も決められていた。
これは違う。
香りが立つ。
酸味と渋みの奥に甘みがある。
続いて肉をひと口。
焼き目のついた脂身。
すぐにワイン。
――合う。
思わず目を細める。
料理はあっという間に皿から消えた。
「追加だな」
ダリアが手を上げる。
次に来たのは煮込み料理。
大きな鍋からよそわれた、肉と野菜のとろりとした一皿。
湯気と一緒に立ち上る香り。
サラダも来る。
塩気の効いたチーズがのっている。
どれも、うまい。
知らなかった味。
飲んだことのない酒。
自由な会話。
自然と話も弾む。
オルレアが昔の失敗談を語り、
ダリアが誇張して笑わせ、
リコリスがそれを上品に訂正する。
その時。
後ろから声がかかった。
「よう。今回も派手にやったらしいな」
振り返ると、見知った顔のハンター達。
傷だらけの鎧。
無精髭。
だが目は鋭い。
「おう、ダーティーペア」
「破壊神コンビ、今日は静かだな?」
好き勝手な呼び名。
ダリアが顔をしかめる。
「うるせぇ」
オルレアも鼻で笑う。
「その呼び方やめろ」
だが本気で怒ってはいない。
ジョッキを掲げ、軽くぶつけ合う。
互いの依頼の話。
あの森の変異体がどうだとか、
報酬がどうだったとか。
自然な、仲間同士のやりとり。
やがて視線が、リコリスに向く。
「で、そっちの美人さんは?」
口笛がひとつ鳴る。
地味な服装。
だが整った顔立ちと、どこか漂う品格は隠せない。
リコリスは立ち上がり、軽く会釈する。
「リコリスと申します。以後、お見知りおきを」
所作が綺麗すぎる。
ハンター達が一瞬黙る。
ダリアが言う。
「昔の知り合いだ」
「へぇ?」
誰かがニヤリとする。
「お前らの“知り合い”って時点で、普通じゃねぇだろ」
笑いが起きる。
リコリスは微笑むだけ。
否定も肯定もしない。
「ダーティーペアがトリオになったってわけか?」
「やべぇな」
「被害範囲広がるぞ」
ダリアがジョッキを叩く。
「誰が被害出してるって?」
「自覚ねぇのかよ、破壊神」
爆笑。
オルレアもつられて笑う。
リコリスはその様子を見ながら、グラスを口に運ぶ。
胸の奥が、少し温かい。
名前で呼ばれない。
あだ名で笑われる。
それでもそこには、敵意はない。
これは――仲間内の距離感だ。
剣闘士時代にはなかったもの。
“使われる者”ではない。
“並んで飲む者”。
ハンターの一人が言う。
「まぁ、歓迎するぜ。トリオさん」
リコリスはグラスを掲げる。
「では、その呼び名に恥じぬよう」
ダリアが笑う。
「いや恥じろ」
再び笑いが弾ける。
酒は進み。
料理は減り。
夜は深くなる。
自由な夜。
騒がしい食堂。
そして――
リコリスの夜は静かに過ぎていった
続く
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