第6章ー39 新人(規格外)
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
登録を終えた直後。
受付嬢が、にこやかに小袋を差し出す。
「こちら、支度金です。ギルドマスターより、稽古の礼も兼ねて――少し多めになっております」
「ありがとうございます」
リコリスは、完璧な貴婦人の所作で一礼する。
だが内心では。
(あれが稽古かよ)
大剣の重さ。
床を震わせた衝撃。
あれを“稽古”と呼ぶなら、世の中の模擬戦は遊戯だ。
苦笑を押し殺し、袋の重みを確かめる。
続けて受付嬢が言う。
「新人クラスの武器、防具の使用許可が出ています。装備部にて受領してください」
三人はそのまま装備部へ向かった。
装備部。
鉄と油の匂いが漂う空間。
壁一面の武器棚。
整然と並ぶ防具。
責任者らしき男が振り返る。
そして、固まった。
黒のドレス姿のリコリス。
どう見ても舞踏会帰りの貴婦人。
「……聞いてはいたが」
男が頭を掻く。
「この部屋の物なら好きに選んでいい、と言われている」
リコリスは軽く頷く。
「武器は結構です。このハルバードで」
軽く持ち上げる。
「多分、そこそこの物ですし」
責任者の眉がわずかに上がる。
“そこそこ”で済ませる類の代物ではない、と一目で分かる。
「防具は軽装で――」
そう言いかけたところで。
オルレアが口を挟む。
「この世界の変異体は、私達が戦っていた相手より大きい。力も強いし速い」
真剣な顔。
「急所部分は厚めがいい。速さを殺さない範囲で」
同じく機動重視の戦い方をするオルレアの、実体験に基づく助言。
リコリスはにこりと微笑む。
「ありがとうございます、センパイ」
オルレアの顔が露骨に歪む。
「やめて、それ」
ダリアが吹き出す。
「基本はこれの上に付ける感じで」
そう言って、リコリスはドレスの裾を少し持ち上げる。
下には、黒のレオタード。
身体にぴったりと沿うが、下品さはない。
機能美。
無駄のない設計。
後ろにいた責任者の視線が止まる。
視線が、彼女の足に釘付けになる
その視線に、リコリスが気づく。
「レディをジロジロ見るのはマナー違反でしてよ?」
だが男の目は真剣だった。
一点を見つめる職人の目。
「お願いがある……生地を触らせてほしい」
空気が一瞬凍る。
ダリアが半歩前に出かける。
男はすぐに続ける。
「分かってる、無礼なのは。だが、その生地……多分ただの生地じゃない」
やましい色はない。
純粋な興味。
職人の眼。
リコリスは数秒見つめ、判断する。
「わかりましたわ」
ドレスの袖を上げ
腕の部分の生地を露出させる。
「失礼」
男が慎重に指先で触れる。
伸ばす。
押す。
爪で軽く弾く。
目が見開かれる。
「……やはり」
低く呟く。
「戦闘用だ。それも相当な品」
ダリアとオルレアが顔を見合わせる。
「伸縮性、耐久性が異常に高い。繊維構造が普通じゃない」
男の指が止まる。
「詳しく調べないと断言はできないが、防刃、防弾性能もある可能性が高い」
リコリスの目が細くなる。
「これ自体が、アーマーみたいなものだ」
その言葉に、記憶がよぎる。
過去の闘技場での激闘
廃鉱山でのダリア達との対峙。
そして、ギルドマスターとの打ち合い。
あれほどの衝撃。
だが。
確かに、傷一つなかった。
(……そういうことか)
剣闘士時代の装備。それは、
ただの衣装ではなかったのだ。
責任者が手を離す。
「これがあるなら、防具は最小限でいい。だが」
真剣な目。
「大事にしてほしい。これは簡単に代わりがきく物じゃない」
リコリスは、今度は戦士の顔で頷く。
「心得ました」
オルレアの提案を受けて、リコリスは
急所や肩、肘、膝などをそれぞれカバーする、部分鎧を選んだ。
ドレスを脱ぎ、各パーツを身に着け、一通りの動きを行う。
その動きを見て、彼は呟いた
「……本当に新人か?」
ダリアが肩をすくめる。
「一応な」
オルレアが苦笑する。
「新人(規格外)」
リコリスは静かに笑う。
「これで少しは、この世界に馴染めますかしら?」
だが装備部の誰もが思っていた。
馴染むのは世界の方だろう、と。
試着を終え、装備を脱ぎ、ドレスを整える。
再び優雅な貴婦人に戻る。
だがその下には。
旧文明級の装備。
剣闘士の技量。
そして、怪物と渡り合う力。
責任者が小さく呟く。
「新人か……」
装備を受け取った三人は、ギルドの紹介でダリア達と同じ宿へと向かった。
ハンター御用達の宿。
場所はギルドの裏手。
戦闘帰りでもそのまま転がり込める距離だ。
鍵を受け取り、リコリスが自室の前に立つ。
一瞬、じっと扉を見る。
そして静かに開けた。
中は簡素。
木製のベッド。
小さな机。
椅子。
壁際には武器や防具を収納できるロッカー。
さらに奥には――装備整備用の小部屋。
「……」
無言で一歩入る。
床を踏みしめる。
きしみを確認するように。
窓。
通気。
そして逃げ道。
戦士の性で無意識に確認してから、ようやく部屋を見渡す。
「……へぇ」
感心したように呟く。
「ハンター用だけあって、ちゃんとしてるな」
ダリアが頷く。
「最低限だけどな」
オルレアが奥を指さす。
「ほら、あれ」
小さな扉。
リコリスが開ける。
そこには――
簡易シャワー。
一瞬、沈黙。
そして。
「おおー、すげぇ」
完全に素。
ダリアとオルレアが同時に吹き出す。
「俺達と同じ反応してる」
「最初、感動したよね」
リコリスはハッと我に返る。
「……こほん」
咳払い。
「まぁまぁですわね」
取り繕う。
だが耳が少し赤い。
ダリアがニヤリとする。
「今の“おおー”の方が本音だろ」
リコリスは微笑む。
完璧な笑顔。
だが圧がある。
「何か?」
「いえ、何も」
生活に必要な物を揃えるため、ギルドの購買部へ向かう。
扉の前。
リコリスが鍵を手にする。
じっと見つめる。
差し込む。
回す。
……回らない。
もう一度。
少し力を入れて。
カチリ。
施錠。
その一連の動きが、どこかぎこちない。
ダリアとオルレアの肩が震える。
「……何だ?」
リコリスが振り向く。
「いや」
ダリアが笑いを堪えながら言う。
「俺達も最初、そんな感じだったなって」
オルレアが頷く。
「剣闘士だからさ」
「鍵をかけられることはあっても
自分でかけることなんて、なかった」
その言葉に。
リコリスの動きが一瞬止まる。
静かな沈黙。
そして。
「……ああ」
小さく、息を吐く。
「そうか」
今度は自然に鍵を回す。
確認するように、軽くノブを引く。
閉まっている。
自分の意思で閉めた扉。
誰にも閉じ込められていない。
ダリアが軽く肩を叩く。
「慣れだ、慣れ」
オルレアが笑う。
「自分の部屋だよ」
リコリスは少しだけ、柔らかい顔になる。
「……自分の部屋か」
その声は、戦士でも貴婦人でもない。
ただの、一人の女の声だった。
廊下を歩く。
木の床の音。
自由に出入りできる部屋。
自分の鍵。
自分の部屋のシャワー。
好きな物を買う。
普通に生活する者にとっては、当たり前のこと。
でも。
剣闘士だった彼女にとっては、当たり前ではなかった。
ギルドの喧騒が近づく。
ダリアが振り返る。
「生活用品、結構いるぞ」
オルレアが言う。
「タオルとか、着替えとか」
リコリスは少し考え。
にやりと笑う。
「じゃあ、まずは実用性重視だな」
「ドレスは?」
「戦闘と生活は分ける主義だ」
三人が笑う。
血と鉄の世界の中で。
ほんの少しの、穏やかな時間。
だが彼女達は知っている。
この安らぎもまた。
自分達が掴み取ったものだということを。
鍵を握る指先が、もうぎこちなくないことを。
続く
【作者からのお願い】
もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!
また、☆で評価していただければ大変うれしいです。
皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!




