第6章ー38 剣闘士対ハンター
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
話が一区切りつき、三人が立ち上がろうとしたときだった。
ギルドマスターが、ふとリコリスを見る。
「……試合形式だが」
わずかに口元が上がる。
「一戦、やるか?」
間髪入れず。
「もちろん」
即答だった。
ダリアが目を丸くし、オルレアが苦笑する。
本当に懲りない。
だが止めはしない。
止められないと、もう分かっている。
練武場。
石床の中央で、二人が向かい合う。
互いに刃を落とした武器。
リコリスはハルバード。
長い柄と斧槍の穂先が、静かに構えられる。
ギルドマスターは大剣。
装飾のない、質実剛健な鉄塊。
合図もなく――
空気が震えた。
闘気が、膨れ上がる。
重量武器同士。
間合いが一気に詰まる。
――轟音。
最初の打ち合いで、床石がひび割れる。
リコリスの動きは舞のようだった。
円を描き、軸足を滑らせ、刃が弧を描く。
優雅。
だが、その一撃一撃は重い。
体幹がぶれない。
遠心力と踏み込みを完璧に重ねている。
対するギルドマスター。
無駄がない。
真っ直ぐ。
重く。
鋭い。
最短距離で振り下ろされる大剣は、理屈を超えた圧力を持つ。
受ければ痺れる。
逸らせば腕が軋む。
「……っ!」
リコリスが回転しながら打ち込む。
斧刃と大剣が噛み合う。
火花が散る。
ギルドマスターは一歩も引かない。
(これが――)
彼は内心で唸る。
(剣闘士全盛期時代の剣闘士か)
身体と武器と一体となった、一撃の重さ。
観客の前で磨かれ続けた技。
確かに強い。
化け物と呼ばれるだけはある。
単純な戦闘能力だけなら――
(ダリア達より上だな)
踏み込み。
横薙ぎ。
リコリスの連撃が、嵐のように襲う。
だが。
ガンッ!!
大剣が叩き落とす。
余計な動きが一切ない。
重心が崩れない。
「……!」
リコリスの目が細くなる。
(攻撃に無駄がねぇ)
(実直で、一撃一撃が重い)
受けるたびに分かる。
技術というより、積み重ね。
人ではないものと斬り合ってきた重さ。
(これが――)
(ハンターの上に立つ者の実力)
大剣が振り下ろされる。
咄嗟に柄で受ける。
衝撃が腕を突き抜ける。
受け止めた足元で床が砕ける。
(対人の技じゃねぇ)
(これは……人ではないものを殺す剣だ)
闘技場とは違う。
技の競演でも、観客への魅せでもない。
殺すための合理。
生き残るための一撃。
世界は広い。
本当に。
回転しながら間合いを外す。
呼吸が荒い。
だが、笑みが浮かぶ。
「……すげぇな」
小さく呟く。
ギルドマスターもまた、息を整えながら思う。
(やはり化け物だな)
(こいつは、まだまだ伸びる)
再び激突。
重量武器同士の正面衝突。
衝撃波のような空気が爆ぜ。
やがて――
互いの刃が喉元で止まる。
同時。
静寂。
数秒後、二人は同時に武器を下ろした。
見ていたダリアとオルレアは、言葉を失っていた。
強い。
ただそれだけでは足りない。
質が違う。
ダリアがぽつりと呟く。
「……これが、ハンターか」
オルレアが頷く。
「私たち、まだ全然だね」
悔しさよりも。
高揚が勝っている。
リコリスは肩で息をしながら笑う。
「はは……」
「世界、広すぎだろ」
ギルドマスターは大剣を肩に担ぐ。
「だから面白い」
それだけ言う。
リコリスは真っ直ぐ彼を見る。
もう軽口はない。
純粋な敬意。
「……もっと強くなる」
静かな宣言。
ダリアとオルレアも、同じものを感じていた。
ハンター達の強さ。
そして。
彼らが戦っている、この世界の広さを。
闘技場は狭かった。
外は――果てしない。
練武場を後にした三人は、そのまま受付へ向かった。
目的はひとつ。
リコリスのハンター登録。
さきほどまで重量武器を振るい、石床を砕いていた女は――もういない。
そこに立っていたのは。
黒のドレスを纏った、優雅な貴婦人だった。
背筋は真っ直ぐ。
歩幅は小さく、静か。
視線は柔らかく、微笑みは上品。
受付嬢が一瞬、言葉を失うほどに。
「登録をお願いできますか?」
声音まで違う。
澄んで、落ち着いていて、どこか気品がある。
受付が慌てて書類を取り出し、渡す。
差し出された書類にペンを走らせる。
流れるような筆致。
整った文字。
癖がなく、それでいて美しい。
ダリアがぽつりと呟く。
「……結構、徹底してるんだな」
その瞬間。
リコリスが、にこりと笑ってダリアを見る。
完璧な笑顔。
だが。
怖い。
底知れない何かが、笑顔の奥で揺れている。
ダリアは視線を逸らした。
「い、いや、褒めてるんだよ」
「ありがとう、ダリア」
柔らかい声。
だが背筋が寒い。
そして写真撮影。
柔らかな微笑。
伏し目がちの視線。
出来上がったハンターカードを見て、オルレアが思わず言う。
「……とてもハンターには見えないね」
そこに写っているのは。
金と血と暴力の匂いが充満するこのギルドとは、あまりにも不釣り合いな女性。
その場の視線が、自然と集まる。
黒のドレス。
整った横顔。
揺れる長い髪。
ざわめきが広がる。
「おい、何だあの美女」
「依頼人か?」
「いや……でも、あの二人と一緒にいるぞ」
ダリアとオルレアの存在を知る者達が、ひそひそと囁く。
ハンター歴の浅い者ほど、表面しか見ていない。
だが――
カウンターの奥。
壁際で酒を飲んでいたベテラン達は、黙ってリコリスを見ていた。
目が違う。
品定めではない。
警戒。
ひとりが小さく呟く。
「……なんだ、あれは」
優雅に見える。
隙がない立ち姿。
重心。
視線の配り方。
無意識の間合い。
完璧すぎる。
「あれは貴婦人なんかじゃねぇ」
別の男が低く言う。
「……化け物だ」
首筋が、チリチリする。
本能が告げる。
あれは――捕食者だ。
ダリア達と同じ匂い。
死線を越えてきた者の、あの圧。
「……また、とんでもねぇのが来やがったな」
小さな苦笑。
だが目は笑っていない。
リコリスはカードを受け取る。
「ありがとうございます」
深く、上品に一礼。
完璧な所作。
そして振り返る。
その瞬間だけ。
ほんの一瞬だけ。
視線が鋭くなる。
周囲の空気を測る、戦士の目。
すぐに戻る。
優雅な微笑みに。
「行きましょうか」
柔らかい声。
ダリアが小さく肩をすくめる。
「さっきまで、得物をぶん回してた奴と同一人物とは思えねぇな」
オルレアがくすりと笑う。
「でも、あれがリコリスだよ」
貴婦人。
剣闘士。
怪物。
そのどれもが本物。
ギルドの喧騒の中。
黒のドレスが、静かに揺れる。
そしてベテラン達は、確信していた。
あの女は――
間違いなく強い。
しかも、とびきり厄介だ。
ハンターギルドにまた一人。
世界の広さを知りたい者が、加わった。
続く
ダリア達は決して弱くはありません。この世界では十分にイレギュラーですが、力の集団であるハンターギルドの上澄みであるギルドマスタークラスは、彼女たち以上の化け物を狩り続け、生き残った猛者だからです。
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