第6章ー37 灰の剣聖
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
部屋の空気が、少し落ち着いた頃。
リコリスが、ふと思い出したように口を開いた。
「なあ」
さきほどまでの挑発的な響きはない。
純粋な疑問だった。
「俺達以外に――蘇った剣闘士はいるのか?」
ダリアとオルレアも視線を向ける。
ギルドマスターは少しだけ考え、椅子に深く座り直した。
「確証はない」
前置き。
「だが……噂ならある」
三人の視線が鋭くなる。
「まず名前が挙がるのは――“灰の剣聖”」
空気が止まった。
「北方の未開拓地域で確認された」
「単独で遺跡を探索できる強さを持つ」
「しかも、剣一本でだ」
その言葉を聞いた瞬間。
ダリアの目が見開かれる。
オルレアの呼吸が止まる。
そして――
「はぁ!?」
リコリスが、思わず声を上げた。
「灰の剣聖だと!?」
机を叩きそうな勢いで身を乗り出す。
ギルドマスターが静かに続ける。
「噂では、当時最強の剣闘士だったらしい」
「名を上げ、買われた金を返し切り――自由を手に入れた数少ない“自由剣闘士”だと」
リコリスの喉が鳴る。
記憶が蘇る。
長剣一本。
余計な装飾もない、ただの鋼。
それだけで、全てを斬り伏せた男。
観客の歓声を浴びながらも、決して驕らなかった背中。
――最後に闘った相手。
あの敗北。
あの差。
「……嘘だろ」
低い声。
「もし俺達の知ってる“灰の剣聖”なら」
ダリアが呟く。
「あいつは封印なんてされるような男じゃない」
オルレアも頷く。
「借金を返して、堂々と自由を勝ち取った人よ」
ギルドマスターは三人の反応を静かに観察する。
「知っているのか?」
リコリスは、ゆっくりと顔を上げた。
目が、遠くを見る。
「ああ……」
「俺が最後に闘った剣闘士だ」
空気が重くなる。
「あいつは、長剣一本で最強にのし上がった」
「血に酔わず、媚びず、逃げず」
「そして、自由になった」
一拍。
「そして……俺はヤツに負けた」
静かな告白。
悔しさではない。
敬意だった。
「アイツも封印されて、蘇ったってのか」
言葉に、わずかな高揚が混じる。
恐れではない。
闘志。
ギルドマスターが低く言う。
「君たちの言う ”灰の剣聖” と同一人物かどうか確証はない」
「だが、未開拓地の遺跡を単独踏破する剣士がいるのは事実だ」
「灰色の外套」
「灰色の剣」
「灰色の眼」
「彼の情報はこれだけだ」
ダリアが小さく息を呑む。
オルレアの拳が握られる。
リコリスの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「はは……」
小さく笑う。
「すげぇ世界だな、本当に」
闘技場は終わった。
自由を手に入れたはずの男。
その男が、もし再び剣を握っているのなら。
「今度は、闘技場じゃねぇ」
リコリスの目が燃える。
「外の世界で、もう一回だ」
ダリアが呆れたように息を吐く。
「まだ負けたままが気に入らないの?」
「当たり前だろ」
即答。
オルレアが、わずかに微笑む。
ギルドマスターは三人を見つめる。
若いな。
だが、その目は死線を越えてきた者の目だ。
「会える保証はない」
「北方は甘くない」
「遺跡はもっと甘くない」
リコリスは肩を鳴らす。
「上等だ」
さっきよりも、ずっと静かな声。
「井の中の蛙が、大海を見に行くだけだ」
ダリアとオルレアも、自然と頷いていた。
灰の剣聖。
もし本当に、あの男なら。
この世界は、思っているよりずっと広い。
そして――
まだ終わっていない。
灰の剣聖の名が消えないまま、部屋に沈黙が落ちる。
その静寂を破ったのは、オルレアだった。
「……遺跡って、そんなに危険なの?」
純粋な疑問。
強さの話ではない。
場所そのものへの問いだった。
ギルドマスターは即答する。
「基本的に、危険だと思え」
迷いのない声。
「辺境にある物ほどな。特に未開拓地域は、危険性が計り知れん」
机の上に広げられた地図を指でなぞる。
北方の空白地帯。
「まず、辿り着くこと自体が困難だ」
変異生物。
厳しい気候。
重度の汚染。
「そして遺跡の種類によって、危険度が違う」
声が低くなる。
「その中でも、研究所、兵器工廠、軍事基地……そういった施設は桁違いだ」
ダリアの眉がわずかに動く。
「実験体」
「警備ロボ」
「自律防衛システム」
淡々と並べられる脅威。
「どれも、今の人間の常識を基準にするな」
「遺跡攻略は、人、物、金――とにかくかかる」
「大勢の戦闘要員、偵察専門職、後方支援
それが揃ってようやく、入口だ」
「その分、攻略した際のリターンは桁違いに大きい。
都市一つ丸々買えるだけの金が手に入ることもある」
オルレアが静かに言う。
「……遺跡の危険度は理解した」
「でも、今の話を聞いていると
灰の剣聖は確かに強かった、けど……」
一拍。
「単独で遺跡を攻略なんて……無理なんじゃない?」
現実的な疑問。
ダリアも頷く。
いくら最強でも、数と兵器の前では限界がある。
ギルドマスターは、その疑問に少しだけ目を細めた。
2人は遺跡の危険度に対して、自分達の強さを知っている。
「決して不可能はない」
三人が顔を上げる。
「ただし条件がある」
指を一本立てる。
「旧文明製の、非常に強力な武器と防具を身に着ける」
旧文明製の遺物。
現代兵器を遥かに凌駕する性能。
さらに、言葉が続く。
「あるいは……」
そこで一度、言葉を濁す。
「生体強化や改造」
「それも禁忌クラスのだ」
空気が重くなる。
ダリアの表情が硬くなる。
オルレアの手が無意識に自分の腕に触れる。
リコリスは黙っている。
「元々が化け物級の剣士」
「そこに旧文明製の武装」
「さらに強力な生体強化や改造が加われば」
視線が三人を貫く。
「単独での攻略は可能だな」
「だがそれはもう “人” の範疇を超える」
静かに。
「天災レベルだ」
言葉が、部屋に落ちる。
想像してしまう。
長剣一本で最強に登り詰めた男。
その身体能力がさらに底上げされ。
旧文明の武装を纏い。
人体という縛りを外し、限界を越えた存在になったとしたら。
リコリスが、ぽつりと呟く。
「……アイツは、そんなもんに頼る男じゃねぇ」
願いにも似た声。
だがギルドマスターは否定しない。
「生きるために人は変わる」
それだけ言う。
「北方で単独行動しているという事実が、すでに異常だ」
ダリアが低く言う。
「もし、生体強化されてたら……」
「敵になる可能性もある」
ギルドマスターは頷く。
「力は方向次第だ」
「守る力にもなるし、壊す力にもなる」
リコリスは静かに目を閉じる。
闘技場での背中。
誇り高かった剣士。
自由を勝ち取った男。
――あいつが、自分から怪物になるか?
ゆっくりと目を開く。
「会って確かめるしかねぇな」
その声は落ち着いていた。
恐れも、焦りもない。
ただ事実を受け止めている。
オルレアが小さく息を吐く。
「世界、広いんだ」
ダリアが苦笑する。
「だから面白いんでしょ」
ギルドマスターは三人を見る。
若さ、未熟。そして希望、情熱。
彼女らはハンターとしてまだまだ伸びる。
「覚えておけ」
「遺跡は夢の宝庫じゃない」
「死体の山だ」
重い言葉。
だが、脅しではない。
忠告だ。
リコリスは静かに頷く。
「天災レベル、か」
口元がわずかに上がる。
「だったら」
視線が鋭くなる。
「こっちも、それを超えるだけだ」
無謀ではない。
覚悟だ。
世界は広い。
怪物もいる。
ならば――
自分も、そこへ届くしかない。
続く
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