第6章ー36 井の中の蛙
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ギルド本部は、まさに戦場の後だった。
怒号。報告。拘束された者の移送。押収品の仕分け。
当初の想定を大きく上回る規模。
他ギルドからの応援まで入っていたことで、建物全体が張り詰めた空気に包まれている。
違法品、禁制品、盗難届の出ていた希少美術品
――それらを扱っていた商人は拘束。
だが、違法性の確認できなかった者たちは、そのまま釈放された。
人手が足りない。
今のギルドに、白黒のはっきりしない者へ割く余力はなかった。
そんな喧騒を避けるように。
近接班のリーダーと、ダリア、オルレア、そしてリコリスは裏口から本部奥へと進む。
重厚な扉の前で、リーダーが一度深呼吸する。
ノック。
「入れ」
低く、よく通る声。
部屋に入ると、机の向こうに座る男――ギルドマスター。
年齢を重ねた鋭い目。
場数を踏んだ者の、揺るがぬ気配。
ダリアとオルレアは無言で立つ。
リコリスは優雅に一礼するが、空気を読むように口を閉ざしている。
報告が一通り終わった後。
沈黙。
その静寂を破ったのは、近接班のリーダーだった。
「……無礼を承知で申し上げます」
空気が、わずかに軋む。
「ダリア達は――墓戻りですか?」
凍りつく室内。
オルレアの指先がわずかに動く。
ダリアの目が細まる。
だが、リコリスだけは微笑んだままだ。
次の瞬間。
見えない圧力が、リーダーへと向けられる。
ギルドマスターの視線。
それだけで、空気が重くなる。
「それを聞いて、どうする?」
低い声。
試すような響き。
だがリーダーは目を逸らさなかった。
「どうにもしません」
一拍。
「ただ……墓戻りなら、色々納得がいく。その強さも」
圧がさらに増す。
それでも彼は続けた。
「このままでは噂が独り歩きします」
「墓戻りだとしても様々だ。彼女たちは、噂に出るような本物の生体兵器ではない」
部屋の温度が、わずかに戻る。
「いくら強いと言っても、都市一つ破壊できるわけじゃない」
ダリアの口元が、かすかに歪む。
「言ってみれば……ただの、蘇ったとても強い剣闘士だ」
その言葉に、リコリスがくすりと笑った。
「それを思えば、何とも思いません」
リーダーはまっすぐ三人を見る。
「短い間ですが、同じチームを組んだ戦友です」
「自分が納得できる答えが欲しかっただけです」
そして、最後に。
「もちろん、このことは他言しないと誓います」
沈黙。
やがて――
ギルドマスターがゆっくりと背もたれに体を預ける。
圧が、消える。
「……墓戻りだ」
簡潔な答え。
「だが貴様の言う通りだ。“兵器”ではない」
「ギルドのハンターだ」
それ以上は語らない。
十分だった。
リーダーは深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
三人に一度だけ視線を向け。
何も言わず、部屋を出た。
扉が閉まる。
廊下を歩きながら、彼は静かに息を吐く。
胸の奥にあった、わずかな蟠り。
正体の見えないものへの引っかかり。
それはもう消えていた。
強い理由が分かった。
それだけだ。
彼女たちは墓戻り。
だが同時に。
自分の背中を預けられる戦友だ。
それで十分だった。
重厚な扉が閉まり、部屋には四人だけが残った。
机の向こうに座るギルドマスターは、静かにリコリスを見る。
「今までのことを話せ」
簡潔な言葉。
リコリスは肩をすくめるように、あっさりと答えた。
「死にかけまして。再生カプセルに放り込まれましたわ」
淡々と。
「目が覚めたら、あの廃鉱山にいた。それだけですわ」
あまりにも簡単。
だが――
ダリアも、オルレアも、同じ証言をしている。
旧文明の遺物にいたこと。
ふとした偶然から蘇った、剣闘士。
点と点は、もう繋がっていた。
ギルドマスターは一度目を閉じ、開く。
「ハンターになりたいそうだな」
「ええ」
迷いはない。
「一つだけ守れ。勝手は許さん」
部屋の空気が引き締まる。
「それを守るなら、ギルドはお前を守る」
リコリスが微笑む。
少しだけ挑むように。
「言われなくても、自分の身は自分で守れますわ」
次の瞬間。
空気が変わった。
「甘ったれるな」
鋭い一言だった。
ダリアとオルレアが思わず息を呑む。
「闘技場と違って、ここから外は――お前より強いのが山ほどいる」
「そんな甘い考え方だと死ぬぞ」
リコリスの笑みが消える。
視線が鋭くなる。
ダリア達は焦った。
彼は距離を誤る男ではない。
なぜ、ここまで強い言葉を。
だが、ギルドマスターは続ける。
「剣闘士の試合は極端だと成立しない」
「どちらかが強すぎれば、興行にならん」
「客は、なぶり殺しを見に来たのではない」
「上に行くほどそれは顕著になる」
「経験が少ない剣闘士の死亡率が高いのは、死しか盛り上げる術がないからだ」
淡々と、事実を積み上げる。
「上級になるほど、死人は減る」
「いい試合をする剣闘士の死を、観客も――何より持ち主が望まん」
「だから、技量が違う極端な試合は組まれることは少ない」
机に置いた指が、わずかに動く。
「誰が、自分の高価な商品をむやみに殺す?」
「あるとすれば、その剣闘士が飽きられてると感じた時だ」
リコリスの瞳が揺れた。
剣闘士としての最後の闘いを思い出す。
「知らない間に、お前は守られていたんだ」
「上級剣闘士としてな」
静寂。
それは刃よりも鋭い言葉だった。
リコリスだけでなく、ダリアとオルレアも唖然とする。
自分たちの時に、ここまで踏み込まれたことはない。
なぜ、リコリスだけに。
ギルドマスターが、ぽつりと呟く。
「……悲しい目をしている」
その声は、先ほどより低い。
「一人で背負ってきたのだろう。何もかも」
ダリア達は思い出す。
リコリスの試合数。
異常なまでの出場回数。
仲間の分まで戦っている――そんな噂。
彼女は血に狂った剣闘士ではなかった。
ただ、立ち続けていただけだ。
誰かの代わりに。
その試合数の結果、彼女は剣闘士として飽きられたのだ。
「生き急ぐな」
ギルドマスターの声が、わずかに柔らぐ。
「ハンターとは、最後まで立っていた者が最強だ」
「闘技場のような、勝つか負けるかの場所じゃない」
「敵わないと思ったら逃げろ」
「99回逃げても100回目で勝てばいい」
「何が何でも生きろ」
リコリスが、ゆっくりと顔を上げる。
彼の目を見る。
そこにあったのは威圧ではない。
深い悲しみ。
数えきれない死を見送ってきた者の目。
戦場で、多くを失ってきた者の目。
自分も背負っていたと思い込んでいた。
灰の剣聖との戦い、血しぶきの中聞いたあの言葉
「むやみな殺生はしたくない」
彼も願っていた、自分の生を。だからあんな真似を。
そしてこの男も、自分に生きてほしいと願っている。
自分が斬られるかもしれないという覚悟を以て。
――かなわない。
この男には、勝てない。
初めて、そう思った。
力でもない。
技でもない。
人としての厚さ。
何より背負ってきた重みが自分より違う。
「強いのが腐るほどいる、か」
口調が変わる。
貴婦人ではない。
ひとりの戦士の声。
「二人が言うだけのことはあるな」
「全く、この世界はバケモノだらけだぜ」
部屋の空気がわずかに緩んだ。
「すまんな。強い言葉になった」
ギルドマスターが息を吐く。
「お前は、ひとりで強くなろうとした」
「皆を守るために」
ダリアとオルレアを見る。
「彼女らは二人でやってきた」
「互いがいるから無茶をしない」
「自分の無茶で、相手が死ぬことを知っているからだ」
リコリスは黙って聞く。
「それを分かってほしかった」
「ハンターとは、そういう世界だ」
一瞬の静寂。
「それでも、なるか?」
問い。
試すのではない。
確認だ。
リコリスが、ふっと笑う。
今度は、静かな笑み。
「井の中の蛙だったと、思い知らされたよ」
素直な言葉。
「まだまだ強くなりてぇ」
目が、燃えている。
だが今度は、独りよがりではない。
「上等だ、やってやるよ」
その返答に、ギルドマスターの口元がわずかに緩む。
ダリアとオルレアも感じていた。
本当の強さ。
この世界の広さ。
闘技場は、箱庭だった。
ここは違う。
逃げ道もある。
仲間もいる。
そして、自分より強い者がいる。
リコリスは静かに息を吸う。
戦場は変わる。
だが、立つ理由は同じだ。
今度は――
ひとりではない。
続く
実際の剣闘士も、剣闘士興業が成熟するに従って死亡率は低下していきました。
見世物から興行へなるに従い、剣闘士は大事な商品であり、スターでした。
いい試合をした剣闘士は許しを与えられました。
今回はそんな剣闘士の内情をアレンジしてみました。
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