第6章ー35 闇市場強襲作戦8
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
廃鉱山の入口では、投光器の白い光が土煙を照らしていた。
捕縛した者たちが次々とトラックへ押し込まれていく。
怒号、鎖の音、エンジン音。
その傍らで――近接班は動かない。
武器を携え、入口を見つめたまま。
「……いいから、行け!」
あの時のダリアの声が、耳に残っている。
付き合いは長くない。
だが。
あんな余裕のない二人は、初めて見た。
撤収の最中。
後方から聞こえた音。
刃が空気を裂く音。
金属がぶつかる硬質な衝撃。
そして――地面が叩き割られる、鈍い破砕音。
近接班に選ばれた者なら分かる。
あれは銃声ではない。
――白兵戦だ。
しかも、桁違いの。
背筋が冷えた。
報告はすぐに本隊へ送った。
《ダリア、オルレア、何者かと対峙中》
だが。
口には出さないものの、誰もが思っている。
あの黒いドレスの女。
あの美しい生体兵器。
あれではないのか、と。
近接班のリーダーは思い出す。
彼女の顔を見た瞬間。
ほんの一瞬だけ、驚きを浮かべていた。
あれは――知っている顔を見た目だった。
もしかすると。
彼女達も。
あれと同じ “墓戻り” なのではないか。
死んだはずの、過去の怪物。
思い当たる節は、いくらでもある。
重火器が必要な巨大ミュータントトカゲを。
近接だけで討伐。
銃が幅を利かせるこの時代で。
そんな芸当ができる者が、今のギルドに何人いる?
近接班のリーダーを任されたからこそ分かる。
あの二人は異質だ。
動き。
間合い。
呼吸。
実戦の回数が違う。
積み重ねてきた“死線”の密度が違う。
彼は小さく息を吐き、
――考えるのをやめた。
彼女達が何者か。
どこから来たのか。
人か、怪物か。
そんなことはどうでもいい。
彼女達はハンターだ。
ギルドに所属し。
実績を積み。
同じ作戦に参加した。
背中を預けた仲間だ。
それだけで十分だ。
彼は入口の闇を見つめる。
拳を握り
「……生きて戻って来いよ」
誰にともなく。
だが確かに、届くことを願って。
近接班は動かない。
撤収完了。
捕縛者の輸送も終わった。
だが彼らは待つ。
廃鉱山の入口で。
武器を手に。
仲間として。
ハンターとして。
夜風が吹き抜ける。
その奥から、やがて誰かの足音が聞こえることを信じて。
鉱山の闇の奥から足音が近づいて来る
コツ。
コツ。
規則正しい。
二人――いや、三人。
近接班が一斉に顔を上げる。
武器を構える。
殺気は感じない。
だが油断も出来ない。
やがて闇の境界線から姿が現れる。
まずダリア。
続いてオルレア。
そして――
その後ろに、黒のドレスを纏った貴婦人。
投光器の光を受け、漆黒の布が揺れる。
脇には長大なハルバード。
近接班が息を呑む。
無言の圧力に、反射的に半歩下がる者もいた。
だがダリアが手を上げる。
「大丈夫だ」
短く告げる。
「コイツなら問題ない。昔の知り合いだ」
リーダーが視線で確認する。
ダリアの目は落ち着いている。
オルレアも頷く。
その瞬間。
黒ドレスの女が一歩前へ出る。
ドレスの裾をつまみ。
優雅に一礼。
「リコリスと申しますわ。初めまして」
声は澄んでいる。
仕草は完璧な貴婦人。
その場にいる全員が、一瞬言葉を失う。
つい先ほどまで、地下で刃音が響いていたとは思えない。
確かに、殺気はない。
だが。
近接班である彼らには分かる。
うなじのあたりがチリチリする感覚。
あれは、強い。
理屈ではなく、感覚で理解する。
リーダーが小さく息を吐く。
(……化け物だな)
だが同時に。
ダリアとオルレアが、隣に並んでいる。
それが全てだ。
ダリアが言う。
「本部に連れていく」
近接班の一人がすぐに通信を開く。
《近接班より、本部へ。ダリア、オルレアと合流》
《対象一名追加。例の生体兵器です。意思疎通は可能。
危険性は確認されず、ギルド本部へ移送希望》
数秒の沈黙。
やがて返答。
《移送を許可する。直接本部へ》
緊張が、わずかに緩む。
ダリアが振り返る。
「行くぞ」
リコリスが微笑む。
「よろしくお願いしますわ」
次の瞬間。
ドレスの裾を翻し。
軽やかに、トラックの荷台へ跳躍。
その動きの滑らかさに、近接班の数人が思わず目を見開く。
重心が美しい。
無駄がない。
やはり、只者ではない。
エンジンが唸る。
トラックがゆっくりと動き出した。
廃鉱山を背に、夜道へ。
荷台の縁に腰を下ろし、リコリスは流れる景色を眺める。
夜風が髪を揺らす。
遠ざかる山影。
徐々に近づく街の灯。
知らない世界。
知らない時代。
だが――
隣には、かつての戦友。
前には、新しい道。
リコリスの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
貴婦人の微笑みではない。
戦士の笑み。
「……自由か」
小さく呟く。
トラックは夜の道を走る。
死人花は、初めて自分の意思で次の舞台へ向かっていた。
一方その頃、南部の港では。
夜明け前の薄青い空の下、脱出した船は静かに接岸した。
甲板に降り立った男たちは、そこでようやく耳にする。
――廃鉱山の闇市場が、ギルドの手入れを受けた。
意外にも彼らに驚きはなかった。
ため息もない。
「またか」
その程度だ。
ギルドの摘発。
国によっては軍の徴発。
それは彼らにとって日常だ。
拠点が潰れれば、次を探す。それだけの話。
だが――
今回ばかりは、空気が違った。
誰も口にはしない。
だが全員が同じものを思い出している。
船が出る直前。
彼女から感じた、あの圧力。
空気が粘つき、肺がうまく動かなくなる感覚。
一歩、判断を誤っていれば。
――死んでいた。
裏社会で、数々の修羅場を生き延びてきた者達だからこそ分かる。
濃密な殺気。
あれは威嚇ではない。
生殺与奪を自由にできる絶対者。
旧文明絡みの生体兵器。
商品として、噂や資料で知っていた者もいた。
だが“実物”を感じたのは初めてだった。
並の組織では扱えきれない。
いや、扱った瞬間に組織が消える。
そう結論づけるのに時間はかからなかった。
後日。
南部の闇商人たちの間で、奇妙な合意が広がる。
旧文明系の生体兵器の取引、原則禁止。
表向きは「双方のリスクが高すぎるから」
だが本音は違う。
怖いのだ。
制御不能の力が。
あの圧力を、二度と浴びたくない。
例え巨万の富を手に入れるとしても、
己の命に比べると、はるかに軽い。
そうして、多くの組織が手を引いた。
賢い者たちは距離を置いた。
だが――
その力は絶大だ。
都市一つを落とせる。
戦況を覆せる。
王を玉座から引きずり下ろせる。
その“可能性”だけが独り歩きする。
恐ろしさを知らない者たち。
圧力を感じたことのない若い商人。
野心を持て余す新興組織。
彼らは今日も探している。
旧文明の遺物。
眠る研究施設。
そして、封印された生体兵器。
そしてどこかでまた、封が解かれる。
力を欲した誰かの手によって。
知らぬまま、
その力が、誰を選び。
誰を滅ぼすのかも知らずに。
続く
今回の舞台、廃鉱山の闇市場のイメージは、鉱山が栄えた時代に実際にあった隧道商店街をモチーフとしました。その名の通りトンネル内に商店がずらりと並んでいます。トンネルだと少し弱いかなと思い、廃鉱山にしました。通路を抜けると大広間が眩く輝き、人と金と商品に溢れる姿を書きたかったのですが、リコリスに全部持って行かれましたね(笑)
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