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第6章ー33  闇市場強襲作戦6

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


次の瞬間。


リコリスの姿が、消える。


音もなく距離を詰めていた。


「ッ!」


空気が裂ける。


ハルバードが振り抜かれる。


凄まじい刃音。


石床が抉れ、破片が弾け飛ぶ。


ダリアとオルレアは左右に散る。


間一髪。


だが掠めただけで分かる。


重い。


速い。


鋭い。


覚醒したてだというのに、衰えは微塵もない。


何人もの命を刈ってきた死神の鎌。

あの頃と、何一つ変わっていない。


刃と穂先、さらには石突きを使った連撃。


遠心力と武器の重量を使った回転切り。


そして、床をも砕く踏み込み。


床が砕け、瓦礫が宙を舞う。


それでも――


ダリアの眉がわずかに寄る。


(……おかしい)


オルレアも同じ違和感を抱く。


攻撃は本気だ。

速度も、威力も、本物。


だが。


殺気がない。


あの頃、闘技場で向けられた

“殺すつもりの刃”とは違う。


圧はある。

だが、刺すような殺意がない。


次の瞬間。


ぴたりと、攻撃が止む。


ハルバードの刃先が床をかすめたまま、静止した。


リコリスが二人を見る。


じっと。


上から、下まで視線が注がれる。


そして。

首を傾げた。


「……その格好は何ですの?」


唐突な問い。


ダリアは一瞬、拍子抜けする。

今の今まで、死神の鎌を振るっていた女が。


視線が自分たちの装いに落ちる。

剣闘士の衣装ではない。


動きやすさ重視の簡素な装備。

粗末な布と軽装。


盗掘団に偽装しているため、いつもの武器も持っていない。


リコリスの目が細められる。


「剣闘士衣装でもありませんし……随分と質素ですわね?」


ダリアは息を整えながら答える。


「ああこれか、俺達もう剣闘士じゃないんだ」


「……?」


「何て言えばいいのかな。転職したんだ、剣闘士じゃない。

 今は“ハンター”ってのをやってる」


少し笑う。


「今回はその()()でな。だからこういう格好なんだよ」


リコリスの眉がわずかに動く。


「剣闘士じゃない?転職?ハンター? 仕事?」


言葉を反芻するように。


理由(わけ)がわかりませんわ」


オルレアが静かに言う。


「私達と貴方がいた時代は終わった」


一歩前に出る。


「剣闘士団はもうない。剣闘士も興行も」


観客も。

歓声も。

闘技場も。


存在しない。


崩れた。

消えた。

そして時代が変わった。


リコリスは、ほんのわずか目を見開く。


ダリアが続ける。


「俺達は好きでこの()()をやってる」


真っ直ぐに見る。


「自分の意思でだ」


その言葉。


地下空間に、静かに落ちる。


リコリスの指先が、ハルバードの柄をなぞる。


「……意思?」


その声音は、先ほどまでの戦意とも、貴婦人の優雅さとも違う。


ほんの僅かの


迷い。


剣闘士は、選ばなかった。

選べなかった。


生まれ、売られ、戦い、死ぬ。


それが全て。


「好きで……?」


小さく呟く。


闘技場では存在しなかった概念。


自由。


選択。


仕事。


人生。


リコリスの瞳が揺れる。


戦闘の熱ではない。

理解できないものを前にした揺らぎ。


ハルバードの刃が、ゆっくりと下がる。


「……時代が、変わった?」


静かな問い。


三人の間に、戦いとは別の緊張が生まれる。


死人花(リコリス)は今。


初めて、刃ではなく“世界”に戸惑っていた。




広間に、静かな沈黙が落ちる。


リコリスは微笑んでいる。


優雅に。

完璧に。


少なくとも表面上は、


だがその内側では――

嵐が吹き荒れていた。


覚醒した直後。

状況も分からぬまま、爆発音。


「ついて来い」と命じる男。

理由もなく腕を掴もうとする手。


あの瞬間。

あの男が止めなければ。


本当に、全員を。

躊躇なく。

殺していた。


それほどまでに、世界は意味を持たなかった。


目覚めたばかりで、状況も分からず。

ただ“生きている”という事実だけがあった。


そして。


懐かしい気配。

血と鉄の匂い。


死線を越えた者同士にしか分からない感覚。


だから来た。


そこにいたのは――


ダリア。


オルレア。


あの頃と同じ顔。


だが、違う目。


暗く沈んだ、諦めの目ではない。

観客の歓声に縛られた、鎖の目ではない。


生きている目。


自分の意思で立つ者の目。


「転職」


「ハンター」


「仕事」


「自由」


理解できない言葉が、頭の中で反響する。


剣闘士団はない?

興行もない?


舞台も、歓声も、あの砂の匂いも。


――ない?


リコリスの思考が揺らぐ。


剣闘士とは何だったのか。


戦うために生まれ。

戦うために育てられ。

戦うために死ぬ。


それ以外の選択肢など、存在しなかった。


なのに。


目の前の二人は言う。


好きでやっている。

自分の意思で。


その言葉が、胸の奥に刺さる。


知らない概念。

知らない世界。

知らない生き方。


リコリスの指先が震える。

ハルバードの柄を握る力が、わずかに強まる。


貴婦人の仮面の下。


混乱が渦巻く。


怒り。

戸惑い。

羨望。


置いていかれたような感覚。


そして――


恐怖。


自分だけが、あの時代に取り残されているという事実。


「……」


唇が動くが、言葉にならない。


ダリアは黙って見ている。

オルレアも、刃を向けたまま、しかし踏み込まない。


その目は敵を見る目ではない。

同じ地獄を生きた者を見る目。


その視線が、決定打になる。


リコリスの口元が歪む、

微笑みではない。


張り付いた仮面に、ひびが入る。


「……なんですの、それ」


声が震える。


「自由?」


笑おうとする。

だが笑えない。


胸の奥が熱い。

整理できない感情が、溢れ出す。


ハルバードの刃が、ゆっくりと床に触れる。


カラン、と乾いた音。


貴婦人の優雅な姿勢が、わずかに崩れる。


そして。


仮面が、剥がれ落ちる。


「……ふざけないで」


低い声。


荒い呼吸。


「私達は……選べなかった」


初めて、感情がむき出しになる。


怒りでも、殺意でもない。


喪失。

空白。


「私は……何ですの?」


その問いは、刃よりも鋭い。


死人花でもない。

商品でもない。

剣闘士でもない。


時代は終わったと言われた。


ならば。


自分は。

何者なのか。


広間に、ただ静かな呼吸音だけが響く。


戦いは止まった。


だが、もっと深い戦いが始まっていた。





張りつめた空気を、引き裂くように――


「――っ、あああああッ!!」


リコリスの絶叫が大広間に響いた。


頭を掻きむしる。

黒髪が乱れ、ドレスの襟元がずれる。


「だぁーー! わけわかんねぇ!!」


さっきまでの貴婦人は、完全に消えていた。


ハルバードを乱暴に床へ突き立てる。


「ダリア、オルレア。一旦休戦だ」


荒い呼吸。

だが瞳は冷静に二人を見ている。


「わけわからん事が多すぎだ。色々聞かせろ」


口調はもう、闘技場の戦士のそれになっていた。

粗く、真っ直ぐで、飾り気がない。


ダリアとオルレアが視線を交わす。


そして、武器をわずかに下ろす。


リコリスは近くの倒れかけたテーブルを足で乱暴に起こし、


どかっと腰を下ろした。


「一息ついたら……喉渇いたぜ」


そこに残っていたワイン瓶を掴む。


コルクを、歯で引き抜き。

ペッと吐き出す。


そのままラッパ飲み。

喉を鳴らして豪快に飲む。


赤い液体が口元からこぼれ、顎を伝う。


もう優雅さの欠片もない。


「ぷはっ……」


乱暴に息を吐く。


「で?」


顎でダリアをしゃくる。


「説明してくれ」


ダリアはゆっくりと歩み寄り、向かいに立つ。


「……俺達も似たようなもんだ」


静かな声。


「わけも分からず、封じられてた。

目覚めたら時代が変わってた」


オルレアが続ける。


「私達も、もしかしたら “商品” として扱われかもしれない」


リコリスの目が細くなる。


「だが、運よく腕を買われた」


ダリアが言う。


「戦えるって理由でな。

それでハンターになった」


「さっきから言ってる、ハンターってのは?

狩人か?」


リコリスが瓶を揺らしながら問う。


「依頼を受けて動く職業だ。

魔物退治、護衛、遺跡探索、盗賊討伐

……何でも屋みたいなもんだな」


「正直に言うとな」


ダリアが少し笑う。


「あの頃より楽しい」


その言葉に、リコリスの眉が動く。


「楽しい、だと?」


「ああ、何でも自分で決めないといけないけどな」


オルレアが補足する。


「全て自由。だけど、全てに()()も伴う」


ダリアが続ける。


「酒も、食事も、住む場所も、受ける仕事も」


一拍。


「生き方も」


リコリスの喉が、わずかに鳴る。


瓶を持つ手が止まる。


「……選べるか」


その言葉を噛みしめるように繰り返す。


剣闘士時代。

選べたことなど一つもなかった。


対戦相手も。


試合も。


生死すら。


「なぁ。その仕事、拒否もできるのか?」


真剣な目。


「ああ」


ダリアは即答する。


「気に入らなきゃ断る、受けなきゃいい」



「……戦わなくてもいい日もあるのか?」


「あるぞ、1日中寝てても何も言われない」



「しこたま酒を飲んでも怒られないのか?」


「怒られない。二日酔いで苦しむのも自由」



「殺さなくても金は貰えるのか?」


「内容次第だがな」


リコリスが黙り込む。


視線が宙を泳ぐ。


頭の中で、知らない世界を組み立てている。


「……飯は?」


「うまいぞ」


「酒は?」


「もちろんうまいぞ、好きなだけ飲め」


「寝床は?」


「雨風はしのげるし、シャワーもある」


「ただし、手に入れるためには、自分で稼がなくてはいけない」


長い沈黙。


やがて、リコリスが小さく笑う。


今度は、無理のない笑い。


「自分で稼ぐか……」


もう一口、ワインを飲む。


そして、ダリアを見る。


「……強い奴とは戦えるのか?」


口元が吊り上がる。


戦士の本質。

そこは変わらない。


ダリアも笑う。


「ああ。腐るほどいる」


オルレアが静かに付け加える。


「私達と同じく蘇った者もいるらしい、いずれは」


それを聞いて、リコリスの瞳が光る。


ゆっくりと立ち上がり

ハルバードを引き抜く。


だが、殺意はない。


「……面白そうじゃねぇか」


貴婦人でも。

死人花でもない。


ただの戦士として。


「その“ハンター”っての」


にやりと笑う。


「私もやれるのか?」


広間の空気が、初めて柔らぐ。


かつての怪物が。


初めて、“未来”に興味を示した瞬間だった。



続く

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