第6章ー32 闇市場強襲作戦5
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
大広間。
煙が天井に溜まり、焦げた匂いが残る。
突入部隊はすでに制圧を完了していた。
統率を失った警備は脆かった。
爆発と火災で混乱したところを一気に叩いた。
大きな抵抗はない。
参加者。
警備兵。
闇市場の関係者。
次々と拘束され、両手を縛られ、出入口へと連行されていく。
報告が上がる。
「VIPクラスは別経路から脱出。地下水路を使用。船で離脱した模様」
通信兵が即座に本部へ送信。
数秒後。
「偵察班より入電。正体不明の船舶が南へ逃走中」
指揮官が舌打ちする。
「別働隊を回せ――」
だが、その言葉を遮るように本部からの命令が届く。
《追跡するな》
空気が凍る。
《当該区域はギルド支配区域外。政治問題に発展する。越境は認めない》
現場の空気が重くなる。
指揮官は歯を食いしばりながら応答する。
「……了解」
ギルド本部。
重厚な執務室。
ギルドマスターは窓越しに夜を見ていた。
低く呟く。
「奴らの方が一枚上手だったな」
机の上には現時点での報告。
施設損壊。
裏取引の証拠押収。
没収資産。
「だが……被害額は相当なものだ」
闇市場側にとっては壊滅的。
その点では勝利だ。
だが――
「取引されていた生体兵器はどうなった?」
問いは静かだが重い。
通信越しに現場が答える。
《……不明です。カプセルは開放済み。対象の所在確認できず》
一瞬の沈黙。
ギルドマスターの指が机を叩く。
「いやな夜だ」
誰にともなく呟く。
その頃。
大広間、崩れかけたステージの奥。
瓦礫と煙の向こう。
ダリアとオルレアは動かず立っていた。
周囲の隊員たちが拘束作業を続ける中、二人だけが別の空気を感じ取っている。
風が、変わった。
オルレアが目を細める。
「ダリア……感じる?」
ダリアは、わずかに口角を上げる。
「ああ」
鼓動が早まる。
懐かしい。
血がざわめく。
闘技場。
砂煙。
観客の歓声。
死線。
瓦礫の奥。
闇の向こうから――
“それ”が近づいてくる。
ゆっくり。
確実に。
ダリアが小さく呟く。
「こっちに来る」
その声に、わずかな高揚。
恐怖ではない。
戦士の予感。
次の瞬間。
崩れた通路の奥から、足音がひとつ。
コツ。
優雅で。
静かで。
だが――
圧倒的な存在感。
闇の中で、何かが微笑んだ気配がした。
戦場が、再び息を吹き返す。
ダリアとオルレアが、同時に構えを取る。
呼吸が変わる。
空気が重く沈む。
それを見た近接班リーダーが眉をひそめる。
「どうした?」
軽い確認のはずだった。
だが返ってきたのは、
「……全員、外へ出せ」
ダリアの目はステージ奥から離れない。
オルレアも同じ方向を見据えたまま。
近接班の隊員たちがざわつく。
「まだ残党が――」
「いいから行け!」
低いが、絶対の命令。
その声に、ただならぬものを感じ取る。
リーダーが、その雰囲気から即断する。
これは“数でどうにかなる相手”ではない。
「撤収急げ!拘束班もだ、出口へ急げ!」
怒号が飛ぶ。
隊員たちが一斉に動き出す。
足音、鎖の音、怒鳴り声。
その喧騒の中――
コツ。
コツ。
静かな足音が、奥から響く。
全員が一瞬、振り向く。
ステージ奥の暗闇。
煙を裂いて。
ゆっくりと姿を現す。
優雅に。
背筋を伸ばし。
まるで舞台へ向かう女優のように。
一歩。
また一歩。
ドレスの裾が、瓦礫を越えて揺れる。
血と煙にまみれた空間が、なぜか彼女のための劇場に見えてくる。
ダリアが前に出る。
オルレアも並ぶ。
二人の視線が交差する。
言葉は短い。
「ここは二人で止める」
「先に行って」
近接班のリーダーが絶句する。
この二人の戦闘力は知っている。
突出部隊の切り札。
その二人が――
余裕がない。
それだけで、答えは十分だった。
一瞬の逡巡。
そして。
「……総員撤収!急げ!」
隊員たちが出口へ走る。
ダリアが振り返らず叫ぶ。
「行け!!」
その声で、最後の一人が駆け出す。
広間に残るのは。
ステージを挟んで向き合う三人。
静寂。
煙が揺れる。
リコリスが微笑む。
優雅に、ゆっくりと。
まるで再会を喜ぶように。
ダリアの指先がわずかに震える。
恐怖ではない。
高揚だ。
かつて幾度も死線を越えた相手。
逃げ場はない。
観客もいない。
ここは舞台。
そして――
幕が上がる。
リコリスは黒のドレスを纏っていた。
いつの間に調達したのか、煤けた空間に似つかわしくないほど整った仕立て。
そしてその手には――ハルバード。
長柄の刃が、照明の残光を鈍く反射する。
彼女はステージ中央まで歩み出る。
微笑む。
「ご機嫌よう。ダリア、オルレア。久しぶりですわね」
甘く、柔らかい声音。
ダリアは視線を外さない。
「ああ……」
短い返事。
そして、踏み込むように言う。
「確かに死人花だ間違いない」
「だが……お前は、あの闘いで死んだはずだ」
一瞬、静寂が落ちる。
リコリスは小さく首を傾げた。
「あら?」
くすりと笑う。
「ちゃんと足はついてましてよ」
そう言って、ドレスの裾をつまみ、片足をすっと前に出す。
白い足首が覗く。
影はある。
確かに、そこに立っている。
だが――
あの光景は忘れられない。
あの試合。
当時最強と呼ばれた
“灰の剣聖”
闘技場が静まり返る中。
開始から、わずか数合。
灰の剣聖が踏み込み。
簡素な長剣が閃き。
血飛沫が舞った。
リコリスの体が崩れ落ちる。
観客の絶叫。
ダリアとオルレアは、その場で見ていた。
あれは致命傷だった。
誰の目にも。
リコリスは肩をすくめる。
「話が長くなりますから省きますけれど」
ハルバードの石突きを床に軽く打つ。
「――あの一太刀では、死んでおりませんの」
ダリアの眉がわずかに動く。
「血は派手に出ましたけれど。命に別条はなかった」
静かに続ける。
「倒れ込む寸前、聞こえましたのよ」
目を細める。
「“むやみな殺生はしたくない”……と」
灰の剣聖の低い声。
確かに、あの男なら言いかねない。
「ですから救命措置を施され。そして、あの機械に」
視線が一瞬、地下の奥を示す。
瓦礫に置かれた、機械棺桶。
それは旧文明の生体維持装置&再生カプセルであった。
ダリアが小さく息を吐く。
「……生き延びたってわけか」
「ええ。ギリギリだったようですけど」
リコリスは微笑む。
その目は、しかし完全に覚醒している。
オルレアが口を開く。
「私達も似たようなものだ」
淡々とした声。
「死んだと思われた。だが、生きていた」
三人の間に、奇妙な静けさが落ちる。
かつて闘技場で鎬を削った者同士。
死んだはずの者たち。
生き延びた怪物。
リコリスが一歩、踏み出す。
ドレスが揺れる。
「さて」
にこやかに。
だが、空気が震える。
「再会を祝うべきかしら?」
ハルバードの刃が、わずかに持ち上がる。
ダリアが構える。
オルレアも重心を落とす。
舞台は整った。
観客はいない。
だが――
これ以上ない主役たちが揃っている。
リコリスが楽しげに囁く。
「あの闘いの続きを、始めましょうか」
開演の幕が上がった。
続く
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