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第6章ー31  闇市場強襲作戦4

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


水路へ続く部屋。

冷たい水音だけが響く。


動かないリコリスに、再び兵器商人が命じる。


「もう一度言うぞ――来い!」


静寂。


そして。


リコリスの唇が、ゆっくりと開く。


「お断りいたしますわ」


空気が凍る。


誰もが聞き間違いだと思った。


兵器商人が目を見開く。


「……何だと?」


リコリスは涼しい顔のまま、首をわずかに傾げる。


「なぜ、私があなたについていかないといけないのですの?」


真っ当な疑問。


だが、この場においてはあり得ない問い。


「私がお前を買ったからだ」


商人の声に苛立ちが混じる。


だがリコリスは、まるで茶会の席で返すように言う。


「私にはコイン一枚すら頂いておりませんわ」


一瞬、沈黙。


周囲の上客達が息を呑む。

商人の顔が赤くなる。


「いいから来い!」


ついに怒鳴り、リコリスの腕を掴もうとする。


その瞬間。


リコリスの表情が変わった。


優雅な微笑が、消える。

瞳の奥が冷えきる。


次の瞬間――


「うるせえ口だなぁ。その口、縫い付けるぞ」


低く、荒い声。

今までの貴婦人の佇まいからは想像もできない声音。


場の空気が、完全に凍る。


「何でアタシが、あんな臭せぇ豚どもがいる所に入らなきゃいけねぇんだ? あぁ?」


言葉が変わる。

口調が変わる。


死人花(リコリス)の本性。


その後も、場末の酒場でも耳にしないような罵声が、

速射砲のように吐き出される。


誰も動けない。


兵器商人の手が、空中で止まる。


その時。


南部組織のボスが、低く声をかけた。


「……それくらいにした方がいい」


商人が振り返る。


「何だと?」


ボスは、凄みを込めて言う。


「あんた、死にてぇのか?」


部屋の空気がさらに重くなる。


「目の前にいるのは蘇った()()()()だ」


視線はリコリスから外さない。


「ここにいる全員、数秒でミンチにされるぞ?」


静かだが、確信のある声。


「俺はゴメンだね」


案内人が慌てて商人へ囁く。


「……お客様、船へ。今は出ましょう」


商人はまだ状況を理解できない顔のまま、

後退りし、船へ乗り込む。


扉の内側へ消える。


ボスが苦い顔を浮かべ、リコリスへ向き直る。


「悪かったな、姐さん」


ほんのわずかに頭を下げる。


「お前さんは自由だ。……まぁ、これで勘弁してくれや」


沈黙。


そして。


リコリスの顔が、再び優雅に戻る。

氷のような微笑。


「豚の中にも、礼儀を弁えている方がいらしたのですね」


視線が柔らかくなる。


「貴方でしたら、ついていってもよろしくてよ」


ボスが顔を引きつらせる。


「勘弁してくれ。命がいくつあっても足りねぇ」


本音だった。


案内人が叫ぶ。


「出発しましょう!」


船の扉が閉まる。

やがて船が前進を始め、水を切る音が響く。


リコリスはその場で、ドレスの裾を摘む仕草をする。


優雅に一礼。


「それでは皆様、ごきげんよう」


船が水路を進み始める。

暗闇へ消えていく。


その場に残ったのは、


煙と、


凍り付いた空気と、


そして――


完全に自由となった“死人花(リコリス)



船は地下水路を進む。


岩肌を削って造られた古い排水路。

天井から滴る水。

暗闇を切り裂く前照灯の白い光。


船内は静まり返っていた。


さきほどまでの喧騒が嘘のように。


兵器商人は、ようやく腰を下ろす。

震えていることに気づき、拳を握る。


落ち着け。


落ち着け。


だが――


思い出す。


あの目。

あの一瞬の殺気。


一歩間違えれば。

いや、半歩でも踏み違えていれば。


自分は今、ここにはいない。


冷汗が背中を伝う。


「……すまなかった、助かったよ」


向かいに座る南部組織のボスに声をかける。


ボスは鼻で笑う。


「アンタの為だけじゃねぇ、あんなに“やべぇ”と思ったのは久々だぜ」


短い沈黙。


エンジン音だけが響く。


一転して、(ボス)が真顔になり低く言う。


「あれが()()()()()()()()だ」


空気が重くなる。


「首輪をつけてどうこう出来る代物じゃねぇ。

あれは“兵器”じゃなく “触れたら終わり”の類だ」


兵器商人は唾を飲み込む。


「ああ……思い知ったよ」


それ以上の言葉は出ない。

ボスが肩をすくめる。


「まぁ、金を払う前でよかったじゃねぇか。

命が残っただけでも大儲けだ」


――その言葉。


兵器商人の思考が切り替わる。

恐怖から、計算へ。


顔から血の気が引いたまま、しかし声は冷静。

主催者へ向き直る。


「あんな欠陥品に金は払えない。取引はキャンセルだ」


主催者は一瞬だけ視線を泳がせ、


「……もちろんです」


それしか言えない。

異論など挟める状況ではない。


ボスがニヤリとする。


「この貸しは高くつくぜぇ?」


商人も即座に返す。


「ああ。旧軍の未使用品がある。

コンテナごと持っていかせる」


ボスの目が光る。


「取引成立だ」


握手はしない。

だが、契約は成立した。


兵器商人は部下を呼び寄せる。

声は低く、はっきりと。


「旧文明の生体兵器系には手を出すな。

全支部に厳命しろ」


部下が息を呑む。


「取引の打診があっても応じるな。

研究目的でも、鑑定でも、保管でもだ」


一拍。


「……関わるな」


部下は強く頷き、通信端末を操作し始める。


船は闇の中を進み続ける。


そして、誰も口にしない。


地上に残った“あれ”のことを。


地下水路の出口に、かすかな外光が見え始める。


だが兵器商人の脳裏からは、

優雅に裾を摘み、微笑んだあの姿が離れない。


「それでは皆様ごきげんよう」


あの声音。

あの殺意。


あれは――

兵器か?


それとも。

もっと別の何かか。


船は闇を抜ける。


だが、一同の恐怖は抜けないままだった。



船尾の灯りが闇に溶け、やがて完全に見えなくなる。


地下水路に残ったのは、滴る水音と、ひとりの女。


リコリスはしばらくその場に立ち、静かに目を閉じる。


――感じる。


空気の震え。

遠く、石の向こう側。


懐かしい“匂い”。

血と鉄と、死線の気配。


かつて幾度も刃を交えた二つの存在。

あの時代、闘技場で互いを殺しかけた強者たち。


理屈ではない。


説明もいらない。


剣闘士としての本能が告げている。


「……ふふ」


リコリスは踵を返す。

来た道を戻り始める。


その足取りは軽やか。


まるで舞踏会へ向かう貴婦人のように。

濡れた石床の上を、優雅に、音もなく。


爆発で崩れた瓦礫をひらりと避け、

煙の中を優雅に進む。


ふと、自分の姿を見下ろす。


戦闘用の簡素な衣装。

煙と埃にまみれた布。


小さくため息。


「この格好では、パーティーにふさわしくありませんわ」


くすりと笑う。

だが、その笑みの奥に潜むものは――冷たい。


「まずは、衣装を」


そして。


「……獲物を」


その瞬間。


空気が変わる。

貴婦人の仮面が、静かに剥がれ落ちる。


背筋が伸びる。


重心が落ちる。


視線が鋭くなる。


そこに立っているのは、


凛と咲く花でも、商品でもない。


かつて、とある剣闘士団最強を誇った、闘技場の怪物。


血塗れの歓声を浴び、

何度も死線を越え、

なお立ち続けた者。


瞳が細められる。


「久方ぶりの再会ですわね」


甘く、愉悦を含んだ声。


遠くで、金属が擦れる音がした。


返事のように。


リコリスの唇が吊り上がる。


「逃げないでくださいませね?」


一歩。


足を踏み出した瞬間、瓦礫が粉砕される。


優雅さはそのままに。


しかし、その歩みは――戦士。


地下施設の広場へ。

舞踏会の会場へ。


死のパーティーが、今まさに幕を開けようとしていた。



続く


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