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第6章ー25  鬼と狐

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


 合宿五日目。


 基礎走りのあと、若手達はへたり込みながら水を飲んでいた。


「はぁ……はぁ……」


 赤毛の少女が、真っ先にダリアの元へ来る。


「ダリア姐さん! 今日、昨日より走れました!」


 その一言に、周囲が一瞬静まる。


 ――姐さん。


 ダリアは眉をわずかに動かした。


「……今なんて言った?」


 少女はきょとんとする。


「え? ダリア姐さん?」


 周囲の若手達が、顔を見合わせる。


「……あー、なんか分かる」

「うん、分かる」

「姐さんって感じあるよな……」


 誰かがぼそっと言った。


 ダリアは腕を組み、ため息をつく。


「勝手に呼ぶな」


「でも似合ってますよ!」


 赤毛の少女が即答する。


「面倒見いいし、怒ると怖いけどちゃんと理由あるし、無茶させないし……」


「それ、ほぼ姐さんの定義だよな」


 別の新人がうなずく。


 少女が少し照れくさそうに言った


「だから……その、いてくれると安心するというか」


 ダリアは言葉に詰まる。


 そんな目で見られたことは、闘技場ではなかった。


 強いか、弱いか。

 勝つか、死ぬか。


 それだけだった。


「……勘違いするな」


 低く言う。


「私はお前らの面倒を見るためにここにいるんじゃない」


「生き残らせるためだ」


 少女は笑う。


「はい、姐さん」


 即答。


 周囲から小さな笑いが起きる。


「姐さん」

「ダリア姐さん」

「明日もお願いします、姐さん」


 いつの間にか、自然とその呼び名が広がっていた。


 オルレアが横から小声で言う。


「……あんた、昔からそういう空気あるんだよ」


「何の話だ」


「場を仕切るわけじゃないのに、中心にいる」


 ダリアは顔をしかめる。


「そんなつもりはない」


「分かってる。だから余計に質が悪い」


 オルレアが小さく笑う。


「剣闘士の頃もそうだった。

 あんたの控室の周り、いつも下の連中が集まってたろ」


 ダリアは黙る。


 確かに、気づけば誰かが隣にいた。


 震える新人。

 怪我を隠す後輩。

 次の試合を恐れる若者。


 自分はただ、言っていただけだ。


 ――死ぬな。

 ――足を止めるな。

 ――生きろ。


「……勝手に育つなよ」


 ぽつりと呟く。


 赤毛の少女が首を傾げる。


「何か言いました?」


「明日は坂道追加だ」


「えぇ!?」


 周囲から悲鳴。


「姐さん鬼だ!」 「でもついていきます!」


 笑い声が広場に広がる。


 ダリアはその光景を見ながら、胸の奥に小さな熱を感じていた。


(……ロゼッタ)


 もしあの子も、どこかで誰かに“姐さん”と呼ばれていたら。


 もし、誰かの隣で笑えているなら。


 それでいい。


「……今日は温泉長めだ」


「やったー!」


 歓声が上がる。


 オルレアが肩をすくめる。


「甘いな、姐さん」


「うるさい」


 湯気の向こうで、若手達の背中が少しだけ逞しく見えた。


 



 夜。


 若手達は湯上がり後、食堂で楽しそうにに笑っている。


 その喧騒の外。

 庭先の暗がり。


 ――いるな


 ダリアは湯呑みに口をつけたまま、ほんのわずかに目を細める。

 同時に、オルレアの指が卓上を一度、軽く叩いた。


 だが、二人とも顔を上げない。


 新人達は何も知らずに騒いでいる。


(数は……複数)


 木立の奥。

 一定の距離を保った、探るような視線。


 ダリアはわざと大きく欠伸をした。


「今日はここまでだ。明日も早い。寝ろ。」


 ダリアの一言で、若手達が素直に動く。


 視線が、少し動いた。


 ――まだいる。


 やがて、気配がゆっくりと引いていく。


 その瞬間。


 オルレアがダリアを見る。

 ほんの一瞬の、目配せ。


 ダリアが小さく頷く。


「……ちょっと走ってくる」


 オルレアが伸びをしながら言う。


「夜風が気持ちいいからな」


「足慣らしなら裏手だ。転ぶなよ」


 芝居がかったやり取り。


 次の瞬間、オルレアの姿は闇に溶けていた。

 足音を殺し、木立の奥へ。


 月明かりが薄い。


 だが痕跡は残る。


 踏み荒らされた落ち葉。

 折れた枝。


(慣れていないな)


 追跡の素人。

 武人でもない。


 やがて、森の外れに小屋が見えた。


 古びた木造。

 灯りはないが、中に人の気配。


 オルレアは壁沿いに回り込み、窓の隙間に耳を寄せる。


 中から、男達の声。


「……何でハンターがあそこにいるんだ」


 苛立った声。


「あそこに貯めた宝が取り出せないじゃないか」


 別の声が低く吐き捨てる。


「時間がねぇ、明日の夜遅くだ。こっそり取り出すしかない」


「ハンターは?」


「若いのが何か訓練みたいなことをしているが、夜は動かねぇ」


 オルレアの目が細くなる。


(宝……?)


 この温泉宿。

 地下には古代闘技場の遺構。


 隠した宝。


 偶然か?


 いや――。


 そういえば、女将が以前は荒くれ者がいたと言ってたな。


 男が続ける。


「掘り起こしたらすぐ運ぶ。ここに長居はできねぇ」


「ハンター連中に見つかったら終わりだ」


 短い沈黙。


「……明日の夜決行だ。準備しとけ」


 足音。


 椅子が軋む。


 オルレアは素早く窓から離れ、影へ溶けた。



 

 数分後。


 温泉宿裏。


 ダリアは腕を組み、静かに待っていた。


 戻ってきたオルレアが、小声で告げる。


「盗賊だな。何かを闘技場に隠しているらしい」


「明日の夜、取り出すみたい」


「どうするかなぁ」


 ダリアは少しだけ空を見上げる。


 若手は、まだ未熟だ。


 ここで騒ぎになれば危険。


「……合宿は続ける」


 オルレアが口の端を上げる。


「あいつらは?」


「私達だけで片付ける」


 短い言葉。

 迷いはない。


 部屋の向こうで寝言が聞こえる。


 姐さん、勘弁してと呼ぶ声。


 ダリアは静かに呟く。


「ここは、訓練の場所だ」


「荒らさせない」


 月が雲に隠れる。


 夜が、少しだけ深くなった。




 翌日。


「もう一本! 坂道!」


「姐さん鬼ぃぃ!」


 夕暮れの坂道に、悲鳴と笑い声が混ざる。

 ダリアは腕を組みながらも、口元は少しだけ緩んでいた。


「鬼で結構だ。生き残りたいなら走れ」


 若手達は泥だらけになりながらも、昨日より確実に足が前に出ている。

 赤毛の少女も、息を切らしながら食らいつく。


 合宿の空気は、確実に変わっていた。


 


 夜。


 宿は静まり返っている。


 若手達は風呂から上がった途端、力尽きるように布団へ沈んだ。


「……猛訓練の成果だな」


 オルレアが小声で言う。


 ダリアは廊下を見渡す。


「顔を見られると面倒だ」


「何かないかしら」


 二人は宿の中をそっと歩く。


 すると、廊下の壁にずらりと並ぶ装飾品が目に入った。


 古びた木彫りの面。

 鬼面、狐面、獣の面。


 祭りか何かの名残だろう。


 オルレアが一つ手に取る。


「……これ、ちょうどいい」


 ダリアも鬼面を手に取る。


 鏡代わりの窓に映る姿を見て、ふっと笑った。


「似合うか?」


「昼間に鬼って呼ばれてたし、ちょうどいいんじゃない?」


「お前は怪しい狐だ」


「褒め言葉ね」


 二人は軽く拳を合わせる。


 小さく、乾いた音。


「一夜限りだ」


「久々だな」


 ダリアの声が、少しだけ低くなる。


「――クラッシュ&ストライク」


 闘技場で恐れられたコンビ名。

 砕く者と、突き刺す者。


 もう呼ばれることはないはずだった名。


 オルレアが肩を鳴らす。


「復活公演、観客なし」


「拍手もいらん」


「派手にやるなよ?」


「必要ならやる」


 月明かりの下。


 鬼と狐が、静かに宿を抜ける。

 湯気の向こうで、若手達は無防備に眠っている。


 先輩の顔ではなく。

 元剣闘士でもなく。


 今夜だけ。

 砕いて、叩き込む。


 守るために――


「行くぞ」


「了解」


 二つの影が森へ消えた。


 どこか少しだけ楽しげに。



 続く


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