第6章ー24 1に体力、2に体力
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
《戦士再生施設》認定から一ヶ月。
第一回・若手ハンター合宿が始まった。
参加者は全員、最下位ランク。
登録したばかりの者。
まだ討伐経験も浅い者。
地下闘技場には、緊張した顔が並ぶ。
ダリアとオルレアもその列に立っていた。
理由は単純だ。
「基礎からやり直す」
ギルドマスターの言葉でもあるし、二人自身の決断でもあった。
指導役は、歴戦のベテランハンター。
開口一番、低い声が響く。
「ハンターに一番大事なことは何だ」
若者の一人が答える。
「強さ!」
別の者。
「技術!」
首が横に振られる。
「違う」
静寂。
「生き残ることだ」
地下闘技場にその言葉が落ちる。
「討伐成功より、生還が優先だ」
「戦う者は――」
間を置いたあと、大きな声で告げる。
「一に体力。二に体力だ!」
若手たちがざわつく。
ダリアは静かに聞いている。
「技術は後から積める。だが体力がなければ、逃げることもできん」
「最後に立っているのは、息が続くやつだ」
合宿は派手な模擬戦では始まらなかった。
早朝。
まだ湯気が薄く立ちのぼる時間。
山道の走り込み。
「遅れるな!」
号令が飛ぶ。
若手たちは必死で走る。
ダリアとオルレアも並んで走る。
平気だ。
呼吸も乱れない。
脚も止まらない。
上級剣闘士として鍛え上げた身体は伊達ではない。
だが。
山を二周目に入った頃。
ダリアが小さく呟く。
「……効くな」
オルレアが横目で見る。
「息は?」
「まだ、問題ない」
だが、違和感がある。
三周目。
若手の一人が脱落する。
それでも走り続ける。
ダリアの額に汗が滲む。
「……持久力がなくなってるな」
剣闘士時代。
試合は短時間決戦だった。
爆発力。
瞬発力。
決定打。
だがこれは違う。
削られ続ける負荷。
四周目。
脚が重い。
息はまだ乱れていない。
だが――
“鈍っている”
ダリアが小さく笑う。
「やってなかったな、こういうの」
オルレアが苦く答える。
「上級になってからはね」
名が売れ、試合が決まり、
個別調整ばかりになった。
技術を積み増していったが、
基礎の積み直しは減っていた。
地下闘技場へ戻る頃には、
若手の半数が地面に倒れ込んでいた。
ダリアは立っている。
だが内心、理解していた。
「……足りない」
オルレアも同じだった。
ベテラン指導役が言う。
「お前達は強い、戦場ではな」
視線が二人へ向く。
「だがハンターは、三日走ってから戦う」
沈黙。
「体力があれば、生き残れる」
「生き残れば、次がある」
その言葉は重い。
ダリアは深く息を吐く。
「……一からだな」
オルレアが頷く。
「一からやり直し」
地下闘技場での基礎動作。
受け身。
踏み込み。
姿勢保持。
地味だ。
だが、効く。
温泉で回復し、翌朝また走る。
循環。
戦士再生施設の真価が発揮され始める。
若手の一人が、息を切らしながらダリアに言う。
「……なんで、あなたたちもやるんですか」
ダリアは答える。
「強くなるためだ」
少し考え、付け足す。
「……生き残るためだ」
若手は黙って頷く。
ダリアは感じていた。
剣闘士として完成したと思っていた自分が、
まだ未完成だったことを。
そしてそれは、悔しくもあり、嬉しくもあった。
まだ伸びる。
まだ強くなれる。
地下闘技場に、足音が響く。
基礎。
一に体力。
二に体力。
拳闘で見せた強さは“結果”だった。
今は“土台”を作る時間。
ダリアとオルレアは、若手と同じ列に並び直す。
「もう一周だ!」
号令が響く。
二人は笑う。
「上等だ」
原点回帰。
戦士は、ここからもう一段強くなる。
夕刻
走り込みを終えた若手達が、
宿裏の広場に倒れ込んでいた。
湯気の立つ温泉の匂いと、汗と土の匂いが混ざる。
その中で、一人だけ動けずに座り込んでいる少女がいた。
小柄で、赤毛のショートカット。
まだあどけなさが残る顔が、悔しさに歪んでいる。
「……くっ」
立ち上がろうとして、膝が震える。
その前に、影が落ちた。
「無理に立つな」
ダリアだった。
少女が驚いて顔を上げる。
「ダ、ダリアさん……すみません、私……」
「謝るな」
ダリアは腰を落とし、同じ目線になる。
「今日倒れたやつは、お前だけじゃない」
広場を顎で示す。
あちこちで若手が転がっている。
「でも……私、一番下のランクなのに……」
「だから来てるんだろ」
淡々と、しかし柔らかく。
「上のやつは、倒れる前に加減を覚える。
下のやつは、倒れてから覚える」
少女は、ぽかんとする。
「倒れるのは悪くない。起き上がらないのが駄目なんだ」
「ここが戦場なら死んでた」
ダリアは少女の腕を取る。
「ほら、立てるか?」
少女は歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。
足が震えていた。
「……腕の力は残ってるな。足に来てる。
風呂入る前に、ふくらはぎ伸ばせ。明日少し違う」
「は、はい……!」
その様子を、少し離れた場所でオルレアが眺めていた。
小さく笑う。
「……相変わらずね」
剣闘士時代からそうだった。
自分がどれだけ傷ついていようと、後輩の面倒を見る。
勝ち方より、生き残り方を教える。
ダリアは少女の頭を軽く叩く。
「今日はここまでだ。
死ななかった。それで上出来だ」
少女は、泣きそうな顔で笑った。
「……ありがとうございます」
ダリアはふと、その赤毛に目を止める。
夕陽に照らされて、赤が柔らかく光る。
(……ロゼッタ)
一瞬だけ、胸の奥が軋む。
剣闘士時代の後輩。
同じように、小さくて、必死で生きようとしていた。
(どこかで、生きていてくれ)
自分達のように泥にまみれてもいい。
傷だらけでもいい。
ただ――
(死ぬな)
ダリアは無意識に拳を握っていた。
「……ダリアさん?」
少女の声で、現実に戻る。
「ああ。風呂行くぞ。倒れる前に温泉だ」
少女が慌てて後を追う。
オルレアが並びながら、ぼそりと呟く。
「昔を思い出した?」
ダリアは答えない。
ただ、温泉の湯気の向こうを見つめる。
古代の闘技場の遺構。
ここは戦う場所であり、再生する場所。
過去は消えない。
だが、未来は鍛えられる。
「……明日は、もう少し追い込む」
小さく笑う。
「優しいのか厳しいのか、どっちだ」
「両方だ」
夕暮れの空に、若い笑い声が混ざる。
ロゼッタがどこかで、生きていることを信じながら。
続く
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