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第4章ー⑰ 自分だけの場所

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


 引っ越しが決まった翌日、四人は朝からギルド前で落ち合った。

 討伐装備ではなく、動きやすい普段着。武器も最小限だ。


「……なんか変な感じ」

 セリカが肩を回しながら言う。

「戦いに行くわけじゃないのに集合するの」


「でも必要な任務だよ」

 リンが即答する。

「生活基盤の構築。優先度は高い!」


「ギルドも推薦してる物件だしね」

 ミレイアが淡々と付け加える。

「ちゃんと住めるようにしないと意味がない」


 ロゼッタは三人の会話を聞きながら、少し後ろを歩いていた。

 “引っ越しの買い出し”という言葉が、まだどこか現実味を持たない。


 通りを進むと、家具職人の工房が並ぶ区画に出る。

 木材の匂い、金属を叩く音、油と塗料の混じった空気。

 戦場とは違うが、ここもまた“生きるための現場”だった。


「まずは寝具」

 リンが指を折る。

「ベッドか簡易寝台、寝具一式」


「机と椅子も」

 ミレイアが続ける。

「整備と分解作業に使う」


「食器と調理道具!」

 セリカが勢いよく手を挙げる。

「あと鍋は大きめ! 絶対!」


 三人の視線が、自然とロゼッタに向く。


「……窓際に置く棚」

 少し考えてから答える。

「あと、灯り。明るすぎないやつ」


「珍しいね」

 リンが微笑む。

「ロゼッタが生活の話をするの」


 ロゼッタは否定も肯定もせず、ただ歩みを進めた。


 最初に入ったのは、年季の入った家具屋だった。

 木の匂いが強く、壁には修理跡のある椅子や棚が整然と並んでいる。


「いらっしゃい」

 店主は白髪混じりの男で、四人の装備を見るなり目を細めた。

「……ハンターだな」


 リンが頷くと、男は少し笑う。


「座れりゃいい、じゃなくてな」

 椅子を叩きながら言う。

「倒れた体を預けるなら、背と脚を見ろ。

 毎日使うなら、軋みの出方もな」


 四人は自然と無口になった。

 セリカは椅子に腰を下ろし、ぐっと体重をかける。

 ミレイアは棚の裏側を覗き込み、木組みを確かめる。

 リンは高さと配置を考え、

 ロゼッタは無意識に“衝撃を受けた時の耐え”を見ていた。


「……あんたら、選び方が完全にハンターだ」

 店主が苦笑する。


「丈夫で、修理できて、壊れ方が読めるものしか手に取らねぇ」


 選ばれたのは、装飾の少ない木製のテーブルと椅子、分厚い棚。

 どれも新品ではないが、手入れが行き届いている。


「いいの、選んだな」

 代金を受け取りながら、店主が言う。

「大事にしてくれ。

 こういうのはな、使われ続けるのが一番嬉しい」


 次に回った寝具屋でも、同じようなことを言われた。

「柔らかさより戻りだ」

「寝返りを打っても沈みすぎるな」


「……ほんと、ハンターだね私たち」

 セリカが小さく笑う。


 最後に、生活雑貨を揃える店に入る。

 皿、鍋、布、ランプ。

 細々したものが増えるほど、ロゼッタは不思議な感覚に包まれた。


 これは“準備”じゃない。

 戦いの前でも、討伐の後でもない。


 ――暮らす、ための選択だ。


 荷車に積まれた家具を見て、リンが言う。

「思ったより、ちゃんとした家になるわね」


「当たり前だろ」

セリカが淡々と返す。

()()()()だ」


 ロゼッタはその言葉を、胸の奥で静かに噛みしめた。


 剣を置き、装備を外し、無防備になれる場所。

 誰かがいて、何も起きなくてもいい時間が流れる場所。


 調理道具の店では、セリカの独壇場だった。

 鍋の厚み、取っ手の強度、火の通り。

 戦闘では前衛だが、生活では完全に主導権を握る。


「食べるのは大事だからな!」

 胸を張るセリカに、誰も反論しない。


 最後に灯りを選ぶ店で、ロゼッタは足を止めた。

 油灯と機械式ランプが並ぶ中、柔らかい光を放つもの。


「それにする?」

 ミレイアが聞く。


「……うん」

 ロゼッタは短く答えた。

「夜、静かな方がいい」


 荷物は思った以上に多くなった。

 簡易台車を借り、四人で交代しながら押す。


「さすがに引っ越し屋頼みたい量だな」

 セリカが笑う。


「今回は節約」

 リンが即座に切る。


 ロゼッタは台車の取っ手を握りながら、街を見渡した。

 武器屋でも、酒場でもない場所を、こうして歩くのは久しぶりだ。

 何故だかわからないが、楽しかった。


 戦うために生きるのではない。

 生きるために戦う。


 その順番が、ようやく入れ替わった気がした。


 新しい部屋に戻ると、まだ何もない空間が広がっている。

 そこに、今日買ったものが一つずつ置かれていく。


 机、椅子、寝具、鍋、灯り。


「……家だな」

 セリカが感慨深く言う。


 ロゼッタは窓際の棚を置き、灯りに火を入れた。

 柔らかな光が部屋に広がる。


 戦場では役に立たないものばかりだ。

 それでも、確かに必要なもの。


 ロゼッタは静かに思う。

 ここは、戻ってくる場所だ。


 その事実が、胸の奥で、確かな重みを持ち始めていた。



 ――皆がそれぞれの帰路につき、扉が静かに閉まったあと。

 部屋には、昼間の賑やかさが嘘のような静けさが満ちた。


 ロゼッタは、しばらくその場に立ったまま動かなかった。

 誰もいない。

 それなのに、空っぽではない。


 机に手を置き、椅子に腰掛け、床を一歩ずつ確かめるように歩く。

 自分の足音だけが、ここにある。


「……私の家だ」


 小さく呟いてから、少し照れたように口を閉じた。


 思い立ったように奥の扉を開ける。

 浴室。

 簡素だが、ちゃんとした“風呂”がある。


 湯を張る仕組みを確かめ、慎重に操作する。

 しばらくして、湯気が立ちのぼり始めた。


 その光景を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 剣闘士時代、風呂に入った数少ない夜のことを思い出した。

 

 ――剣闘士の頃。

 水浴びはあっても、湯に浸かることはほとんどなかった。

 怪我を洗い流すための冷たい水。

 身体を清潔に保つための最低限の行為。


 湯は、贅沢だった。


 服を脱ぎ、体を洗い、そしてゆっくりと湯に足を入れる。

 温かさが、足首から、膝へ、腰へと広がっていく。


「……あ……」


 思わず、声が漏れた。


 肩まで浸かると、全身の力が抜けていく。

 戦闘で溜め込んだ疲れも、無意識に張り詰めていた緊張も、少しずつ溶けていく。

 ロゼッタから、言葉にならない声が出て、顔が緩む。


 風呂から上がり、身体を拭き、ゆったりとした服に着替える。

 そして、部屋の隅に置いた棚の前に立った。


 剣闘士時代、同室の先輩のベッドの傍には

 小さな棚があって、明かりが置かれていた。

 

 眠る前に本を読むためでも、見せびらかすためでもない。

 ただ、そこに“自分の場所”がある証のようで。


 ――いいな、と思った。

 声に出すこともできず、ただ羨ましかった。


 昼間選んだ灯りに、火を入れる。

 柔らかな光。


 ロゼッタは懐から一枚の写真を取り出した。

 αチームと一緒に写っている、少し色褪せた写真。


 一緒に買った写真立てに入れ、迷うことなく、棚の中央に置く。


 灯りと、写真。


 それだけで十分だった。


 ベッドに腰掛け、しばらくその光景を見つめる。

 胸の奥が、じんわりと温かい。


「……あの時、羨ましかった理由が、今ならわかる」


 自分だけの場所。

 自分だけの灯り。

 戻ってきて、静かに息をつける場所。


 剣闘士だった頃には、持つことを許されなかったもの。


 ロゼッタはゆっくりとベッドに横になり、灯りを眺めながら目を閉じた。

 今日は、戦わなくていい夜だ。


 それだけで、十分に幸せだった。



 ――翌朝の目覚めは信じられないほど快適だった。

 窓を開けると、街が、人が動き始めていた。


 朝食を食べ、装備を整えギルドに向かう


 部屋を出る前に、写真に向けて一言呟く


 「……行ってきます」


 写真の中で、緊張気味のロゼッタと笑ってるαチームがそこにいた。



 続く

引っ越しした日の夜は、なぜだか楽しかったことを思い出します

そんな雰囲気が少しでも出せたらと書きました



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