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第4章ー⑫ 戦略的撤退

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


 新たに立ち上がった反応は、数ではなかった。

 オラクルが示す輪郭は粗く、重なり合い、

 まるで遺跡そのものに溶け込んでいるかのように不明瞭だった。


《警告》

《周辺構造物と同化した疑似生命反応を検知。敵勢力、空間支配フェーズへ移行》


「……遺跡を、使ってくるってこと?」


 リンの声がわずかに震える。

 それは恐怖というより、理解が追いつかないことへの戸惑いだった。


「違う」

 ロゼッタは短く答え、床に手をつく。

「遺跡が、敵そのものになってる」


 その言葉を裏付けるように、通路の壁面が軋み、ゆっくりと角度を変え始めた。

 崩落ではない。

 閉塞でもない。

 誘導だ。


 大型個体が前進を止め、指揮官型は動かない。

 代わりに、空間そのものが“こちらを追い詰める”。


「……ちっ、やっぱり頭が回る相手は厄介だな」


 セリカが盾を構え直す。

 だが、その足場が、じわりと沈む。


「足元、来てる!」


 ミレイアの叫びと同時に、床の一部が抜け落ち、古い配線と金属骨格が露出する。

 落下は浅い。だが、踏み外せば体勢を崩すには十分だ。


 ロゼッタは瞬時に判断する。


「ここは捨てる」


 誰も反論しなかった。

 それだけ、この状況が“危険域”に踏み込んでいると全員が理解していた。


「リン、後方監視。セリカ、最後尾」

「了解!」

「任せろ!」


 撤退――それ自体は失敗じゃない。

 だが、この敵は、撤退を許さない。


 小型機が、音もなく回り込み、通路の出口に滑り込む。

 まるで“ここから先は通さない”と告げる門番のように。


「……面倒くさい配置だな」


 ロゼッタは、剣を握り直す。

 心拍が、落ち着いていく。

 闘技場で覚えた、あの感覚。

 極限でこそ、頭が冴える。


「ミレイア、罠を壁に」


「壁?」


「壊すんじゃない。通路を作る」


 ミレイアは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。

 罠は床や敵に仕掛けるもの――その常識を捨てる。


 ガンッ!


 爆発は小さい。

 だが、老朽化した壁には十分だった。

 金属と石材が崩れ、細い抜け道が露出する。


 指揮官型の反応が、一瞬だけ遅れた。


「今だ!」


 ロゼッタが先頭に飛び込み、続いてミレイア、リン、セリカが滑り込む。

 小型機が追おうとするが、崩落した瓦礫がその進路を阻む。


 ズガンッ!!


 大型個体の一撃が通路を叩き潰そうとするが、わずかに届かない。


 抜け道の奥、崩れた小部屋で、四人はようやく息を整えた。


「……生きてるな」


 セリカが、苦笑する。


「正直、ヒヤッとしたよ」

 リンが肩をすくめる。


 ミレイアは、静かに壁を見つめていた。

「……あれ、完全に“試された”よね」


 ロゼッタは頷く。


「うん。

 あれは殲滅じゃない。観測だ」


 こちらの連携、判断速度、撤退基準。

 すべてを測りにきている。


《補足》

《敵指揮官型、対象を“即時排除対象”から“要警戒群”へ再分類》


 ロゼッタは、短く息を吐いた。


「……つまり」


 剣を鞘に収め、仲間を見る。


「また、来るってことだ」


 誰も否定しなかった。

 だが、不思議と空気は沈まない。


 むしろ――

 四人の間に、確かな手応えがあった。


 準備し、連携し、判断し、()()()()()()

 それこそが、彼女たちの“らしさ”。


 遺跡の奥で、静かに光るセンサーが、再び彼女たちを捉える。

 だが今度は、狩られる側ではない。


 狩りの準備は、もう始まっていた。



 遺跡を出た瞬間、外気の冷たさが肺に刺さり、

 ロゼッタはようやく「戻ってきた」と実感した。

 石と金属に囲まれ、意思を持つかのように形を変える空間から解放された安堵と同時に、

 背中に残る薄い寒気――あの指揮官型が最後に見せた“こちらを記録するような間”が、

 どうしても脳裏から離れなかった。


「……報告、どうまとめる?」

 リンが銃を分解しながら言う。

 その手つきは落ち着いているが、目はまだ戦場に半分残っている。


「盛らない。削らない。全部報告する」

 ロゼッタは即答した。

「配置、誘導、撤退判断、そして――倒せなかったことも含めて」


 セリカが小さく息を吐く。

「失敗扱いされないかな」


「されない」

 ミレイアが静かに首を振る。

「これは、生きて戻るための正解だった」


 その言葉に、全員が無言で頷いた。


 ――ハンターギルド。

 受付のざわめきは、ロゼッタたちが入った瞬間に一段低くなり、

 何人かの視線が意図せず集まる。

 ミドルブロンズ認定、連続討伐、遺跡特化――噂は、もう十分に回っている。


 だが、今回の報告室にいたのは、いつもの職員だけではなかった。

 壁際に立つ数名――上位ランクの監督官。

 視線は鋭いが、敵意はない。ただ、値踏みするように静かだ。


 ロゼッタは、包み隠さず話した。

 遺跡構造の変化、知能を持つ配置、観測されているという感覚、

 そして撤退を選んだ理由。

 言葉を選ばず、感情を混ぜず、事実だけを積み上げる。


 報告が終わると、室内は一拍、静まり返った。


「……いい判断だ」

 最初に口を開いたのは、年配の監督官だった。

「Dランク帯で、あそこまで“引く理由”を説明できるチームは多くない」


 別の監督官が、資料をめくりながら続ける。

「特に評価したいのは、空間を敵として認識した点だ。

 あれに気づけないチームは、必ず死ぬ」


 セリカが、思わず肩の力を抜いた。


「ただし」

 低い声が、空気を締める。

「次に会ったとき、同じ手は通じない」


 ロゼッタは頷いた。

「分かっています。だから、次は――倒すための準備をします」


 その一言に、監督官の一人が、ほんの僅かに口元を緩めた。


 部屋を出たあと、四人は廊下の端で立ち止まった。

 誰からともなく、深い息を吐く。


「……ねえ」

 リンが、少し照れたように言う。

「今の、結構“ハンターっぽくなかった?”」


「なってたな」

 セリカが笑う。

「昔なら、突っ込んでた」


 ミレイアは、天井を見上げる。

「準備して、逃げ道を作って、それでも足りないなら――次を考える。

 これが、私たちのやり方なんだね」


 ロゼッタは、仲間を見回した。

 四人。

 まだ少ない。

 安全マージンは、ぎりぎりだ。


 それでも――


「次は、罠を増やす。情報を増やす。使い捨ても、もっと用意する」

 静かだが、確信のある声で言う。

「正面から勝つ必要はない。

 生き残ったほうが、最後に勝つ」


 遺跡の奥で待つ“観測者”は、きっとそれを望んでいない。

 だが、だからこそ――


 ロゼッタたちは、もう一度、準備を始める。

 狩られる側から、狩る側へ戻るために。

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