第4章ー⑪ 狩る側と狩られる側
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
遺跡の奥へ進むにつれて、空気は確実に変わっていった。
湿った金属臭と埃の匂いは同じなのに、音が違う。
反響が鈍く、足音が吸われるように消えていくのは、
壁面や床が意図的に加工され、音を散らす構造になっている証拠だった。
「……おかしいな」
リンが、銃口を下げないまま小さく呟く。
通路は広がっているはずなのに、視界が開けない。
瓦礫の配置が自然崩落ではなく、射線と死角を作るように並べられている。
ミレイアが一度立ち止まり、罠を仕掛けようとして、指を止めた。
「……罠が、仕掛けられない」
「え?」
「床が不自然に均されてる。
最近、誰かが“通ってる”」
ロゼッタは、その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
モンスターの縄張りは荒れる。削れ、壊れ、無秩序になる。
だが、ここは違う。使われている。
そのときだった。
――カチリ。
小さく、乾いた音。
同時に、背後で設置していた警報罠が鳴らない。
「……鳴らなかった?」
セリカが低く言った、その直後。
ドンッ!!
天井が落ちた。
正確には、落とされた。支柱の一本が外され、計算された角度で瓦礫が崩れ、
通路の後方を完全に塞ぐ。
「退路、潰された!」
リンが即座に叫ぶ。
だがロゼッタは、叫ばなかった。代わりに、ゆっくりと息を吸う。
(……誘導された)
前方、左右、そして天井。
すべてが“この場所で戦わせる”ために用意されている。
瓦礫の影が動いた。
ギィ……ガ……
音は一体分。
だが、動きは二方向から。
まず現れたのは、通常の機械獣より一回り小さい個体。
装甲は薄いが、関節の可動域が異様に広い。
囮だ、とロゼッタは即座に理解する。
「来るぞ、速い!」
リンが撃つ。
バンッ!
だが、弾は肩装甲をかすめただけで、
個体は蛇のように身を捻り、瓦礫の影へと滑り込む。
次の瞬間。
ズンッ!!
背後の高所から、もう一体。
大型、重装、だが落下位置が正確すぎる。
セリカが盾を構える前に、ロゼッタが叫ぶ。
「セリカ、正面じゃない! 狙いは分断だ!」
大型個体は攻撃しない。
ただ、立ちはだかる。
道を塞ぎ、圧をかけ、動きを制限する。
その隙を縫うように、小型個体がリンとミレイアの側へ回り込む。
「ちっ……!」
ミレイアが罠を投げるが、
避けた。
罠を“見てから”跳んだ。
ロゼッタの頭の中に、オラクルの声が低く響く。
《敵行動:連携確認。役割分担あり。知能指数、通常個体を大きく上回る》
(……個体じゃない)
(群れだ)
しかも、指揮している何かがいる。
「ロゼッタ!」
リンの声。
小型個体が、あえて銃口の前に出て、撃たせ、
その反動と視界の一瞬を狙って距離を詰めてくる。
ロゼッタは迷わない。
両手武器を完全に片手へ持ち替え、間合いに踏み込む。
ガンッ!
打撃は浅い。
だが、それでいい。狙いは破壊じゃない。
止めること。
小型個体が動きを止めた瞬間、ミレイアのワイヤーが絡みつき、
セリカが一歩で距離を詰め、盾ごと叩き潰す。
ドンッ!!
一体、沈黙。
だが、安堵する暇はない。
大型個体が、ゆっくりと一歩下がった。
――撤く?
いや、違う。
天井の奥、さらに高い位置で、何かが動いた。
重い。
今までのどれよりも。
瓦礫が、まるで幕が上がるように左右へ崩れ、
そこに現れたのは、明らかにこの遺跡を“理解している”としか思えない姿だった。
複数のセンサー。
補助アーム。
そして、仲間の配置を見下ろす位置取り。
ロゼッタは、はっきりと悟る。
「……こいつ」
喉が鳴る。
「指揮官型だ」
準備はしてきた。
連携も、罠も、安全確保も。
だが――
相手がそれを読んでくるなら、話は別だ。
遺跡の奥で、静かに、しかし確実に。
戦いの“段階”が、一段引き上げられた。
指揮官型と呼ぶしかないその存在は、
こちらを見下ろしながら一切動かなかった。
攻撃も、威嚇もない。
ただ、沈黙したまま“配置”を確認しているのが、痛いほど伝わってくる。
ロゼッタは一歩も動かず、呼吸だけを整えた。
闘技場の記憶が、嫌なほど鮮明に蘇る。
観客席のざわめき、血の匂い、勝敗を決める合図。
だが――ここは違う。
これは見世物じゃない。生き延びるための戦いだ。
(……来る)
その予感は、外れなかった。
指揮官型のセンサーが淡く明滅した次の瞬間、
大型個体が、初めて“攻撃”の意思を見せる。
ズガンッ!!
床を叩き割る一撃。
力任せではない。逃げ場を潰し、位置を固定するための打撃だ。
「散開!」
ロゼッタの声に、三人は反射で動く。
だが、その動きすら読まれていたかのように、天井から小型の残存機が降りてくる。
ギリギリギリ……
数は二。
だが配置がいやらしい。互いの死角を補う位置で、同時に動く。
リンの銃声が遺跡に反響する。
バンッ、バンッ!
だが、弾道は完全に予測され、装甲の角度を変えられて弾かれる。
「くそっ、撃ち落とせない!」
ミレイアが罠を投げる。
カシャッ
しかし起動する前に、小型機が“避ける”。
避ける、ではない。
罠の範囲を理解している。
ロゼッタは歯を食いしばる。
これまでの敵は、対応できても“学習”まではしなかった。
だがこいつらは違う。
こちらの手数を見て、最適解を選んでくる。
《注意》
オラクルの声が、静かに、だが確実に響く。
《敵指揮官型、戦力消耗を目的とした段階的圧迫を開始。
短期決戦を避け、持久戦へ誘導》
(……最悪だ)
装備も体力も、こちらが不利になる戦い方。
安全マージンを削り切るまで、引かせないつもりだ。
大型個体が一歩、また一歩と前に出る。
その背後から、小型が左右に展開し、射線と逃げ道を塞ぐ。
セリカが盾を構え、歯を食いしばる。
「……ロゼッタ、こいつ、硬すぎる」
「わかってる」
ロゼッタは一瞬だけ、周囲を見渡す。
瓦礫、天井、支柱、崩れかけの通路。
――使える。
だが、使うには“時間”が要る。
「ミレイア、罠を“当てる”な」
「……え?」
「動かすために使って」
ミレイアは一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに理解する。
罠は殺すためじゃない。
動かすため。
次の瞬間、罠が起動する。
爆発はしない。ただ、音と振動だけ。
ガンッ!!
大型個体が、反射的に一歩ずれる。
その“ずれ”を待っていた。
「リン、今!」
バンッ!!
装甲の継ぎ目。
完全ではないが、確実に“効く”一撃。
だが――
指揮官型が、初めて動いた。
ギィ……ッ
低く、重い駆動音。
天井の支柱に取り付けられたアームが展開され、瓦礫が“落とされる”。
偶然じゃない。
ロゼッタの位置へ、正確に。
ズドンッ!!
衝撃と共に、視界が白くなる。
ロゼッタは咄嗟に転がり、瓦礫をかわすが、衝撃で呼吸が詰まる。
「ロゼッタ!」
セリカの声が遠い。
(……まだだ)
闘技場の声が、頭の奥で囁く。
――殺せ。
――躊躇うな。
だが、ロゼッタは違う答えを選ぶ。
(私は、ハンターだ)
倒すか、退くか。
その判断をするのは、自分じゃない。
生き延びて、持ち帰ることが仕事だ。
ロゼッタは立ち上がり、叫ぶ。
「全員、下がる準備!
こいつは――」
言葉を続ける前に、
指揮官型のセンサーが、再び光った。
そして、遺跡のさらに奥から、
別の反応が立ち上がる。
数は、まだ不明。
だが、確実に言えることが一つあった。
――これは、まだ“本体”じゃない。
遺跡は、静かに、しかし容赦なく、
彼女たちを試し始めていた。
続く
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