第4章ー⑦ 綱渡りの勝利
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
鉱山跡の坑道に、低く唸るエンジン音が満ちていった。
回収班の車列が止まり、
先頭から降り立ったグレンの視線が、自然と一点に吸い寄せられる。
倒れ伏す巨体。
四脚型重装機械獣。
坑道の半分を塞ぐほどの質量が、完全に沈黙している。
「……」
グレンは言葉を発さず、歩み寄った。
装甲表面に残る削れた痕。
剥がれ落ちた外装。
内部から外へ向かって破裂したフレーム。
――内側を叩き潰された痕跡。
しゃがみ込み、指で焦げ跡をなぞる。
「罠で足を止めて……
吸着爆弾で装甲を浮かせ、
ロケットで穴を開けて……」
視線が、ゆっくりと天井へ向く。
鋼梁に残る、ワイヤーフックの噛み跡。
そして、その真下――
「……落下攻撃」
短く、息を吐いた。
「正解だ」
心の中で、そう認める。
Dランクの装備で正面から殴り合えば、
まず勝ち目はない。
だが彼らは、
勝つために正面に立たなかった。
倒すために必要な要素を分解し、
順序立てて積み上げ、
一点に全てを叩き込んでいる。
「……よく考えた」
率直な評価だった。
だが、同時に――
グレンの胸に、冷たい感覚が広がる。
頭の中で、戦闘を最初から再生する。
罠が決まらなかったら。
爆弾が装甲に弾かれていたら。
ロケットが内部まで届かなかったら。
そして――
あの一撃で、倒しきれなかったら。
グレンの視線が、グラトニクスの破壊点に戻る。
「……」
もし、内部中枢が残っていたら。
もし、活動限界に追い込めなかったら。
落下攻撃の後、
彼らに残されていた余力は、ほとんどない。
武器は消耗し、
罠は使い切り、
体力も、集中力も限界。
「……詰みだ」
そうなった瞬間、
逆に狩られるのは、こいつらだ。
グレンは立ち上がり、周囲を見渡す。
壊れた罠。
砕けた使い捨て武器。
削られた地形。
そして、
壁に背を預け、荒い息を整えるロゼッタたち。
全員、生きている。
それだけで、奇跡に近い。
「勝ったのは事実だ」
心の中で、静かに認める。
「だが……」
勝ち方が、綱渡りすぎる。
一人でも判断を誤れば終わり。
一つでも想定外が起きれば終わり。
安全マージンは、ほぼゼロ。
これは、
「実力で押し切った勝利」ではない。
正解を外さなかったから生き残れた戦闘だ。
グレンは、倒れたグラトニクスをもう一度見下ろした。
だが、その目は笑っていない。
回収班に指示を出しながら、心の中で思う。
――こいつらは、もう「無茶」を覚え始めている。
今はいい。
だが、この先、
同じやり方を繰り返せば――
「いつか、取り返しがつかなくなる」
表情はいつも通り。
声も、平静。
だが内心では、はっきりと理解していた。
――勝ったのは事実だ。それも、見事にな。
――そして同時に、一番危険な段階に入った。
勝ててしまうことが、何よりの罠だ。
(このままでは遠からずこいつらは ”死ぬ” )
生き残るためのやり方を、叩き込む必要がある。
回収班の作業音が坑道の奥へと遠ざかり、
金属が擦れる音も、重機の低い唸りも次第に薄れていく中で、
瓦礫と機械油の匂いだけが残ったその場所で、
グレンはふと立ち止まり、背中越しに低い声でロゼッタたちを呼び止めた。
「……少し、時間をもらうぞ」
命令でも確認でもない、
だが逆らうという選択肢が最初から存在しない声音に、
四人は自然と足を止め、崩れかけていた姿勢を無意識に正した。
グレンは振り返らないまま、
足元に横たわるグラトニクスの巨大な残骸――
装甲が裂け、内部構造が露出し、無数の破壊痕が刻まれたその死骸を、
じっと見下ろしている。
「まずだ」
低く、落ち着いた声が坑道に響く。
「全員、生きて戻った。
それはハンターとして、文句なく評価する」
その言葉に、
張り詰めていた空気が一瞬だけ緩み、
セリカが小さく息を吐き、ミレイアの肩がわずかに下がるのがわかった。
だが、グレンはそこで終わらせない。
「……だがな」
たったそれだけの言葉で、
空気は再び、刃物のように研ぎ澄まされる。
グレンはゆっくりと振り返り、
一人ひとりの顔を、逃がさないように順番に見据えた。
リンの目の奥の緊張。
ミレイアの思考がまだ戦場に残っている気配。
セリカの、強がりの下に隠れた不安。
そして――ロゼッタ。
「今回の勝ち方だが」
グレンは、責めるでも誇るでもない口調で続ける。
「次も、同じようにできると思うな」
即座に返ってくる言葉は、誰からもなかった。
グレンはその沈黙を咎めない。
むしろ、それを待っていたかのように、静かに言葉を重ねる。
「罠が一つ、ほんの少しずれていたらどうなった?」
誰も答えない。
「吸着爆弾が、装甲を剥がしきれなかったら?」
沈黙が、さらに重くなる。
「最後の一撃で、
――倒しきれなかったら?」
その問いは、
単なる仮定ではなく、
“確実に起こり得た未来”として、全員の胸に突き刺さった。
グレンの視線が、ロゼッタに留まる。
「その瞬間、
次の手は用意してあったか?」
ロゼッタは、言葉を探そうとして、やめた。
頭の中に浮かんだのは、
武器を振り切った直後の感覚、
呼吸が追いつかず、全身が限界を訴えていたあの一瞬。
――なかった。
グレンは、答えを聞かなくても理解したように、
わずかに目を細めた。
「だろうな」
その声には、落胆も失望もなかった。
ただ、長く生き残ってきた者だけが持つ、冷静な実感があった。
「いいか」
「お前たちは “倒すために考えた” 」
「それは、間違いじゃない」
そう前置きした上で、
グレンははっきりと言い切る。
「だがハンターはな、何度も言ったが
勝つことより先に、生きて帰ることを考える仕事だ」
坑道の空気が、ずしりと重くなる。
「撃破だけが成功じゃない。
撤退しても、情報を持ち帰れば仕事は成立する」
「今回はな」
グレンは再び、グラトニクスの残骸に視線を戻す。
「全部が、奇跡みたいに噛み合った」
「全員が役割を果たし、
誰もミスせず、
想定どおりに事が運んだ」
そして、ほんの一瞬だけ口角を上げた。
「……運も良かった」
その一言が、
今までのどんな言葉よりも、ロゼッタの胸に深く沈み込む。
「だがな」
「次も同じ運がある保証は、どこにもない」
グレンは、最後にこう締めくくった。
「今回の戦術は、
“正解”ではある」
「だが、
“安全”じゃない」
「誰か一人でも判断を誤っていたら、
全滅していてもおかしくなかった」
少しだけ間を置き、
噛みしめるように言う。
「覚えておけ」
「Dランクから先は、
“正しい判断”と
“生き残る判断”が、
食い違う場面が増えていく」
そして背を向けた。
「迷ったら、
生き残る方を選べ」
「それができるやつだけが、
次に進める」
グレンはそれ以上、何も言わず、
回収班の方へと歩き去っていった。
残された四人は、しばらく誰一人として口を開けなかった。
ロゼッタは、無意識のうちに拳を握りしめ、
胸の奥で、剣闘士時代の声が静かに軋むのを感じながら、
はっきりと理解していた。
(……勝てたから、正しかったわけじゃない)
その事実が、
これまでの勝利よりも重い“経験”として、
確かに刻み込まれたのだ。
続く
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