5 道化と大誘拐 その1
まずいな、本格的にまずい。
食ってるサンドイッチの話じゃない。もちろん俺のカネ、もとい呪いと寿命の話だ。
あれから生活のために日銭を稼いでもあれこれと入用ですぐに使ってしまう。肝心の金貨は未だ換金できず、ただいたずらにその枚数を減らすのみだった。
どうにかしてカネを稼ぐ方法はないものか。こっちにはサフィーアの魔法という奥の手があるというのに、かかるコストの高さや何より俺に使う頭が無いせいで全く活かせていない。
「あ! 見てくださいドルフ様、道化師がいますよ!」
そのサフィーアは街の片隅で披露されている芸に目を輝かせている。派手な格好の若い女がナイフでお手玉したりしているやつだ。
「思い出します。王宮にも道化師がいて、よく芸を見せてもらったものです」
「路上でやってるのは道化師じゃなくて旅芸人じゃないかな」
うーん、芸人か。魔法があれば他では見られない芸で大儲けできるかも……。
いやいや、絶対に魔法のコストの方が高くつきそうだし、そもそも魔法が大っぴらに知られたらろくな事にならなそうだ。これはダメだな。
「おい貴様、何をしている!」
うわびっくりした。考え事をしていたら後ろから男の怒鳴り声が響いた。
俺に向けたものじゃない、振り返ると警官らしき男がさっきの旅芸人に絡んでいる。
「ど、ドルフ様! あの道化師が連れて行かれてしまいそうですよ!」
「だから旅芸人だってば」
様子を伺うに、旅芸人の方に違法性は感じられない。
最近はどこも治安が悪い、ギャングと大差ない不良警官が因縁をつけて強請りを働くなんて話もよく聞く。これもそのひとつなんだろう、エメリア連邦がでかくなり過ぎた弊害だ。
まったく上層部は何をやってるんだか。
「……ま、ちょっと面白い芸だったしな」
大道芸は見ていたいが不良警官なんて見たくもない。だが相手は公権力、いきなりぶっ飛ばすってワケにもいかない。こういう時には良い手がある。
「まあまあ、落ち着いてください旦那」
俺はあくまでにこやかに警官へと近付いた。
「なんだ貴様は」
「私、その芸人の連れでして。どうでしょう旦那、人目も多い事ですし、ここはひとつ迷惑料という事で……」
「……む」
こういう時もカネの力は偉大だ。さりげなくいくらかのカネを握らせると警官は急に態度を軟化させた。
「オホン。今回は見逃してやろう」
「はい、感謝いたします」
警官は去り、何事も無く事態は収まった。
……じゃねえよ。ああくそ、またカネ使っちゃったじゃないか! カッコつけちゃって何やってんだ俺は。
「あの~」
旅芸人の女が話しかけてきた。
ぐう……我ながらちょっと情けない。髪色が金とピンクで半分ずつなのは人目を引くためかな、それだけに格好も派手かつセクシーな美女なのがつい財布の紐を緩める要因なんだ。節約しなきゃならないのに。
「助けてくれた感じぃ? アタシはプリルマ、見ての通り旅の道化師じゃよ~。ホッホホ」
道化師だった。道化師らしくおどけているなあ。
「ほらドルフ様、道化師じゃないですか!」
「ほんとだねー」
サフィーアが得意顔で指摘してくる。どっちでもいいんだけどな。
それよりまたカネを減らしちゃって、これはもう急ぎ手を打つしかないぞ。
「先を急ぐんでお礼は結構、それじゃ!」
「あ、ちょっと」
「ほら行くぞサフィーア」
自称道化師のプリルマは何か話したそうな様子だったが、あいにく俺は先を急ぐ身なのでね。一緒にいてまた愚かなヘマでもしたら恥ずかしいしな。
俺はサフィーアの手を引き、逃げるようにそこから立ち去った。
「ドルフ様、そんなに急いでどちらへ行かれるのですか」
「この近くに友人の家がある、ちょっとそこに掛け合ってみようと思ってな」
「ご友人、ですか」
そう、俺にとって数少ない、いや唯一の親友だ。俺と違って忙しいやつだけど、今ならこっちに帰っているっぽい話を聞いた。この機会を逃したくはない。
おっと、家を訪ねる前に決めておかなきゃならない事があった。
「サフィーア、ちょっといいか?」
「なんでしょうか」
「俺としてはジェバードの事とか魔法の事とかは伏せておきたいんだ。どう考えても余計な騒動を招きかねないからな。お前の事はそうだな……知り合いの娘を預かってるという事にするか」
「は、はい! 知り合いの娘、ですね。わかりましたドルフ様!」
「その様付けもやめてくれないかな」
「しかしドルフ様はドルフ様です!」
「前から気にはなってたんだよ。せめてさん付けで呼んでくれ、じゃないと俺もサフィーア様って呼ぶぞ」
だが、サフィーアは何がおかしいのかわからない様子でキョトンとしている。
あ、そうか。こいつ王女様だから様付けくらい当たり前に言われてたのか。
「うふふ、ドルフ様に言われるのはちょっとだけくすぐったいです」
「いや……様付けのくだりはやっぱいい。いいとこの出身なら相手を様付けくらいするだろうし」
「はい、ドルフ様!」
「そんなに嬉しそうに言うなよ。その代わり、他の事はしっかり隠しといてくれよ」
「それでは灼星の杖もしまっておきますね」
いつかの秘宝みたいに杖がサフィーアの腹の中へ吸い込まれていった。対象物は限られるが携帯可能な倉庫みたいなものか? 便利だね。
さて、そうこうしているうちに目的地に到着だ。余計な事もしてちょっと時間かかったけど問題ないだろう。
「はー……」
門の前でサフィーアが驚いている。
「どうかしたか?」
「いえ、りっぱなお屋敷だなあと。ドルフ様のご友人とのことでしたので驚いてしまいました」
「そりゃどういう意味だ」
いやそりゃわかるけどさ。わかるけどわかりたくないなあ。
「そうだ、お金持ちのご友人に会われるのなら服装を豪華に――」
「しなくていい! 本当にいいから!」
とにかく、俺たちはその立派なお屋敷を訪ねてきたわけだ。これでも別荘らしいぞ?
使用人に取り次いでもらい屋敷の中へとお邪魔する。ようやく、目的の人物とのご対面となった。
「ドルフ! 久しぶりだな!」
部屋に入るなり肩を叩いてきたこの男こそ、俺の同期で親友、ルイスだ。
「ドルフ様、こちらの殿方は……?」
「こいつはルイス=ハーティナンド。名門ハーティナンド家の跡取りにしてエメリア連邦軍大佐殿だ。俺の同期だが顔と性格の良い金持ちという大罪人さ」
俺の皮肉交じりな紹介にルイスは苦笑いした。
「おいおい、大罪人はないだろう」
「それは失礼しました、大佐殿」
「ここはプライベートな空間だぞ、大佐殿もやめてくれ。さもないと私もお前をゴルドマン中尉と呼ばなくてはならなくなる」
「ははっ、悪かったよルイス。軍を逃げ出した男の事を中尉なんて呼ばせるわけにはいかないからな」
「……まったく、変わらないなお前は。ところでこちらのお嬢さんは?」
「ああ、この子はサフィーア。ちょっと知り合いの娘を預かっていてな、家が遠いから送っていく旅の途中さ」
紹介を受けサフィーアが一礼する。
「はじめまして、サフィーアと申します」
「初めまして、サフィーア。礼儀正しい良い子だね、ドルフの影響を受けなければいいが」
そりゃどういう意味だ。
サフィーアも笑ってんじゃないよ、お前ら気が合いそうだな。
さて、そろそろ本題に……。
「ドルフおじさま!」
おっと、今度は小さいのに見つかってしまったぞ。
この子はモニカ、ルイスの一人娘だ。ハーティナンド家のご令嬢だな。
「やあモニカ嬢、大きくなったな。いくつになった?」
「6さいになりましたの、もうりっぱなレディですのよ」
モニカは俺にやたら懐いてくれている。父親が生真面目だからな、俺みたいなタイプが珍しいのかもしれない。
「モニカ嬢、悪いがお父上と話があるんだ、あっちで遊んでてくれないか」
「ええー! モニカもおはなししたいです!」
頑固な所はルイスに似ている。
「モニカ、向こうで遊んでいなさい」
「あ、それでしたらわたくしと一緒に遊びませんか?」
ルイスとサフィーア、二人分の助け舟でようやく離れてくれた。特にサフィーアには助けられるな。モニカは気のせいか不満そうだったけど。
「モニカ嬢、元気に育ってるな」
「時々元気すぎて困る事があるよ。母親がいないぶん、私も気を付けているんだがね」
「心配するな、あの子も分かっているさ」
「そう言ってくれると助かる。……やっぱり家族がいるというのは素晴らしい事だ、お前もいいかげん考えてみたらどうだ?」
どうかな、人には向き不向きがあるもんだ。
「よせよ、俺には縁のない話だ。それより今日はお前に聞きたい事があって来たんだ」
やれやれ、やっと本題に入れるな。
俺はポケットから金貨を一枚取り出しルイスに投げてよこした。もちろん、こいつは問題のジェバード金貨だ。
「これは?」
「面白いだろ、おとぎ話だって言われてるジェバード王国の金貨だぞ。旅の途中で偶然手に入れたんだが、モノがモノだけに豪華なオモチャ扱いされてな。なるべく高値で売りたいってワケで、価値を証明できるようなこういうのに詳しい学者先生でも知らないか?」
「ジェバード金貨……、どこでこれを?」
おや、どうも様子がおかしいな。ジェバードの名を出したあたりから、金貨をまじまじと眺めるルイスの表情がわずかだが険しくなった。
「さあ、あちこち回ったからな。どこかの闇市だったかもしれん」
「ドルフ、金貨はこれ一枚か? この事を誰か他に話したか?」
「ああ、その一枚だし、話すのはお前が初めてだ」
本当は違うが……ちょっと様子を見た方が良さそうだからな。今はそういう事にしておいてくれ。
「そうか……。ドルフ、私の所に持ってきたのは正解だったぞ」
「どういう事だ?」
「詳しくは話せない、私自身もそれほど知っているわけではないからな。ただ、連邦にとってジェバード王国は存在してはならないもの、あくまでおとぎ話でなければならない、という事だ」
ルイスの口ぶりは冗談という感じではなかった。存在してはならない、だって?
おいおい、急にヤバそうな話になったな。偶然だがサフィーアの事を黙っておいて正解だったかもしれん。後でしっかり伝えておかないとな。
「この金貨は私が買い取ろう。金の相場の二倍、いや三倍でどうだ」
「そりゃあ買ってくれるなら有難いが、いいのか?」
「その代わり、この事は忘れるんだ。これは友としての忠告だ」
「ああ、わかったよ」
むむ……、ルイスの言う事だから無下にはできないんだけど……。悪い、俺この件に関しては命がかかってるんだ、ここで手を引くわけにはいかない。
ダチに嘘ついた事がないわけじゃないが、今回はちょっと心苦しいな。
「ところでドルフ、私の方からも話があるんだが」
ちょっと複雑な心境に悩んでいると、今度はルイスが話を切り出してきた。
「ん、何だ?」
「お前、軍に戻る気は無いか?」
「冗談だろ。ユーモアにしてはちょいとスパイスが効きすぎてるぞ」
「あいにく、お前と違って私は冗談が苦手でね」
微笑みこそしているものの、ルイスの目は真剣そのものだった。
「最近になって一部で不穏な動きがあると報告されている。噂レベルのものだったがここに来て急に活発になってきているようだ」
「不穏な動きって、どこの連中だよ」
「……まだ掴めていない。連邦も決して清らかな歴史を紡いできたわけではないからな、敵は多い。私もしばらくは家に帰れなくなるだろうから、今のうちに娘と過ごしておきたくてね」
「そこに俺が訪ねてきたってワケか。間が良いんだか悪いんだか」
「お前も連邦自体を見捨てたわけではないだろう? 優秀な士官はいくらいても足りないくらいだ」
「自分としては一兵士の方が向いてると思うんだがね。だいたいそんな事を俺に話していいのか?」
「いや……独り言さ。すまないな、変な話を聞かせてしまって。ところで今日の宿は決まっているのか?」
「いや、まだだ」
「だったら泊っていくといい、モニカも喜ぶ。どうせろくな食事してないんだろ」
言い返そうと思ったが事実その通りなのでやめた。ここは腹の虫に従って世話になるとしようか。




