4 米と秘宝と逃げの王 その2
バイト初日。
初めは困惑していた様子のサフィーアだったが、いざやってみるとノリノリだ。
「いらっしゃいませ~!」
おそらくこういう体験が新鮮なのだろう。千年も眠っていた古代の王女様にしては言葉も含めて馴染み過ぎな気もするけど、そのへんはスピネラスが上手くやってくれているとか言っていたな。俺にとっては得体の知れない存在だが、さすがは神という事か。
店の方もガンコ親父の店に看板娘が現れて客足が増えている。どっちにもいい影響が出てるんじゃないか?
「オラッ! 手ぇ休めてんじゃねえ!」
「ハイッ!」
俺はといえば厨房の奥でひたすら雑用だ。初日から料理なんてできるわけ無いし、ゴツい男が表に立ってたらせっかく増えた客が逃げるもんな。ま、適材適所って事で。
……なんて、余裕こいてたけどめちゃめちゃ大変だった。
特に昼飯時の客の入りったら半端じゃなかった。これ普段はオヤジさん一人で捌いてんのか? 俺も鍛えられている方だがもうヘトヘトだ。
「いやー、大変でしたね」
ようやくありつけた休憩時間、ぐったり座っているところに同じく休憩に入ったサフィーアがやってきた。
「余裕そうだな……」
「そうですか? ドルフ様は思ったより体力がないのですね」
体力には自信があるんだけど慣れない仕事が多くてな。君は見た目よりタフだね。
「それで、何かわかりましたか?」
……あ、忙しくて忘れてた。そういえば秘宝を手に入れるための情報収集のためにやってるんだっけ。
「いや、まだだな。すぐにはいかないものさ」
忘れてた事を気付かれないようにちょっと格好つけて言った。
するとサフィーアがニッと口角を上げた。何か自信がありそうな様子だ。
「わたくしの方はお客さんたちから面白いお話を聞けましたよ」
「ほう、どんな話だ?」
「このお店を伝説の食い逃げ王が狙っているという話です!」
「……はい?」
給仕をしていたサフィーアはお客さんたちにこの店の事を色々聞いて回っていたそうだ。
それで常連客が言うには、この店は店員もろくにいないのに食い逃げの難しい店としてその道では有名なのだとか。
「数多の挑戦者を破ってきたという話を聞きつけ、ついにトップが現れるわけですね!」
「本当に食い逃げが多いんだなここ、もっと健全な事でやれよな」
「ですねえ。物事の良し悪しはともかくこの人の多さ、もしかしたら秘宝には封印された状態でも人を引き付ける力があるのかもしれませんね」
あり得る話だな。古来より財宝は人心を狂わせるというし、それほど凄い宝ならつい引き寄せられてもおかしくはないだろう。
それより今は食い逃げ王だな。アホみたいな話だが、この状況を利用できないだろうか?
「食い逃げ王を捕まえれば、もしかしたら水差しくらい譲ってもらえるかもな。よし、客には注意しておくか」
とりあえずの方針は決まった。
そろそろ休憩も終わりだ、店に戻らないとな。
「戻りまし――」
店に戻るなり、俺は異様な雰囲気を察した。というか、異様な客がいる。
帽子を深く被り顔がよく見えない体格の良い男。出入り口に一番近い席に浅く腰掛け、周囲を伺うような動きを見せながら大量の飯を食っている。
……怪しい。食い逃げ王の話を聞いた後だからというのもあるが、背中に大きく「逃王」と書いてある挙動不審な客はあまりに怪しすぎる。
いや、そんな事で人を疑うのは良くない。ただの服のセンスが独特な落ち着きのない人かもしれないじゃないか。
そんな事を考えていると、その男がスッと立ち上がった。
「オヤジ、美味かったぜ! これから俺は食い逃げをする、この食い逃げ王を捕まえる事ができるかな!」
な……何ぃ⁉ 堂々と宣言しただと⁉
しかしその行為は自信の表れなのだろう、次の瞬間には男の姿はすでに店外へと飛び出していた。
なんという速さ! あんな俊足、軍でもそうそう見られるもんじゃないぞ。
おっと、驚いている場合じゃない。俺は食い逃げ王を捕えるべく後を追った。
「てやんでい! ワシを甘く見るなってんだ!」
背後からオヤジさんの怒号が響いてきた。
振り返ると例の水差しを美しいフォームで振りかぶっているのが見える。
「食らえぃ!」
大きく振りかぶって投げられた水差しは高速で回転しながらカーブを描き、そして――
「ぎゃっ!」
見事背中に直撃した。……ただし、俺の背中に。
い、痛ってえ~。
「ガハハハ! 恐れるに足らず! 貴様も我が輝かしい記録の一部にしてやろう!」
水差しは外れ、追跡していた俺もダウンした。もはや食い逃げ王を阻むものは何も無い。
……いや、まだだ。路上に突っ伏して無様な姿を晒してしまったが、むしろ闘志が湧いて来たぜ。こうなりゃどこまででも追い詰めてやる!
「うおおおお!」
軍での作戦ってのは機動力が大事なんだ。あとはそこに根性を足してやれば、食い逃げ自慢してる奴なんかに負ける道理は無い!
大通りを駆け抜け、市場の人混みもなんのその。壁だって駆け上がるし屋根の上だって全力疾走。奴が運河に飛び込めば怒涛の泳ぎで追いかける。沿道のみなさん、イルカじゃなくてごつい男二人です、餌を投げないで。
それにしてもなんて逃げ方しやがるんだ、追い縋っている俺も俺だけどよ。
「フウ……フウ……、しつこいぞ貴様!」
「ハア……ハア……、そりゃこっちのセリフだ」
食い逃げ王もさすがに疲労の色を隠せないでいる。あれだけ食ってあれだけ走れば当たり前だ。
とはいえ俺だって慣れない仕事にプラスして同じだけ走ってるんだ、もうここらで勘弁してほしいぞ。
「こうなれば、実力で貴様を叩き潰すしかないようだな!」
食い逃げ王は一転、逃走を中止し戦う事を選んだようだ。
筋肉を誇示するかのようなそのポーズ、確かにいい体格をしている。お前のいちいちやかましい大声と同じくらいデカい。だからそれを違う事に生かせって言ってるんだよ。
「よせよ。食い逃げだけならまだしも、暴れたって罪が重くなるだけだぞ」
「知らんのか? 捕まらなければ罪にはならんのだ!」
言ってはみたがどうも俺の言葉は届いていないようだ、態度に変化が見られない。
……まったく、なっちゃいないぜ。
「なにが食い逃げ王だ。美味い飯をたらふく食っておいてカネも払わずに逃げようなんて、飯に対する敬意が足りないんだよ! あのチャーハンにそんなマネは許さん!」
俺と食い逃げ王の一騎打ち。互いの信念を貫くための戦いが始まった。
その瞬間――
「どっせえええええい!」
どこからか獣の咆哮にも似た雄叫びが響いた。
あ、あれはオヤジさん⁉
オヤジさんの目はまだ諦めていなかった。手にしているのはカウンターの上にあったネコの置物か? 確かにアレなら手のひらでしっかりと掴めるお手頃サイズ、水差しよりもよほど投げやすいだろう。
凄まじい雄叫びと共に放たれた剛速球、もとい置物は矢のような速さで俺のすぐそばをかすめていった。更には弧を描くどころかあり得ない角度で方向を変え、壁に当たっては跳ね返り街灯に当たっては跳ね返り――
ドガッ!
ピンボールのようにさんざん跳ね回ったあげく、あり得ない角度から食い逃げ王の顔面へと見事に命中! 凄いな、まるで神業だ。
痛烈な一撃を受け食い逃げ王は勢いそのままにぶっ倒れた。
……うーむ、このやり場のない闘志をどうしよう。どうにも微妙にスッキリしないが、まあ一件落着でいいか。面倒だし。
それから食い逃げ王を駆け付けた軍警に引き渡し、戻ってきた俺を迎えたのはオヤジさんの豪快な笑い声だった。
「ハッハッハ! 兄ちゃんなかなかやるじゃねえか、見直したぜ」
「オヤジさんこそ凄い肩だったな、何かやってたのか?」
「ま、オレも若い頃は色々やったもんさ。ほれ、食い逃げ王確保の謝礼と今日の分の給料だ」
そう言って渡されたのは封筒と、……なんとあの水差しだった。
「これは……。いいのか、オヤジさん」
「要るんだろ? いいから持って行け。食い逃げ王が捕まったからにはオレの店でバカな事をする奴は当分出ねえだろうし、もっと投げやすいモノもあるしな」
その手にはあの猫の置物が握られていた。壊れてなかったのかアレ、頑丈だな……まさかアレも秘宝だったりしてな。
だがこれで秘宝は手に入った。……もうここに用はない。
「オヤジさん、実は……」
「行けよ」
「え?」
「クビだって言ってんだ。……気にすんな、達者でな」
「オヤジさん……」
オヤジさんは全て分かってくれているようだった。
ありがとうオヤジさん、チャーハン美味かったぜ。俺は店へと引っ込むオヤジさんの背中に深々と頭を下げていた。
「なんの時間ですかコレ」
サフィーアにはいまいち理解しがたいみたいだけどな。
さてと、秘宝に関してはまだ終わりじゃない。とりあえず場所を変え、水差しをじっくりと確認する。
「力を失っていると言っていたが、これをどうすればいいんだ?」
「おまかせください!」
置かれた水差しにサフィーアがいつも持っている杖でコツンと触れた。
「灼星の杖よ、真なる姿を照らしたまえ!」
するとどうだ、ガラクタ市に転がっているような小汚い水差しがみるみるうちに透き通るような美しい姿へと変わっていくじゃないか。
……ハッ!
俺は慌てて金貨を確認した。一枚、二枚……、どうやら減っていないようだ。
「急にどうされたのですか?」
「いや、これも魔法の一種なのかなって」
「ご心配なく。これは神託の姫巫女のみが持つ事を許される神器『灼星の杖』の力によるものですから」
あ、そうなんだ。安心したよ。
「肌身離さず持ってると思ったら、それも大事なものなんだな」
「わたくしにとってはお母様の形見でもありますから……」
「……すまない」
「あ、いえ! そ、それより秘宝を確認いたしましょう!」
取り繕うようにサフィーアは水差しを手に取ると、どこからか水を汲んできた。
「さあ、飲んでみてください」
「……おおっ! 美味いな!」
差し出された水はお世辞抜きに美味かった。水ってこんなに美味いものだったのか。
「この聖なる水差しを介せば、たとえ泥水であっても清く美味しくなるのですよ」
「泥水汲んできたの?」
まあそこはちゃんとした水を汲んできたとの事だった。
ああびっくりした。と思ったとたんにまたびっくり。なぜならサフィーアが服をめくりあげてお腹を出したから。いきなりどうした⁉
なんて、驚く間もなく更にびっくり。今度は秘宝の水差しがサフィーアの腹に直接吸い込まれるように消えてしまったからだ。
「え、何?」
もう驚きすぎてこんな言葉しか出ない。
「姫巫女の体は神と繋がる窓口のようなものなのです。ジェバードの秘宝や神器の類であれば、こうしてスピネラス神の元へ送り届けたりできるん……ですよ――」
……おいおい、今度はどうした。
サフィーアったら、ぼろぼろと涙を流してうつむいてしまった。
「ど、どうした⁉ やっぱりそのお腹通すやつは痛いのか⁉」
我ながら間抜けな問いかけをしているという自覚はあった。
そんな俺にサフィーアは首を横に振る。
「いいえ……。秘宝を手に入れ、ジェバード復興の悲願が……わたくしの、生き残った者の使命がようやく果たせると思うと……つい。も、申し訳ありません」
……ああ、なんてこった。
涙をぬぐうサフィーアを見て思い知った。この子は不安だったんだ。いくら神が都合をつけてくれているとはいえ、ただ一人取り残された千年後の世界。俺なんかには知る由もない不安と孤独を感じていた事だろう。思えば寝る時も俺の布団に入ってこようとするし、もっと気遣ってやるべきだった。
「サフィーア、すまない」
「はい?」
「君の覚悟も知らず、自分の都合だけで考えていた。……正直、理解しているとは言い難いし、王になるかもまだわからないが、ジェバードの復興はできる限りやらせてもらうよ」
「……お優しいのですね」
そう言われるとちょっと恥ずかしいな。
「もったいないお言葉です。ふふ、まだ一歩目なのに、わたくしもドルフ様も気が早いですね」
「だな」
「王国、そして王家の復興、つい今から名前も考えてしまいそうです」
「ははは。……ん?」
二人して思わず笑みがこぼれた。……最後の一言の意味はよくわからなかったが。
そう、まだまだ先は長いんだ。とりあえず今回は秘宝が手に入ったし、謝礼とバイト代で使えるカネも増えたんだから良しとしようじゃないか。
……あれ、何かおかしいぞ。バイト代の封筒が妙に軽い。
「あれっ⁉ か、カネが入ってない⁉」
軽いはずだ、だって空なんだから。
でもなんでだ? オヤジさんが入れ忘れたって事は無いよな。だとすると他に考えられる可能性は……。
俺はサフィーアの顔を見た。
「もしかして、使った?」
「はい! あの水差しを投げているとの事でしたので、より投げやすい置物に必中の祝福をかけておきました!」
「オアーッ⁉」
お、横領……。いや、使ったのはカネじゃなく魔法だから違うか。
でも結果は同じ事だよ、使うにしても言ってくれってば!
……そうか、あの魔球はオヤジさんの腕だけじゃなかったワケか。ま、そりゃそうだよな。
「使えるカネは捧げものに使えないんじゃなかったのかよ」
「えっと、「連邦の通貨は面白くないけど今回は面白そうなので良い」との事です」
そうなんだ。なんだろうね、金貨が減らなくて良かったと思う反面すごく疲れた。
奇跡の代償は後払い可。




