3 米と秘宝と逃げの王 その1
半ばヤケになって出かけた冒険から帰るなり、俺は再び冒険に出る事になった。
今回は……、いや今回もだが命がけの冒険になる。それも比喩的な意味ではなく、寿命という直接的に命をかけたものとして。
おまけに神だの魔法だのおかしな事に巻き込まれ、コブ付きの冒険なのだから困ったものだ。
「待ってくださいドルフ様、これちょっと動きづらいです」
そのコブ、この時代に復活した古代王家の王女様ことサフィーアが言う。
生きていくにはカネがいる、冒険に出るにあたって無一文というわけにはいかない。前回の冒険で手に入れた古代王家の金貨はあるが、ちゃんとした価値で換金できるまではたとえ一枚でも手放したくはない。
そんな苦しい状況ではあるものの、最低限の路銀は手持ちの物をいくらか売る事でなんとかなった。特にサフィーアが魔法で出した日傘は良質な古美術品だったらしく、意外な高値で売れたのが幸運だったな。俺は傘使わないし。
で、まずはサフィーアの服を買ったわけだ。
「我慢しろ、あんなヒラヒラした布切れで街を歩くもんじゃない」
「布切れとはなんですか。あれはジェバード王国姫巫女の正装であり、神と交信するために神聖な力を持った――」
「わかったから、とにかく着ておけ」
不満そうなサフィーアをなんとかなだめる。独身なのに父親にでもなった気分だよ。
とはいえ文化の違いもあるだろうし、あまり子供扱いされるのも嫌だろうからな。聞いておきたい事もあるわけで話題を変えるとしようか。
「ところで、秘宝を探すとは言ってもどうするんだ? まさか当てもなくウロウロするとか言わないよな」
「もちろんです。大きな計画としては、世界中に散らばっている秘宝を回収しながら最終的に王都を目指すという形ですね」
「王都?」
「ジェバード王国の王都があった場所です。わたくしの封じられていた秘密墓所とは訳が違いますよ、なにせ我が王国は無数の財と世界最大の栄華を誇っていたのですから!」
じゃあなんで滅んだんだという疑問は置いといて。ジェバード王国はおとぎ話だと思われているのが世の常識、その場所は誰も知らないし調べようともしていない。学者連中が聞いたら歴史ごと椅子からひっくり返るだろうよ。
ま、俺としてはあまり興味のある話じゃない。この国を乗っ取るとか言い出さなかったのをホッとしているくらいだな。
「その王都があった場所を目指すのはわかった。でも秘宝は? どこにあるのかはもちろん、どんな物なのかさえ俺は知らないぞ」
「それも大丈夫です! 大まかな場所は神託が降りる事もありますし、なによりドルフ様には神より賜りし神器が――」
なんだ、何をじっと見つめている。その「早く出せ」と言わんばかりの視線はなんだ。
「ほらほら、ドルフ様! アレ出してください!」
「アレ……って、どれの事だよ」
「メダルですよ、王家のメダル!」
あ……、アレか。
「いや、実はな。日傘はそりゃあいい値段で売れたんだが、あのメダルもなかなかで……」
「……もしかして、売ったんですか?」
「売ったというか……その、店のオヤジがどうしても欲しがったというか……」
「……」
視線が冷たい。
しかしサフィーアは気を取り直したのか再びにこやかな表情へと戻った。手にした杖をコツンと鳴らしながら。
「そう、神から受け賜わりしこの王家のメダルがありますから!」
強引に話が続けられた。
と思ったらいつの間にかサフィーアの手にはあのメダルがあった。売り払ったはずの王家のメダルが。
「あっ! お、お前そのメダルは……まさか魔法を……⁉」
「ちなみに金貨は三枚使いました」
「オアーッ⁉」
俺は奇怪な叫びを上げながら膝から崩れ落ちた。
「ダメですよ、大事なものなのですから。スピネラス神からも売るなと言われていませんでしたか?」
「……ハイ、言われてました」
だって「いずれ役に立つ」って言われただけで具体的な事を聞かされてなかったから。その程度ならもしかしたら無くても大丈夫なんじゃないかと思ったんだよ。
くっ、これじゃ金貨を金の値段で換金した方がマシだった。
「悪かったよ。でもせめて使える方のカネから出してくれないかな」
「スピネラス神がお認めにならなかったものですから。それに多分足りないと思います」
「何が価値あるものなのか、神様の基準はよくわからんな。いざとなれば片目でもえぐって差し出せばいいのかよ」
「……え? 取り出した時点で目としては機能しないのですから無価値ですよ? せいぜい犬のオヤツくらいかと」
例えが怖いよ。
まあ今回は黙って売った俺も悪かったから罰みたいなものなのか。
それにしても容赦なく寿命を削ってくるな、スピネラスもそうだがこの子もちょっと怖くなってきた。
「話を戻しますと、このメダルは『共鳴石』とも呼ばれておりまして、近くに秘宝があると反応するのです」
「それを利用して探せって事ね……。わかったよ、肌身離さず持っておく」
「はい、お願いしますね」
「それと、俺も態度を改めるから勝手に魔法を使うのはやめてくれ。俺を王にしたいって言うのならな」
「自覚を持ってくださったのですね。それでは仰せの通り、サフィーアはドルフ様の許可なく魔法を使わないようにいたします」
「本当か? 頼むよ?」
「はい、なるべく努力いたします!」
あ、ダメそう。そこは確約して欲しかったな~。
やれやれ酷い目にあった。店にもメダル分のカネを返す手間もあったし、まだ出発して間もないというのに疲れてきちゃったよ。
そう言えばバタバタしてて忘れてたけど豆の缶詰しか食ってなかった。そりゃ疲れて当然だ、そう思うとクラクラしてきたぞ。
「なあサフィーア、ちょっと限界が近い、先にメシにしよう」
「お食事ですか。そういえばわたくしも昨日から食べていませんでした」
「決まりだな」
「ではさっそく、我が王の願いに応えたま――」
「待ったあぁ!」
あっぶな! つい今しがた約束したよね⁉
「あれ、魔法を使えという意味ではなかったのですか?」
「違う! 使って欲しい時は明確にそう言うから! 今回は普通の料理屋に行くんだよ」
「そうでしたか、それは失礼しました」
笑顔で謝るんだもんなあ。その愛嬌、オッサンとしては羨ましいスキルだよ。
というわけで、俺たちは近くにあった料理屋に立ち寄る事にした。
まだ少し早い時間だが店内はすでに活気にあふれていた。うんうん、この食い物を炒める脂の匂い、たまんないね。
「サフィーアはどんなもの食べてたんだ?」
カウンター席に座り、料理を待つ間になんとなく思った事を聞いてみた。
「そうですね……。王宮にいた頃はお肉も果物もいろいろなものがありましたけど、やっぱり一番好きなのは甘い揚げ団子でしょうか」
懐かしい味を思い出しているのか、うっとりとした表情で話すサフィーアは年相応な無邪気さを見せていた。
「ドルフ様はどのようなものを?」
「俺か? 俺はよくパスタを食べている」
「ぱすた、ですか。お好きなのですね」
「好きと言えば好きかな。小麦のうまみを感じられるし、何より塩と油だけで食えるから安くて簡単なんだ」
「……どのようなものか存じませんが、あまり偏った食べ方をしてはダメですよ?」
なんか心配されてしまった。
まあ大丈夫だろう、今から食うのはチャーハンなんだから。
そんなやり取りをしているうちに……お、来た来た。
出来立てホカホカのチャーハンのお出ましだ。小麦もいいけど米もまたうまいんだよな。
中でもこのチャーハンは素晴らしい。強火で一気に炒める事により発せられる食欲をそそる香り、卵を纏ったパラパラの米粒が織りなす口の中のハーモニー、どんな時でも期待を裏切らない鉄板メニューなのだ。
「これが『ちゃーはん』というものですか?」
最初は不思議そうな顔をしていたサフィーアも、一口食べると目を見開き驚きに満ちた表情へと変わった。やったなオヤジ、あんたのチャーハンは古代王家にも通用するぞ。
「おいしいです、ドルフ様!」
「ああ、そいつは良かった」
と、その時。
「うおっ⁉」
チャーハンを食べる俺にブルっと何かの振動が走った。
原因を探り慌ててポケットに手を突っ込むと、例の王家のメダルが揺れ動いているのに気付いた。振動の元はこいつか?
「なんだこれ、メダルがブルブル震えてるぞ」
「さっそく反応があったのですね! どうやらこの近くに秘宝があるようです!」
「そうなの? でも近くって言っても別に高級でもない庶民の料理屋だぞ、まさか使われている皿が秘宝だとでも……」
半信半疑でメダルを手にあちこち向けてみる。
なんだろう、料理の後から運ばれて来た小汚い水差しに反応しているぞ。
「これ……か? とても秘宝と呼べる見た目はしてないが」
「秘宝とは不思議な力を宿した宝物ですけど、なにせ1000年もたっていますからね。中には力を失い休眠しているものもあるのです。その場合は見た目も財宝には見えません」
「これもそうなのか?」
「あー、あはは。わたくしも長く寝ていたせいか、いろいろと記憶が欠けている所があるのですけど……多分そうですよ。だって、メダルが反応してるんですから!」
はっきりしないなあ。でもメダルが反応してるって事はやっぱそうなんだろうな。
こんな直近で見つかるとは思ってもみなかったけど手間は省けた、そうと決まればこいつを譲ってもらうよう頼むだけだ。
「なあ、オヤジさん」
「ああ⁉」
厨房の店主に声をかけた。
……いかにも頑固職人って感じだな。ちょっと怖いけどいけるか?
「この水差し、凄く良いな」
「ほう?」
お、ちょっと機嫌が良くなった気がする。
「なんだか気に入っちまって、良かったら譲って欲しいんだけど」
「ダメだ」
ダメだった。即答かよ。
「ダメなの⁉ こんな小汚い水差し、どこにでもありそうなもんだが」
「兄ちゃん、気に入ったんじゃねえのかよ。……そいつはウチの守り神なのよ」
むむ、訳ありって事か? だとすると交渉が厄介になるな。
「水差しが守り神なのか?」
「おおよ。前に食い逃げが出た時、咄嗟にそいつを投げたんだ。そしたらびっくりするようなカーブを描いて直撃してな、それ以来食い逃げが出るたびに百発百中ってワケよ。やたら頑丈で壊れないしな!」
「そんなに食い逃げが多いの?」
いつからこの国はそんなに治安が悪くなったんだ。いや、店の問題か?
しかしどうしたもんかな。
「どうされますかドルフ様、魔法を使いますか?」
「換金前に金貨が無くなったらどうする、というか俺が死ぬだろ」
要するに代わりの物とか、食い逃げが出ないようにするとかできればいいわけだ。
よし、決めた。
「オヤジさん、俺をここで働かせてくれ!」
「あ?」
困惑するオヤジさんに何度も頭を下げ、ちょっと強引だったが雇ってもらえる事になった。
こうして俺、ついでにサフィーアも。この店での二人のバイトが始まったのである。
真っ白い厨房用の服が気持ちいいな!
「あの、ドルフ様……これはいったい」
「何をするにしてもまずは状況を把握しなきゃならん、調査のためにはそこに潜り込むのが一番だ。ついでにカネも稼げるしな」
「そういうものですか」
そういうものなんだよ。さて、始めるとするか。




