2 復活の姫巫女 その2
「……ハッ⁉」
意識を取り戻した俺はどこか見覚えのある場所で寝っ転がっている事に気付く。というか、この場所は狭くてボロい格安アパート……つまり俺の自宅じゃないか。
あれ? て事は……夢? 待て待て、どこから夢だった? 金貨か、それとも占い師と出会ったあたりから全部か?
「おはようございます!」
……うん、違った。夢じゃなかったわ。だって目の前であの少女、サフィーアがにこやかに挨拶してるんだもの。
「サフィーア……? という事は、やっぱり夢じゃなかったのか。でもなんで俺は自宅に戻っているんだ? まさか君が運んだ? なぜ場所を知っているのかはともかく、結構な距離があっただろう」
だって俺も地図通りに遺跡を見つけるまで大変だったからな。体力自慢の俺でもそうなんだからサフィーアの細い体でどうにかなるとは思えない。
「わたくしではありませんよ。ここまで飛ばされて来たのはスピネラス神のご厚意です」
という事らしい。ふぅん、そりゃありがたい。
ありがたいが……俺は頭を抱えてしまった。
「はあ……、やっぱりあの金貨は露と消えたのか……」
勢いでなった冒険家、あの地図も最初は信じていたわけじゃないとはいえ、あれだけの財宝を目にしておきながら収穫無しってのはさすがにキツい。
「あの、これをどうぞお納めください」
落ち込む俺にサフィーアが小さめの袋を差し出した。
ジャラリと心地よい感覚が手に伝わる。中身は……金貨⁉
「これ、ジェバード金貨か? まだ残っていたのか⁉」
「はい! これもスピネラス神のご厚意です!」
おお……ありがとよ神様、俺はまだツキに見放されてはいなかったようだ。たまにはお祈りくらいしてあげてもいいかなって思ったよ。
俺は受け取った袋をしっかりと握りしめ部屋を飛び出した。もちろん換金するためだ、いくらなんでもこのままじゃ店で使えないからな。いざ知り合いの古美術商へ!
――そして、しばらくして。
「……ただいま」
帰ってきた俺の手には、出かけた時と変わらぬ袋と金貨がそのまま残っていた。
偽物だったわけではない。古美術商のオヤジが言うには、古代ジェバード王国はおとぎ話だというのが常識であり、そんな金貨なんて前例も証拠もなく値が付けられないそうだ。
どうしてもというのなら金の価値で引き取ると言われたが、そんなもったいない事ができるわけがない。仕方なくそのまま帰ってきたというわけである。
帰るなりグウと腹が鳴った。
くそ、財宝はあっても使える金がないとは皮肉なもんだ。
「ドルフ様、お腹が空かれていますか?」
「……まあな」
サフィーアの言う通り腹ペコだ、このところまともに食事してなかったからな。
それもこれも金欠に由来するわけであり、食事をしようにも家に残された食料は豆の缶詰がひとつだけ。サフィーアも千年以上寝てたわけだから腹を減らしているかもしれない、そんな子供の前で俺だけ食べるってのも気が引ける。
「わたくしにお任せください!」
サフィーアがそう言った。なんだろう、料理でもしてくれるのか? 気持ちは嬉しいけど材料がないんだなこれが。
しかし、予想に反してサフィーアは袋から金貨を一枚取り出すと、棺の中にいた時からずっと持っている杖を手に祈りを捧げ始めた。
「偉大なる我らが神よ、奇跡ひとつお願いしまーす!」
祈りなんだかレストランの注文なんだかわからない。
にもかかわらず、サフィーアの言葉に合わせ金貨がフワリと宙に浮いたかと思えば光となって消えた。そして……どこから出てきたのか、サフィーアの手には湯気の立ったうまそうなローストチキンが握られている。
「な……、お前それどこから出した」
「ハフハフ……、驚きました? これぞジェバード王国の秘技! 神と通じる神託の姫巫女が祈りを捧げ、価値あるものを捧げる事で様々な奇跡を起こす魔法の力なのです! ……もぐもぐ」
食べちゃってるし。まあいいけどよ。
それにしても剣から銃に移行しつつあるこの時代に魔法とはな。
まあ、おとぎ話だと思ってたジェバード王国とそこの神様だって実際に現れたんだ、ミイラから復活した王女様が魔法を使ったって今さら驚かないさ。
……いや嘘、めっちゃ驚いた。何がって魔法の存在にも驚いたけどそのコストにめちゃめちゃ驚いている。だってローストチキンひとつに古代王国の金貨一枚だぞ? 下手すりゃレストラン貸し切って食べ放題だってできそうなもんだ。
ついでに言うとチキンの欠片も残してくれなかったし。
「なあ、その魔法って金貨一枚からじゃないとダメなのか?」
「えっとですね、捧げるものはスピネラス神が価値をお認めになればどんなものでも構いません。今回は手近にあったのでこの金貨というわけですね。ただ、お釣りは出ないようになっていますからお気を付けください」
なんだよケチくさいな。
ん、待てよ。
「その奇跡の魔法とやらでカネを出せば……。いや、金貨をこの国で使える通貨に換金してくれるだけでもいいぞ」
我ながら良い思い付きだ。と思ったのにサフィーアは困り顔。
「あ……、それは難しいです。なにせ富と繁栄の神ですが強欲でもありますから、財宝を出せば同じくらいの財宝が消え、換金にも換金分に加え同じくらいの財が消えるかと」
「そうなの?」
怖っ、ヘタな事頼めないぞこりゃ。奇跡の魔法だかなんだか知らないが、使えなければ意味が無いじゃないか。
はあ、どっと疲れが出てきた。俺はチキンの残り香で缶詰の豆を適当に口へ放り込み、とりあえず風呂で汗を流す事にした。あれこれ考えるのはまた明日だ。
「ちょっと風呂入ってくる」
「それでしたらわたくしがお背中を――」
「流さなくていい! ここで待ってろ!」
しょげているサフィーアを放置しバスルームへと入る。
……思えばあいつも大変だな。千年経って目覚めてみれば生まれ故郷はすでに無く、生き残っているのは自分だけ。神様とやらがついているにしても、右も左もわからない世界に子供ひとり放り出すってわけにはいくまい。
ああ、やめだ。あれこれ考えるのは明日、今はとにかく……。
「オアーッ⁉」
また変な声で叫んでしまった。ついでに上半身裸のままバスルームから飛び出してしまった。
もちろん、正当な理由があっての事だ。
「なな、なんじゃこりゃあ!」
「まあ、広くて逞しい胸板ですね。傷もまた勲章、恥じる事はございません」
「そうじゃない、これの事!」
それは俺の胸に刻まれた鎖のようなタトゥーだった。入れた覚えのないタトゥーが、はっきりくっきりバッテンを描いている。
「どうなってんだこりゃ。これじゃあ特殊な性癖をアピールしてるみたいで公衆浴場とか入れないじゃないか」
「ドルフ様、それは『スピネラスの鎖』というものですよ」
どうやらサフィーアはこれを知っているようだ。
「て事は、やっぱりあのスピネラスの仕業か」
「はい! それは王となる試練を受ける者に刻まれる呪いの証。今回は世界に散らばるジェバード王家の秘宝を回収し、神に捧げる事が条件だと承っております」
「今呪いって言った?」
王になるための試練とかはどうでもいいが、その単語に良いイメージはないぞ。
「呪いって……、何かデメリットがあるのか?」
「大したことはありませんよ。ただ資産と寿命が連動し、資産が尽きれば寿命も尽きるというだけですから」
「なんだ、そっかー。……とか言うかよ!」
資産が寿命~⁉ 俺の持ってるものなんか、さっきの金貨を除けば多少の服と冒険用の装備くらいしかないぞ⁉
「というかお前、さっき俺の寿命でチキン食ったのかよ!」
「たいへん美味しゅうございました。ただの金貨としてではなく、王候補の寿命という付加価値があったので『価値あるもの』として強い効果を発揮したのですね」
「そんな説明されてもな」
「ちなみに、資産は寿命とセットなので時間でも勝手に減りますよ」
「オアーッ⁉」
慌てて金貨を確認する。……減ってはいないようだ、寿命というくらいだから自然に減る分はかなり緩やかなのかもしれない。
とはいえ俺にとっては一大事、しかしサフィーアは反省どころか悪いと思っている様子もない。
「大丈夫ですよ。だってジェバード王国を復興して王になれば資産なんて無限みたいなものですから!」
それどころかこんな有様だ。まったく、冗談じゃない。
「さっきから揃いも揃って王だのなんだの、俺はそんな気はこれっぽっちも無いからな」
「ええっ⁉」
今度はサフィーアが信じられないといった表情でこちらを見ている。
「な、なぜですか? スピネラス神も王になればどんな願いも叶えてやるとおっしゃっていますよ!」
「う、それは魅力的な……じゃなくて。その、嫌なんだよ。王宮なんざ陰謀と権力争いの巣窟だ、はっきり言って関わりたくない。俺がなったところで同じだろう」
「そんな……」
「俺はカネさえあればいいのさ。ひとりで自由気ままに生きて、遊んで、飽きたら勝手に死ぬ。そんな人生が望みだね」
サフィーアは何も言わず黙ったままだった。ちょっと大人げなかったか。
「えっとだな……」
何か声をかけてやろうと思ったその時、ドンドンと誰かがドアを叩いた。
「ゴルドマンさん、帰ってたんだね」
ドアの前に立っていたのは大家のババ……ご婦人だった。
しまった、色々あったんで気が回らず、つい応対に出てしまった。なにせ家賃を随分と溜め込んでいる、用件はそれ以外に考えられない。
「や、やあ大家さん、どうも」
「要件は分かっているね? 払えないんだったら明日には出て行ってもらうよ!」
単刀直入に来た。
どうする俺。手元にあるのはまだまともに換金できない金貨のみ、そしてこいつは俺の寿命の一部でもある。いっそ一枚使って何らかの奇跡を起こすか? いやいや、一枚がどれだけの価値になるかわからない、そんな無駄遣いは賢い選択ではない。
考えろ、どうする俺、どうするんだ俺!
――そして、次の日。
「素晴らしい冒険日和ですね、ドルフ様!」
快晴の空の下、足取りが羽のように軽い少女と鉛のように重い俺。
結局、俺は家を追い出された。そして仕方なく秘宝探しをやる羽目になってしまったのだ。
「ああくそ、こうなったら王にでもなんでもなってやろうじゃないか! それで人生十回繰り返しても使いきれない程の大金に埋もれてやる!」
「その意気です、我が王! サフィーアも全力でお助けしますよ!」
サフィーアはそう言うと俺に日傘を差し出して来た。
「あまり直射に当たってはお体に障ります、もはやおひとりの体ではないのですから気を付けてくださいね」
「それ妊婦さんに言うやつだろ。……っておい、その日傘どこから出した?」
慌てて袋を覗き込むと、案の定金貨が一枚減っていた。
「俺の寿命ー!」
「これも王のためです」
「勝手に魔法を使うな! せめて聞け!」
そうか……、こいつ王女様なんだった。金銭感覚を直してもらう必要がありそうだ。
俺はまだ王じゃないんだぞ、しっかり節約してくれよ。
初日どころか出発してすぐこれだ、先が思いやられる。




