1 復活の姫巫女 その1
薄汚れた石の通路から転がり落ち、また違う石の床へと倒れ込んだ。
あいたたた……全身が痛い。こういう遺跡に付き物の罠……という程でもないが、どっちみちしこたま体を打ってしまった。
念のため確認しておくか。えーと、俺の名前はドルフ=ゴルドマン、いちおう冒険家、今は遺跡でお宝探しの真っ最中。……よし、頭は正常だ。
体も痛いが骨は折れてない、装備も問題なさそうだ。頼りないピストルでも愛着はあるし、今や俺の数少ない財産だからな、壊れてなくてホッとしたよ。
それにしても驚きだ、我らがエメリア連邦領内にこんな手付かずの遺跡があったなんてな。
あの日、軍を辞めてこれからどうするか身の振り方を考えていた時の事だった。
見計らったかのようなタイミングで声をかけてきたあの占い師。もちろん怪しくはあった、だが……何とも言えないセクシーさについ話を聞いてしまったんだ。おまけにそのまま宝の地図なんてこれまた怪しいものを買わされて、我ながら愚かだとは思う。
愚かついでにそのままヤケで冒険家になっちまったわけだが……まさかあの地図が本物だったとは。
何をもって本物だと確信するか。それはおとぎ話だとばかり思っていた古代ジェバード文明の遺跡が実在していたからってだけじゃない。石と砂ばかりの迷宮をさまよった末に辿り着いた部屋、そこには目もくらむような金貨の山が俺を待っていたからだ。
たまらない光景だ、思わず生唾を飲み込んじまうくらいにはな。
カネは好きだ、大好きだ、カネなんかいくらあっても困らないもんさ。
俺は足元の一枚を拾い上げ、噛みしめるようにじっくりと眺めた。千年もの昔にあった古代王国の金貨か……、時代を感じさせない美しさにため息が出た。これだけあれば余裕で一生遊んで暮らせる額になりそうだ。
ふと、金貨の輝きにばかり気を取られていたが、部屋の中央にそうでない何かがあるのに気が付いた。
ザクザクと金貨の中を歩くという稀有な体験をしながら近付いてみる。ふむ、石でできた長細い大きな箱。これって……形状的に棺だよな。
なるほど、ここは古代文明の墓所ってわけだ。黙って金貨を拝借するのも気が引ける、信心深いってわけじゃないが、ここはひとつ中の人に挨拶でもして許可を貰うとするか。
石の蓋は重そうな見た目に反し驚くほどあっさりと開いた。
中身は想像通りだった。布にくるまれた人体のようなもの、まあミイラなんだろうな。体の上に立派な装飾の杖が乗せられているから高貴な身分の人物なのだろう。
「誰かは知らないがすまないね。俺も命がかかってるんだ、悪いが貰っていくよ」
ジェバードの方式かどうかはともかく、しばし祈りを捧げる。大丈夫、あんたの杖までは盗らないさ。
さて、挨拶もすんだ事だし蓋を戻すか。……そう思った時だった。
「ん?」
後ろの方からチャリンと金属の音がした。
なんだ、金貨でも山から崩れたか?
いや、そんなもんじゃない。音はどんどん大きく、そして多くなっていく。
ついにはまるで竜巻のように激しい風が、こんな閉ざされた空間なのに巻き起こり金貨を激しく巻き上げていった。
「おおお⁉ オアーッ⁉」
思わず変な声で叫んでしまった。
いや叫んでいる場合じゃないぞ、俺は咄嗟にその場に伏せ身を守った。金貨を巻き込んだ竜巻なんて危険な工業機械みたいなものだ、冗談じゃないぞ!
このまま金属の嵐に巻き込まれ一巻の終わりか……と覚悟したのも束の間、幸いな事に風はすぐに収まった。
あー、びっくりした。なんだったんだ今のは。
「おはようございます!」
……ん?
なんだろう、立ち上がった俺の目の前に誰か立っている。具体的には艶やかな黒髪をおさげに束ね、褐色の肌にちょっときわどい格好、それからさっき見た派手な杖を持った少女が俺に向かってにこやかに微笑んでいる。
まあ普段だったら「なんでこんな所に女の子が⁉」とか疑問に思うんだろうけど、俺にはもっと大事な事がある。
「あれ⁉ 無い! 俺の金貨は⁉」
そう、金貨が無いのだ! あれだけあったのに風が収まって目を開けたら一枚も残っていないんだ!
這いつくばって石棺の陰とか石畳の隙間とかも確認するが……やはりどこにも無い。
「あの~、大丈夫ですか?」
誰の目にも落ち込んでいる俺に謎の少女が声をかけてきた。
……おっと、さっきは挨拶をスルーして悪かったな。
「ああ……すまん、あまりにショックで放置してた」
「金貨とおっしゃっていましたけど、ここにあった金貨の事でしょうか。それでしたら、わたくしの復活のために使わせていただきました」
……何だって? 復活? 何を言っているんだ?
「君はいったい……」
「あ、申し遅れました。わたくしはサフィーア=ジェバード、ジェバード王国の第四王女にして神託の姫巫女です。今後ともよろしくお願いします、我が王!」
「あ、ああ。俺はドルフ=ゴルドマンだ。……え? 王が何だって?」
ちょっと待ってくれ、いろいろと理解が追い付かないんだがどうしたもんかな。
だがそんな俺をよそにサフィーアは目を輝かせている。
「我らが神はこう告げられました、「新たなる王が現れし時、奇跡の巫女は蘇り王国は再び黄金の時代を迎えるであろう」と。まさしくあなた様こそが新たなる王でございます!」
「いやいや、俺はただの食いっぱぐれ冒険家だぞ。王とかわけわからん」
「でも、さきほど「俺の金貨」とおっしゃっていましたよ?」
「む……、そりゃ確かに言ったが、根拠にはちょっと弱くないか」
「こうしてわたくしが復活したのが何よりの証拠です。さあドルフ様、わたくしと共にジェバード王国を復興いたしましょう!」
困る、非常に困る。明るく元気かつ強引に期待しているところ悪いけど、そんな事言われても困っちゃうよ俺。
というか金貨が消えちゃったせいで、王国の復興以前に明日のメシもわからない状態なんだがな。
「……え? あ、はい」
サフィーアはといえば何か空中に向かってお話ししている。
大丈夫か? 何と話してるんだよ、怖いぞ。
「ドルフ様」
「うわっ。な、なんだ?」
急に話しかけられたからビクっとしちゃったじゃないか。
「我らの神が直接お会いになるそうです」
「え?」
サフィーアがそう告げ、俺が間の抜けた返事をするかしないかのその瞬間だった。
明らかに周囲の状況が違う。石棺のある部屋にいたはずが、急に真夜中に放り込まれたかのように真っ暗で何も見えなくなった。
足の感覚もどこか奇妙だ。地面を踏みしめているようで踏んでいない、何とも言い難い浮遊感のようなものを覚えていた。
そして……いる。俺のすぐ近く、姿は見えないが圧倒的な存在感を放つ何かが俺を見ている。
「ほう、お前が新しい王になるのか?」
頭の中に直接響くような声、間違いなくそこにいる何かが俺に話しかけている。
こいつがサフィーアの言う「我らの神」なのか?
「いや、新しい王とか言われてもな」
「クハハッ、まあ要は誰でもいいんだ。お前はたまたま辿り着いた、それだけの事だ」
なるほど、そう言う事か。
いや、ちょっと納得しかけたけどむしろ適当で腹立つな。
「さて……、新たなる王になるかもしれない男よ。オレ様はスピネラス、かつてジェバード王国と呼ばれていた国家に繁栄をもたらした神だ。まあ気軽に尊敬してくれ」
思ったよりも気さくな喋りをする神だった。
「いい年こいて夢見がちな選ばれし男に神から三つのものをくれてやろう」
「余計なお世話だ。それにまだ俺は――」
「一つ目は王家のメダル」
気さくだが俺の話は聞いてくれないらしい。
いつの間にか俺の首に大きなメダルがぶら下がっていた。太陽と鳥のような文様が施されている、けっこう高価そうなものだ。
「これが王家のメダル?」
「そうだよ。そのうち役に立つから持っておけ。売るなよ」
ギクリ。
さすがは神、俺の心を見透かすとは。それとも顔に出ていたかな?
「二つ目はさっき会ったあの娘、神託の姫巫女だ」
神託の姫巫女。それってさっきのサフィーアとかいう女の子だよな。
いやいや待ってくれ、それはちょっと困るんだが。
「おいおい、いくら神でも人ひとりをくれてやるとか言うなよ。それにあの子、見たところ十五か十六くらいだろ。俺の半分も生きてないような子供の世話なんかゴメンだぞ」
「まあそう言うな。あいつは奇跡の巫女だ、こっちもそのうち役に立つ」
ククッという含み笑いのようなものが聞こえたぞ、楽しんでないか神様よ。
「それで三つ目だが……。ちょっと面倒になってきた、後はサフィーアからでも聞け」
「は? おいちょっと――」
大いなる気配が急激に遠ざかっていくのを感じた。なんてムラっけな神様だ。
それと同時、俺自身も深い闇の中に落ちていくような感覚と共に意識が揺らいでいき、どこにも届く事の無い叫びを上げながらついには意識を手放してしまった。




