23 湯けむり透明事変 その5
同時に、俺もグラウペルに向かい銃を構えていた。
二つの銃口が睨み合う中、俺はグラウペルに問いただす。
「……何のつもりだ」
「あるべき所に戻すのだよ。これはジェバード王国のものなのだからね」
何だと? こいつ、ジェバード王国の事を知っているのか⁉
「ジェバード王国はおとぎ話だろ?」
「カマをかけているつもりかね? 君たち神託の姫巫女の一行の事はよく知っている、その上で言っているのだよ。秘宝は我々リディプシスのものであるとね!」
リディプシス! ……怪しい奴だとは思っていたが、またその言葉を聞くとはな。
て事は、こいつテアクレスの仲間か。
「味方みたいな顔してってか? ワンパターンな奴らだな。お前の助力には感謝する。だが秘宝は渡せない、こちらへ渡せ」
「断れば容赦はしない、と? いいだろう、撃ってみたまえ。吾輩の魔眼の恐ろしさを思い知る事になるだろうがね」
悪いが、あの女の仲間なら容赦しない。
本気である事を示すため、俺はグラウペルの肩を目掛けて発砲した。
「ふむ、この辺りかな」
するとどうだ、奴はほんの少しだけ体を動かし銃弾をかわしてみせた。
だが恐ろしいのはそこじゃない。銃弾をかわすその瞬間、グラウペルは指で輪を作るとその中に銃弾を通したのだ。
そこまで離れていないこの距離で、銃弾の軌道を完全に見切っているとでも言うのか。これが奴の言う魔眼の恐ろしさ、か。
「どうかな? 当然だが魔眼は攻撃にも有効だ。君の体のどこが弱いか、どこの守りが薄いのか手に取るようにわかる。君がこれからどう動くかもね。さあ、どこを狙って欲しい?」
くそ、マズいな。一見膠着状態だが俺の方が圧倒的に不利だ。プリルマも下手に動けないでいるし、どう対抗すればいい⁉
なんて思った、その時だった。
「あらーっ⁉」
いきなりグラウペルの足元に穴が開いた。
予期せぬ落とし穴の出現にグラウペルはなす術もなく転落、かろうじて穴の縁に手をかけもがいている状態だ。
「ウヒヒー! ペル~、ハヤくカエろうよ~!」
不思議な事に、穴の中から声がした。おや、この声どこかで聞いたような。
「ま、待つのだポーピアス! まだ吾輩の華麗なるステージは幕を下ろしていないのであってだな……!」
もがきながらグラウペルが言う。
ポーピアス? ……ピアス! そうだこの声、モニカを誘拐しようとしたあの少女か!
なんにせよこれは好機だ。俺は即座にグラウペルの元まで走り、奴を見下ろす状態となった。不気味に口を開いた穴の向こうには……、やはりあの少女がいる!
「あれ~、ドコかでミたコトあるおじさんだ~! ウヒヒー!」
「やはりお前か。二人に聞きたい、リディプシスとは何だ、なぜ秘宝を集める?」
さすがの魔眼もぶら下がっている状態では意味を成さない、立場はすでに逆転している。
だというのにグラウペルは強気だった。
「ふっ、君こそスピネラスに伝えたまえ。復讐するは我らにあり、正統なる我らに力を貸すべきだとな!」
「何? どういう意味だ!」
「フフフ……。あっ、ポーピアス! まだ閉じないで、腕が切れちゃうから……あああっ!」
グラウペルが落ち、穴が閉じてしまった。腕は切れていないので何も残されてはいなかった。もちろん、秘宝もだ。
「……くそっ」
せっかく手に入った秘宝を奪われた。リディプシスとかいう連中の情報もほとんど得られなかった。わかった事と言えば、奴らがスピネラスやジェバード王国を知っているという事、そして……何かの復讐を企んでいるという事だけだ。
「ドルフくん、戻ろう」
プリルマが俺の肩を叩いた。
……そうだな、一旦街に戻ろう。俺はプリルマと共に歩き出した。
街に戻ると奇妙な事に気付いた。昨日までとはどこか雰囲気が異なっている。
不思議に思い周囲を見回っているとトウガの姿を見つけた。おや、ビバーノ市長も一緒か。というか、トウガが市長を詰めているように見えるのだが。
「トウガ!」
「おっ、ドルフ! どうやら上手い事やってくれたみたいやな」
話しかけたらこんな事を言われた。
「何の事だ?」
「まあまあ。オレの方はこのオッサンに対しての証拠集めや。……さて、筋ぃ通してもらおうかい!」
トウガの迫力に市長はすっかり青ざめ小さくなってしまっている。
なんでも、かねてより市長には数々の不正疑惑があり、特に源泉の水量を秘密裏に調整し独占を図っていたのだとか。
「栓を壊す手間が省けたわ、ドルフがやってくれたんやろ?」
「……ああ、あれか」
壊したご神体に隠されていたバルブ、あれは源泉を制御する水門だったのか。
なるほど、街の雰囲気が違うと思ったのはあちこちに湯が戻ってきたからだ。
かくして市長は逮捕された、街で暴れていた元透明人間たち十人と一緒にな。姿が見えるようになった透明人間などただの暴徒でしかない、捕縛は簡単だったようだ。
驚いたのは全員が裸で、その中には女や殺人の手配犯までいた事だ。人間、簡単におかしくなってしまうものなんだな……、被害がこの程度で済んで良かったよ。
***
その夜、ロズリーヌの宿にて。
俺はトウガと共に一日の疲れを洗い流していた。街の大浴場もいいが、この宿の露天風呂も悪くない。湯が戻ってきたから再会できたとロズリーヌも喜んでいた。
「おっ、なんやドルフも彫りモンあるんか」
「オアーッ⁉」
しまった、すっかり忘れていた。わざわざ灼熱の作業の時だってシャツは脱がずに頑張ってたのについ油断した。
「やめろ、見るんじゃない!」
「乙女か。別に緊縛性癖をアピールしとるなとか思わんから安心せい」
本当か? 本当に思ってないか? 笑うなよ?
……はあ、どうしてこう風呂までも苦労しなきゃならんのだ。
しかし、湯の花の採集場は湯で溢れてしまって入れなくなった。せっかくトウガが紹介してくれた仕事だが、別の方法を考えないとな。……本当に合法だったんだよな?
「なあトウガ、どうして俺に手を貸してくれるんだ?」
ふと、そんな事を聞いてみた。
トウガはこちらを見る事なく、湯につかりながら月を見上げている。
「別に、利用しとるだけや」
「利用?」
「オレは別にギャングやない、ただ剣の腕を磨いとるだけの剣士や。あちこち放浪して筋の通らん事しとる連中をぶちのめしとるうちに、兄貴だオヤブンだと付いてくる連中が現れてな」
「お前の手下たちか」
「正直、ロクでもない連中やで。ただ……、得体の知れん奴に利用され、バケモンになって死にましたじゃあんまりやからな。筋は通したらなアカン」
「それで俺を利用していると?」
「そや。お前とおったらあのリディプシスとかいう連中はまた現れる、そしたらあいつらの仇も取れるやろ。せやから長生きしてもらわんとな」
事実、今日もリディプシスとはかち合った。トウガの狙いは正しいだろう。
そうか……、トウガも自分がどうすべきかを考えていたんだな。ただ、今の俺にはその望みに応えられるかどうかはまだわからない。
「ちょい話しすぎたな、先に上がるで。そや、今日は約束があって戻らんからゆっくりしといてや」
そう言うとトウガは風呂から出て行った。
ふう……、ちょっとのぼせてきた、俺も上がるとしよう。
夜風で火照った体を冷まし、部屋に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。
うーん、部屋が広い。グラウペルのやつがいなくなったのでプリルマたちはそちらの部屋へと移った、だからもう仕切りも必要ないわけだ。おまけに今日はトウガも戻らない、中途半端に広い部屋でひとり横になるというのはちょっと落ち着かないな。
……三日目の夜が更けていく。これで残りは四日、いやもっと少ないかもしれない。
相変わらずスピネラスは戻ってこないし、これでは秘宝を手に入れても意味が無い。まあ手に入れられなかったんだけど。
……。
……なんだろう、体が重い。まるで誰かが上に乗っているような――
「……ドルフくん」
って、プリルマ⁉
いつものように変な声が出そうになったが口を塞がれてしまった。夜に騒ぐと迷惑だから助かったけど、何やってるんだお前。
「お前、また人が寝てる所に忍び込みやがって……」
月明かりが差し込み、プリルマの姿が照らし出されると俺は一瞬言葉を失った。
いつもの派手な帽子やメイクの無い、素のプリルマがそこにいた。髪の色はすぐには落とせないのか普段通りの金とピンクだったが、それでも思わず美しいと思ってしまった。
「まだきちんとできてなかったからさ、キミにお礼をしにきたよ」
「麻雀ならやらんぞ」
「……違うよ」
プリルマらしくない、神妙で、そして艶っぽい声だった。もしかして脱いでるのか?
廊下の方からも微かに音がするんだがな。何をするつもりか知らんが、たぶんイザベラがいるぞ。
「ふざけずにできるお礼、アタシにはこれくらいしかないんだ」
「……冗談はよせ」
優しく拒絶するつもりだったが、プリルマは声を荒げた。
「だって、もう三日だよ! ドルフくん……もうすぐ死んじゃうかもしれないじゃないか! アタシに、恥かかせないでよ……」
「悪いが、そういうのはナシだ」
「なんでさ! ふんだ、どうせドルフくんモテた事ないから、女の子の扱いがわかんないんでしょ!」
「失礼な。あるさ、婚約者がいた事くらいな」
「ふ、ふ~ん。あ、さてはフラれたな?」
「……死んだよ」
「あっ……、ごめ――」
「俺が殺した」
「えっ……?」
引いてるな。そりゃ引くよな。
だが、事実だ。
「あれは反政府テロリストのアジトを制圧する作戦で、俺は指揮を執っていた。簡単な作戦のはずだったが思いのほか抵抗が激しく、こちらにも犠牲を出しながら連中を殲滅する羽目になった。そして奴らの覆面を取って確認していた時に……彼女を見つけてしまったんだ」
俺自身、目の前の現実が現実だとは思えなかった。
なぜ彼女が? 彼女は、クロエはただ絵を愛する普通の女だったはずなのに、なぜテロリストとして俺と殺し合わなければならなかった? ……そう自問する日々が続いた。
「最愛の人を殺した罪悪感に押し潰される中、俺は彼女の愛を疑ってしまった。彼女が綴った愛の言葉は本心だったのか、それとも軍の人間に取り入るための嘘だったのか、今でも答えは出せないでいる」
「そんな……」
「俺は怖がりの臆病者だ。もう……誰とも深く関係を持つつもりはない」
プリルマは何も言わず、ただ大粒の涙が俺の上に落ちた。
廊下からも静かに泣くような声がする。ルイスも知らないこの事を、イザベラに知られてしまったかな……。
「ほほう、そうなのか? そりゃサフィーアがガッカリするなあ」
……ん? 俺の顔を誰かが覗き込んでいる。
って、サフィーア! いや、スピネラス⁉
「オアーッ⁉」
「ふんぎゃ!」
あまりに驚いたため、上に乗っかっていたプリルマを布団で巻いて放り投げてしまった。
ああびっくりした、スピネラスのやつめ。
「驚かすなよ! なんだ、こんな時間に帰ってきたのか?」
「んん? まあな。それよりさっきの言葉は気に入らんな、国を復興しようという王候補としては腑抜けたヤツだ」
おや、どうした事だ? スピネラスの角がぼんやりとしてはっきり見えない。
というか崩れ始めてないか? スピネラス自身も気にしているようで軽く手で触れたりしている。
「チッ。一週間は持つと思ったんだが、秘宝三つではこんなもんか。まあこの三日でも久々の外は良い気晴らしになったぞ」
「そりゃ良かったな、俺の寿命に間に合ったぞ」
「あ? 何を言っている」
「何をって、お前が言ったんだろ。俺の寿命は長くてあと一週間だと……」
……いや待て、一週間?
「なあ、まさかお前の言った一週間って――」
「なんだ、聞いてなかったのか? 一週間ほど遊んでくると言っただろうが。結局はオレ様の見積もりが甘かったわけだがな」
「なんだって⁉ じゃ、じゃあ俺の残り寿命は……?」
「そんなに気になるのか? お前が寿命で死ぬときは、全てを失い全裸で朽ち果てる事になるだろう。もっとも、そうなるにはまだしばらくかかるだろうがな。クハハッ!」
な、何ぃ⁉
はあ……、ここ数日の俺の苦労は何だったんだ。力が抜けてきた。
「じゃあドルフくんはまだ死なないんだ⁉」
プリルマが復活した。
「貴方たち! 夜中に何を騒いでいるんですか!」
イザベラが扉を開けて踏み込んできた。
ちょっと涙目になっている、プリルマと同じだな。
「さてと、そろそろ姫巫女に体を返すとするか」
スピネラスの体、角や翼などサフィーアには無い部分がどんどん蒸発するように消えていく。同時にその声もだんだんと小さくなっていった。
「秘宝三つの褒美だ、これからは供物も多少は融通してやろう。より一層秘宝集めに励め、今度はオレ様と直接会えるくらいにはな。だが気をつけろ。見ていたが、あのリディプシスとかいう連中、その元締めはおそらく王国の者だ。秘宝に関して詳しいぞ」
「王国って、ジェバード王国か? まさか、千年前だぞ」
「何か方法があったんだろ、オレ様だっていちいち細かい事まで覚えちゃいねえよ。それじゃあな、当代の姫巫女を泣かすなよ。グハハハッ!」
その笑い声を最後に全てのパーツが消失し、元に戻ったサフィーアが倒れ込む。
俺はその体をしっかりと受け止めた。
「あれ……、ドルフ様……?」
サフィーアがゆっくりと目を開いた。
この声、間違いない。他ならぬサフィーアの声だ。
「あの、ドルフ様。わたくしは……」
スピネラスが憑いていた間の記憶があるのかはわからないが、サフィーアは何から話そうか迷い言葉に詰まっている様子だった。
いいんだサフィーア、そう焦らなくて。ただ、先に俺から一言だけ言わせてくれ。
「おかえり、サフィーア」
「……はいっ!」
俺はもう一度、サフィーアの体をしっかりと抱きしめた。
もちろん、プリルマたちと一緒にな。
……あれ? ここにイザベラがいるのはマズくないか?




