22 湯けむり透明事変 その4
音を頼りに透明人間を追いかける。このまま逃がしたら二度と会えないかもしれないからな。
「そこだ!」
アタリをつけて呪いの鎖を横向きに大きく振り回す。が、手応えなし。
けっこうな広範囲をカバーしたつもりだったが外れたか。
その時、俺の後頭部に一撃が炸裂。
「あだっ⁉」
蒸されていたカボチャが俺の頭で砕けている。
透明人間のやつ、反撃のつもりか? 柔らかくなってたからいいものの、生だったら大変だったぞ。
……ん、蒸しカボチャ? そうだ、良い事を思いついた。
「街のみなさんごめんなさい!」
俺は鎖を振り回し、手当たり次第に蒸し器を叩き落とした。蓋がなくなった窯からはもうもうと蒸気が立ち昇り周囲を真っ白に包み込む。
どうだ、これならば透明だろうと関係ない。誰かがいれば蒸気に影が映し出され丸わかりってわけさ。
……って予定だったんだけど、人影が無い。
あれ、もう逃げた⁉ マズい、思ったより素早い奴だったか⁉
――すると。
「フフフ」
微かな笑い声、そして目の前に突如として現れる人影。うろたえる俺をあざ笑うかのように何者かの気配がした。これは、千載一遇のチャンス!
「そこだ!」
「ごべらっ⁉」
やった! 顔面に俺の拳がクリーンヒット、人影はたまらずダウンした。
……ダウンしたけど、透明じゃなかった。あ、これ普通の人だ。
「な、何をするのかねミスター・ドルフ」
「あれ、あんたは」
その男には見覚えがあった。
宿で俺の鼓膜を破壊しようとしたお騒がせ男。ええと、名前は……。
「確か、グラウペルだったか」
「その通り、名刺も渡していないのに吾輩の名を覚えているとは! 君は見込みがある、いずれ世界を揺るがすほどの大物になる事だろう! 吾輩の次くらいにな!」
「……そりゃどうも。それより顔は大丈夫か、間違って殴ってしまい申し訳ない」
「いやいや、このくらいよくある事さ!」
よくある事なのか、どんな生活してんだよ。わからんでもない気がするけど。
でも実際にほぼ傷はない。けっこう思いきり殴ったつもりだったけど、力を逃がすのが上手いのだろうか。
「ところで、透明な男を探しているのかな?」
「妙な話だが……まあその通りだよ」
「何を隠そう、吾輩は生まれつき魔眼と呼ばれるほどに目が良くてね! この目にかかれば透明だろうが極小だろうが問題なく見えるのだよ!」
「じゃあそのメガネ類は何なんだよ」
「吾輩を表すファッションアイテムさ、誰しもまずは見た目からだからね!」
相変わらずやかましい奴だ。
でもそんな目を持っているなら是非とも力を借りたい。
「なあ、今日も街を見張っていたのか? ならさっきまでその辺にいた透明人間がどこに行ったかわかるか?」
「もちろんだとも、君の背中に隠れているよ」
「え?」
間髪入れず後ろに向かって裏拳を一発!
「ぎゃっ!」
手ごたえあり! そこだ!
……というわけで、透明人間はあっさり捕まった。
さすがに鎖でぐるぐる巻きにしておけば逃げられないだろう。
「おいお前、オバケなのか? 話はできるか?」
「オバケじゃねーし、できるに決まってるだろ」
話しかけたら普通に返してきた。
オバケでもないようだし、こりゃ透明なだけの普通の人間だ。
「ドルフく~ん」
そこへプリルマも駆け付けてきた。
「やたらと湯気が上がって騒がしかったから来ちゃった。で、その鎖はどったの?」
「オバケを捕まえたんだよ。正確には透明人間だけどな」
「ふ~ん」
するとプリルマはどこからともなくケチャップを取り出し、透明人間にかけ始めた。
「このセクハラ犯め、さては芸の最中に触ってきたのお前だな⁉ 危ないマネしやがって、どんな顔してるか見てやる!」
「ぶはっ! おい、ちょっとやめろよ!」
頭からドボドボと大量のケチャップがかかっていく。それによって透明人間の姿が白日の下に晒され……ない。
どういうわけか、ケチャップがかかった端から消えていくのだ。触ってみたらちゃんと感触があったから、これは透明ケチャップになったというわけか。シミにならなくていいけどちょっと気持ち悪い。
「うう、いつもこうなんだ。おれが何したって言うんだよ」
プリルマの所業に透明人間が泣き出してしまった。
「おれはただ、湯の花が高く売れるって聞いたからこっそり取りに来ただけなのに」
う、同業者か。というか密採取になるのか。
……トウガのやつ、許可取ってたんだろうな。
「なのにこんな体にされちまって、盗みでもしなきゃ生きていけないだろ」
ん? 何て言った?
「待て待て、こんな体にされたって……元々透明なわけじゃないのか?」
「そうだよ、そんな人間いるわけないだろ。あの洞窟の奥にあるご神体とやらを見に行ったら、体が透けてこの有様だ」
ご神体か……。そう言えば奥の方に顔が彫ってある変な岩があったような気がする。
「それに、透明になったんだからちょっと覗いたりしたくなるもんだろうがよ!」
……うーん。否定すべきなんだけどな、わからんでもないのが嫌な感じ。
もっとも、許すわけにはいかないがね。
「だが、お前は宿に侵入して女の首を締めただろ。おそらく透明なのを利用して酒に毒を混ぜるなんて手の込んだ事までしてな。さすがにライン越えだ」
「な、何の事だよ」
「とぼけるな。他ならぬ俺が蹴りを入れたんだ、忘れたとは言わせんぞ」
「……ああ、そういう事か」
何だ? 透明男が笑った気がする。見えないけど。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「おれは臆病者だからな、そんな大それたことはできねえ。でも、中にはそんなヤバい奴もいるかもな。なにせお互いに見えないんだ、どんな奴かまでは知らねえよ」
ちょっと待て、それってまさか……。
「おーいみんな! 助けてくれ!」
透明男が叫ぶと、周囲が急に騒がしくなった。誰もいないのにただ何かが暴れる音だけが響き、そこらにある物が荒らされていく。
こいつら、一人じゃなかったのか! くそっ、二人や三人なんて程度じゃないぞ、いったい何人いやがる⁉
「ざっと十人はいるようだね。物好きが多いようだ」
正確な情報をありがとうよグラウペル。
問題は、そんな数の見えない暴徒を俺だけで取り押さえられるかって事だ。さっきまで捕まえてた奴もどさくさに紛れて逃げてしまった、この鎖は思い通りに動く代わりに集中が切れるとただの鎖になってしまうのが欠点だな。
とにかく、この状況を何とかしなければ。
「ど、どうすんのドルフくん! これヤバくない⁉」
「……大丈夫だ、俺に考えがある」
***
透明な連中をどうにかするのは現実的ではない、ならば元を絶つ必要があると考えた俺は火山洞窟へと急ぎ向かった。トウガの紹介で湯の花を採取していたあの場所だ。
「うわ、熱っ! こんな所でどうすんのよ~」
なぜかプリルマとグラウペルも付いて来た。
手を貸してくれるのは有難いけどここは結構危険だぞ。
「気をつけて進めよ。……あの透明男はこの奥で透明になったと言っていた、もしかしたら秘宝の仕業なんじゃないかと思ってな」
そして、その推測は当たった。メダルが反応している、間違いなく秘宝の仕業だな。
作業してる時は上着と一緒に外に置いといたから気付かなかったのか……、不覚。
そのまま洞窟の最奥まで行くとご神体とやらがあった。でかい岩に粗末な顔のようなものが彫ってある。こういう像なのかと言われればそれっぽいけど、どうも周囲から浮いているような気もする。そんなに古いものでもなさそうだ。
「あ、あれあれ? ど、ドルフくん⁉」
「どうした……、オアーッ⁉」
振り返ると、プリルマの体がどんどん透明になっていくのが見えた。
「おやおや、これはミステリアス! このような貴重な体験ができるとは、素晴らしい!」
グラウペルもすでに透明になっているようだ、声だけがすぐ横で聞こえる。
二人がそんな有様なのに俺は特に影響はない。呪われているからってのが理由なんだろうな。
「ドルフく~ん、問題だよ。アタシは今どんな格好してるでしょーか?」
見えないのを良い事にプリルマが何か言っている。
アホな事してる場合かよ。
「お嬢さん、いくら透明といえども逆立ちして足の間に風船を挟むのは少々お行儀が悪いのではないかな? いや、もしやこれが新時代のパフォーマンスなのか⁉ おおクレイジー!」
「ちょっと、バラさないでよ!」
グラウペルが自慢の魔眼でネタバレしてくれた。
いやだからそんな場合じゃないんだって。
「おそらくこのご神体とやらが秘宝だ。こいつを何とかすれば騒ぎが収まるはずだ」
「でもこんなでっかい岩どーすんのぉ? いくらドルフくんでも無理っしょ」
むむ……、確かに。この像、というか岩は後から運ばれてきたもののようだから運び出す事自体は可能だろう。だがこの三人が力を合わせたところで動かせるような大きさじゃない。どうしたものか。
「ふむ……、この岩は美しくないね」
グラウペルの声がした。姿が見えないけどご神体を調べているようだ。
「吾輩の魔眼によると、この岩は成形された人工物だね。君たちの言う秘宝はこの内部にあるようだ」
「つまり?」
「壊しちゃってもいいんじゃないかい」
「しかし、仮にもご神体と呼ばれている物を壊すのは気が引けるな。プリルマ、火薬あるか」
気は引けるがやらないとは言ってない。
火薬は花火用に少量しかなかった上に湿気で使い物にならなかった、そもそもここで使うのは危険すぎる。
冗談はそれくらいにして、俺はツルハシでご神体という岩をガンガン砕いた。新しい人工物なら神なんか宿ってないって、知り合いに神がいる俺が言うんだから間違いない。
岩は想定よりも脆く壊すのは簡単だった。砕けた土砂の中から姿を現したのは指でつまめるくらいの大きさをした透き通るような水晶玉がひとつ。メダルがこいつに反応している、秘宝に間違いない。
「ねえドルフくん、これなんだろうね」
壊した岩の後ろを覗き込んでいる……であろう、プリルマが何かを見つけたようだ。
これは……ハンドル? 水門に使うようなバルブハンドルがなぜこんな所に?
「そーおれっ!」
あっ、バカ!
考えている間もなくハンドルが回った。プリルマのやつ、勝手に触ったな!
どこか深い所から地響きのような音が聞こえる、洞窟全体も微かに揺れているようだ。明らかにヤバいですって雰囲気になったじゃないか!
「ごめーん、テヘペロっ!」
「見えねえよ! いいから逃げるぞ!」
姿が消えたままのプリルマとグラウペルを連れ洞窟からの脱出を試みる。
揺れのせいか蒸気が増えている、真っ白で視界がほぼ無いぞ。迷っている間にも音と揺れが大きくなるのを感じる、あまり猶予はなさそうだった。
「二人とも、吾輩に掴まりたまえ!」
言うが早いか、俺の体が宙に浮いた。見えないけどこれグラウペルが俺を抱え上げてるのか?
「お、おい、どうしたんだ⁉」
「なあに、レディを助けるのは紳士の務めだが、時には君のようなむさい男を助ける場合だってあるものさ!」
声がプルプルしてるな。その様子だとプリルマも抱えてるのか、歩けているだけ大したもんだ。
「吾輩の魔眼なら蒸気の闇など無いも同然、さあレディース・アンド・ジェントルメン、輝かしい世界へと脱出だ!」
案内してくれるだけなら抱える必要はあるのだろうか。でもせっかく頑張ってくれているので口に出すのはやめておいた。遅いけどなんとか間に合いそうだしな。
……ん、何の音だ? ドドドと何かが流れる音がする。
「ひょわあ⁉ 鉄砲水ならぬ鉄砲温泉だよ!」
プリルマがそう叫んだ瞬間、俺たちは後ろから迫る大量の湯に押し流され洞窟から吐き出された。
幸い出口が近かった事もあり、ちょっと熱かったが全員無事だ。
「おい、プリルマ!」
「なんだい? ……おおっ、アタシのセクシーボディが見えるぅ!」
いつの間にかプリルマの姿が透明から元に戻っている。
良かった、実はサフィーアがいないから秘宝をどう扱っていいか悩んでいたところだったんだ。自然に力が収まってくれて助かった。
……おや、その秘宝はどこだ?
「これをお探しかな?」
声のする方を見ると、プリルマ同様に姿が見えるようになったグラウペルが水晶玉を手にしていた。
「そこにあったのか、押し流されて無くしたかと思ったよ」
「そんなヘマはしないさ。吾輩の魔眼ならね」
立ち上がった俺に向かい、グラウペルが銃を構えた。
装飾の施された派手なリボルバーが真っ直ぐ俺に向かい睨みを利かせていた。




