↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

21 湯けむり透明事変 その3

 なんだなんだ、いきなり人の耳元で叫びやがって。

 見れば本当に変な奴がいる。帽子にモノクル、身なりの良い服に虫眼鏡や双眼鏡をぶら下げ望遠鏡を持った若い男が。こいついつの間に入ってきたんだ?


「あ、グラウペルさん。お戻りでしたか」


 その男を見てロズリーヌが言った。

 て事は、こいつがもう一人の宿泊客か。


「やあやあこれは失礼、いきなり驚かせてしまったね。吾輩の名はグラウペル、無限の知識を探求する永遠の旅人にして愛のエンターテイナー! 麗しいお嬢さんたち、いずれ世に響く我が名刺をさあどうぞ」


 名刺を配り始めた。プリルマとイザベラ、そしてロズリーヌに。

 俺とトウガにはくれなかった。


「なんやコイツ、ふざけたヤツやな」


 それはトウガに同意する。名刺はいらないけど。


「私はさっき貰ったのでご遠慮します」


 ロズリーヌは二枚目だったようだ、名刺を突き返している。もっとも、一枚目のプリルマたちもこっそり捨てているからいらない事に変わりはないんだな。

 さて、こいつが何者かはっきりさせようじゃないか。


「おいあんた、いきなり何するんだ。俺の心臓を止める気か?」

「おや、君は?」

「ドルフだ。耳元で叫んでおいてそれはないだろう」

「ふぅーむ、ミスター・ドルフ。あまり輝きを感じないねえ」


 ため息をつかれた。つきたいのはこっちだよ。


「失礼だな。お前はいったい何者なんだ」

「ほほう、君はこう考えているね? そう、オバケの正体はじつはオバケではないのではないかと!」

「ん? いや、俺はだな」

「実に鋭い! 君の考えは正しいよ、なぜならこの吾輩と同じなのだからね! そう、吾輩はこの素晴らしき観察眼で、淑女たちを恐れさせる不届き者を見つけ出そうとしているのだよ!」


 無駄にテンションが高い、こういう奴は人の話を聞かないタイプだ。


「見ての通り、吾輩は望遠鏡に双眼鏡、虫眼鏡に携帯用の顕微鏡まで持っているからね! 今日も一日これらを使い街中を見張っていたところさ!」

「温泉街でそれは誤解を招くからやめた方がいいぞ」

「貴重な意見ありがとう! おっと、すまないが会合の時間だ。それではまた吾輩のステージで会おう!」


 グラウペルは話すだけ話すと颯爽とどこかへ行ってしまった。急ぐなら直に行けばいいのに。

 にしても会合だって? あんなのが他にもいるのかな。


「むむむ、なんか嫌な感じ! アタシの前でエンターテイナーだなんていい度胸してるし!」


 いたわ、あんなの。プリルマがおかしな対抗意識を燃やしている。

 おい、ここは屋内だぞ、どこからともなく変な形の花火を出すんじゃない。燃やすのは対抗意識だけにしておいてくれ。


 それから俺はようやく内風呂で汗を流す事ができた。

 ふう、さっぱりした。トウガの言う温泉の気持ち良さは体験できなかったがこれでも十分だ。……あれから今日で二日目が終わる、あと五日のうちにトラブルとやらが解決すればいいんだがな。そうすれば温泉を味わう事もできるだろう。


 その日の夕飯はロズリーヌが頑張ってくれた……んだけど、結局はみんなで作る事になった。こういうのもたまにはいい、軍にいた頃を思い出す。

 ただ、どうしてもサフィーアがいればと思ってしまう。スピネラスのやつどこに行ったんだ。その体はサフィーアのものなんだ、いつまでも借りてるんじゃないぞ。


「ねえねえ、ドルフくんも飲みなよ~」


 すでに飲んでいる様子のプリルマが酒を差し出してきた。でもこれは断らざるを得ない。


「悪い、俺飲めないんだ」

「なんや、ドルフのオッサン下戸か。意外やなあ」

「そうだよ、悪いか。俺にはお茶をくれ」


 よく大酒飲みそうとか言われるが、どうにも昔から体質が合わなくてな。


「あ、そうだ。あまりイザベラに飲ませるんじゃないぞ。あいつ酒癖が――」


 ……注意するつもりが遅かった。

 プリルマたちの向こうからゆらりと迫る怪しい影。


「ドルフぅ~、貴様ぁ~」

「……オアッ」


 その後はもう飯どころじゃなかったな。銃を抜く前になんとか取り押さえたから被害は最低限で済んだけど、酔いが醒めるまで全員で運動会だ。まったく、生きた心地がしなかったよ。


 ――そして、ようやく就寝の時がやってきた。

 部屋の間に大きな仕切りが置かれ、こっちは俺とトウガ、あっちはプリルマとイザベラと分かれて寝る事になった。


「ヌフヒヒ、ドルフくんこっちに来るかい?」


 まだ酔っているのか? プリルマはこんな事を言うが無理な相談だ。なによりイザベラが銃に手をかけた状態でこっちを睨んでいるからな。


「アホな事言ってないでさっさと寝ろ」

「へーい」


 灯りを消し、部屋は夜の闇と静寂に包まれた。


「カカッ、仕切り一枚じゃあ男の猥談もやりにくいのう」


 静寂だって言ってるだろ、トウガまで変な事言いだすなよ。


「しねえよ、早く寝ろって」

「ケッ、つまらんオッサンやな。ま、オレもなんや頭痛なってきたし寝るわ」


 やれやれ、今度こそ静かになった。

 俺はお前らほど若くは無いんだぞ、疲れてるんだから寝かせてくれ。


 ……。

 …………。

 本当に静かだな、みんな寝たのか。

 俺はどうにも寝つきが悪い。どれくらい時間が経った? 眠りたいのに眠れないのは少々辛いものがあるな。


 ん、何か聞こえる。


「ふっ……、んっ……」


 声、か? プリルマたちの方から聞こえてくる。

 イザベラの声だろうか。プリルマに抱き枕にされているのかもしれない、程々にしておかないと痛い目を見るぞ。


「んんっ……、ぐっ……!」


 ちょっと声が大きくなってきた。

 泣いてる……のとは違うな。何やってんだ。


「……イザベラ!」


 ここで俺は急を察した。うめき声に危険を感じ取ったからだ。

 仕切りを超えると、そこにはぐっすり眠っているプリルマの姿。そして、その向こうには仰向けで苦しそうにもがいているイザベラの姿があった。

 声が出せないのか? しきりに首のあたりを手で押さえようとしているが首まで届いていない。まるで誰かに首を締められているような状態だが、その誰かが見当たらない。これが噂のオバケなのか⁉


「この野郎!」


 とりあえず当たりをつけて蹴りを放った。

 うおっ、何だ⁉ 何も無いのに蹴り応えがあったぞ。


「ガハッ!」


 何かが上からどいたため、イザベラが大きく咳き込みながら上体を起こした。


「イザベラ、無事か!」

「ゴホッ……、わ、私は、問題ありません」


 イザベラの無事を確認し、蹴飛ばした何かが転がっていった方を見る。何かが倒れ込んだような形跡はあるが……、すでに逃げられたらしい。


「ドルフ、貴方は平気なんですか……?」

「何がだ?」

「少し体が痺れるような感覚があって、うまく力が入りませんでした。それで何かが上に乗って首を締めてきても抵抗できず……」


 痺れだって? ふむ、これだけ騒いだのにプリルマとトウガが眠りこけているのは薬を盛られたからなのか? だとすればいつ? オバケは毒まで使うってのか。


「……危ない所でした、感謝します」

「なに、いいってことよ」


 しかし、シャレにならない事態になってきたな。このオバケ騒ぎ、調べてみるか。


***


 翌朝、俺はトウガと共に市長であるビバーノ氏の所へと向かっていた。

 これはトウガの発案だった。昨夜の事を話したら市長に恩を売る好機だとか言ってな。事務所でも交渉は任せろとの事だ。


「ほう、あなたがたが解決してくださると?」


 初めの印象はあまり良くなかった、お互いにな。どこでその話を聞いてきたと言わんばかりの態度だった。

 小太りの男、執務室をざっと見てもカネにがめつそうなのがよく現れている。それだけにやりようはありそうだ。


「実はオレら旅の武芸者でな、ちょっとは名が知れとるんやで。せっかく来た温泉が使えんなんて悲しいやん? ここは一肌脱ごう言う事にしたんや。もちろんタダでな」

「ほほう、それはそれは。こちらとしても助かりますな」


 話は拍子抜けするほどあっさりと決まった。考えてみればオバケを退治すればいい話であって、わざわざ報告に行くようなものでもなかったんじゃないか?


「いやいや、必要な事やったで。ほな、オバケは任せるわ」

「任せるわって、お前はどうするんだよ」

「オレはちょっとやる事がある。んじゃまた後で」


 なんだトウガのやつ、俺一人にやらせるつもりかよ。一応、念のために留守番しているイザベラから拳銃を借りてはいるけどさ。「最新式のオートマチックピストルです、今の貴方よりも価値があるので気を付けてください」なんて言われたから扱いに困る。


 で、だ。問題はどうやって調査するかだよな。

 オバケなんだからこんな朝っぱらから出るとは思えない、だからといっていつ出るかわかるわけでもないのだが。

 ……こんな時、サフィーアがいれば。そんな事を考えてしまう。どうせ理由をつけて魔法なんか使わせないのにな。


 おや、何か調理している。これって確か温泉蒸し釜だったか? なんでも温泉の蒸気で調理すると食材が美味くなるらしい。

 ロズリーヌが二日酔いでダウンしてたから朝飯食ってないんだよな。ああ、腹減ってきた。どれかひとつくらい分けてもらえないかな。そのふよふよ飛んでるようなやつでいいから。


 ……いや、何を言っているんだ俺は。プリルマじゃあるまいし芋は空を飛ばないだろ。腹が減り過ぎて幻覚が見えてきたのか?


「……」


 いやいやいや、確かに飛んでる! オバケだ、出やがった!

 今なら芋を持っているから大体の位置がわかる。ええい、ままよ!


「うわーっ⁉」

「オアーッ⁉」


 オバケの相手なんてどうやったらいいか知らんし、思い切って飛び掛かってみた。

 そしたらどうだ、思いっきり生身の人間の感触があるじゃないか。びっくりして叫んじゃったよ、ああ気持ち悪い。


「くそっ! 邪魔すんな!」

「オアッちい!」


 あまつさえ熱々の芋を顔面にぶつけられ、せっかく捕まえていた手を離してしまった。

 というか、今喋ったよな? 喋るし触れるし芋も食う、こいつは……オバケじゃなくて透明な人間か⁉


 ドタドタと走る音がする。まあ待てよ、せっかく朝から出会えたんだからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。