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20 湯けむり透明事変 その2

 灼熱の街ババンシティ。

 トウガの口車に乗せられた俺はこの街で苦難に喘いでいる。


 ――熱い。とにかく熱い、地獄に落ちたんじゃないかってくらいの熱さだ。

 何故こんな事になっているか、それはこの街が温泉街だったからだ。

 巨大な火山を仰ぐこのババンシティはエメリア連邦有数の温泉街……らしい。俺は旅行とか興味ないから知らなかった。


 で、そんな街で温泉にも入らず何をしているかといえば、危険な源泉地帯で湯の花なる物質を採集しているってわけだ。トウガの言っていた「粉」の正体、この湯の花ってやつは温泉成分の結晶で、砕いて粉して湯に溶かせばどこでも温泉が楽しめるってものだとか。

 ただその採集が大変なんだよ。火山洞窟の奥深く、めちゃめちゃ熱い源泉の近くに付着するもんだからまさに命がけの作業。そりゃ高価なわけだ。


「ご苦労さん。……なんや、コレだけか? 一回分にもならんで」


 今日の作業を終えてもこの言い草だ。トウガのやつ、仕事を振るだけ振っておいて自分は何もしないんだからな。


「初日で慣れてないし、今日はあまり見つからなかったんだ。なんかここ気持ち悪いんだよ、何も無いように見えるのに何かぶつかるし」

「その不気味さのおかげで競合が減っとるんや、いい機会やないか」

「そうかもしれないがな。中はシャツ一枚で作業してるのに汗が止まらないくらい熱いんだぞ、不気味さがなくたって大変なんだ。文句があるなら自分でもやれよ」

「何言ってんねん、寿命はお前の問題やろ。それにオレは怪我人やで? そんなオレに重労働させよう言うんか?」


 そりゃそうだけどよ。

 はあ、とにかく疲れた。今日はもうゆっくり休みたい。


「ほな、温泉にでも行こか」

「蒸し風呂ならもう体験したよ」

「アホか、比べもんになるかい。ここの湯はええで、オレもたまに湯治に来たもんや」


 トウガは温泉が好きらしく色々と詳しかった。なんでもここの湯は疲労や傷によく効くらしく、トウガのような武に生きる連中が愛用しているんだとか。


「へえ、そうなのか。風呂なんてどれも同じかと思ってた」

「温泉は大地が生んだ奇跡のひとつやで、有難く使わんとバチが当たるっちゅうもんや」


 そう言われると楽しみになってきた。ならばこの疲れ、奇跡の力で癒してもらおうじゃないか。いざ大浴場へ!

 ……などと思っていた矢先、衝撃的な事態が発生する。


「申し訳ありません、現在大浴場は使用中止となっておりまして……」


 頭を下げる従業員にそう言われてしまったのだ。

 そりゃないぜ、こっちは温泉に浸かる気でいたのに。


「中止ってどないなっとんねん!」


 トウガも納得いかないらしく従業員に詰め寄っている。


「そう言われましても、トラブルが解決するまで大浴場は使えない事になったんです」


 もうよせトウガ、その人がかわいそうだろ。

 使えないというのなら仕方がない、俺はまだ納得していない様子のトウガを連れて今日の宿へと向かう。その途中、別行動していたプリルマたちと出会った。


「ドルフく~ん! ちょっと聞いてよ!」


 なんだなんだ、プリルマがちょっと怒っている。そっちでも何かあったのか?


「イザベラちゃんがアタシを殺そうとするんだよ!」


 ……おっと、そんな感じの話だった? 穏やかじゃないな。


「イザベラ?」

「ち、違います! あれは事故で、そもそもプリルマさんが私にあんな事をさせるからあのような事になるんです!」


 どうも話が見えない、ちゃんと説明してくれないか。

 というわけでまずは二人を落ち着かせ、話を聞いてみる事にした。


「ドルフくんがバイトしてる間にちょっとは助けになるかと思ってさ、アタシも大道芸をやってたんよ。でさ、ただ見てるだけじゃ面白くないだろうって、イザベラちゃんにも助手をやってもらったんだ」


 ああ、そういう事。しかしよくイザベラが乗ってくれたな。


「私はあくまで監視のつもりだったのに。ドルフ、貴方の命がかかっていると言うから仕方なく……!」

「でもイザベラちゃん見た目に反して不器用でさぁ、ぜーんぜん上手くいかないの。んで射撃ならできるって言うから、的当てをやらせてみたのよ」


 イザベラの射撃の腕は俺もよく知っている、当時も若き天才と呼ばれていたっけ。


「最初は良かったんだけどね~。最後の一発がアタシの方に飛んで来てさあ、危うく頭に穴が開くとこだったよ」

「ですからあれは事故です! 誰かが私をくすぐったんですよ!」

「まあそこは最後に帽子を飛ばす事にしてたってごまかしたケド。その後はアタシもなんか調子悪くて、もうサイアク~」


 なるほど、プリルマの帽子が欠けてると思ったらそのせいか。まあ落ち着けって、お前もお客も無事だったんだからさ。


「あーあ、せめて大きな温泉で汗を流しますか」

「あ、それなんだが」


 どうやらプリルマたちはまだ知らなかったようだ。大浴場が使用中止になっている事を伝えると凄い顔してたからな。ついでにイザベラも。


「な、なんですって⁉」

「うげ、マジ?」


 マジみたいだよ。その様子だと二人ともずいぶん楽しみにしてたらしい。


「なんかトラブルなんだってさ。まあ大浴場がダメでもここは温泉地だ、たとえ内湯でも温泉には変わりないさ」

「う~、泳ぎたかったのに」

「広くてもダメだぞ?」


 まったく子供じゃあるまいし。……サフィーアがいたら同じ事を言ったかもしれない、そう思えて少し笑いがこぼれた。


 全員揃ったところで宿へと向かう。手配はトウガがしてくれたんだけど……、なんか遠くない?

 着いたところは街の外れの小さな宿だった。お世辞にも立派とは言えず、他にお客もいないようだ。


「思ってたより……なんか、アレだな」

「アホか、オレらは稼ぎに来とるんやで。宿くらいガマンせえ」


 まあ、それはトウガが正しいな。


「気にするな、俺はいざとなれば密林でも眠れる」

「そこまで言ってへんわ、失礼やな。……ここはオレの馴染みがやっとるんや」


 ……なんか、ごめん。


「いや、よく見れば味のある宿だ」

「もうええて。おーい、誰かおるか!」


 トウガが大声で呼びかけると、宿の中からパタパタと誰かが駆けてくる音がした。


「はーい! 今すぐ!」


 勢いよく引き戸が開き、中からここの従業員らしき女性が現れた。


「ようロズリーヌ、久しぶりやな」

「あれっ、トウガ⁉」


 このロズリーヌという女性、トウガの知り合いか。馴染みがやってるって言ってたもんな。赤い髪を鉢巻きでまとめた粋な感じの人だ。


「知り合いか?」

「まあな、ちょっと前に立ち寄った時世話になった。あん時はガキやったんにえろうでかくなったもんや。にしても相変わらず寂れとるな、ババアはどないした」

「……あんた、何年ぶりだと思ってるのよ。あれから八年も経ってるの、今はもうあたし一人でやりくりしてるんだから」

「おっと……、そりゃ悪かった。堪忍や」

「まあいいわ。それよりそっちの人たちは? もしかしてお客さん⁉」


 もしかしなくてもその通りです。


「どうも、俺はドルフ。こっちは連れのサフィ……」


 おっといけない、つい癖で。


「いや、プリルマとイザベラだ。突然ですまないが宿はあるかな?」

「はいよ、トウガと合わせて四名様ですね! ささ、中へどうぞ!」


 良かった、大丈夫そうだ。

 トウガ、手配とか言っておきながら話通してなかっただろ、いくら馴染みでも次からはちゃんと確認しておいてくれ。


 ……で、だ。部屋に通されたのはいいけど、問題は四人で一部屋ってところかな。


「すいませんお客さん、今まともに使える部屋がここしかなくて。寝る時には仕切りを出しますから!」


 うーん、想像以上にボロ宿みたいだ。


「おいロズ、まだ部屋はあったやろ」


 気を利かせてくれたのかトウガが言った。


「そっちには別のお客さんが泊ってるんだよ」

「へえ! こないな所に泊まる物好きがおったんか!」

「あんただって泊まるんでしょ! 文句があるなら出ていきな!」


 まあまあ、ケンカしないで。飛び込みで来た俺たちが悪いんだ、部屋があっただけでも上等だよ。


「お前たちもいいよな?」

「ヌヒヒ~、いいよん」

「……妙な事を考えないでくださいね」


 よし、プリルマとイザベラも文句はない様だ。今日の宿は無事に決まった。


「寝る所が無事に決まったのはいいとして、風呂に入りたいんだけど」


 今日はひどく汗をかいたからな、もう何でもいいから汗を流したい。

 でもロズリーヌの反応は芳しくなかった。


「えっと……すいませんお客さん、ウチには風呂ないんです」

「ええーっ⁉ 温泉街なのに⁉」


 プリルマがこの世の終わりのような驚き方をしている。よほど入りたかったのだろう。

 しかし風呂がないとはどう言う事だ?


「あるにはあるんですけどね。実は何年か前から街全体の湯量が減ってまして、温泉は市長のビバーノさんの指示で中央の大浴場に限定する事になったんです」

「という事はどこの宿でも同じなのか」

「そうですね。あ、小さい内風呂ならありますよ、温泉じゃないですけど。中央から湯を買えはするんですけど高くって、ウチみたいな小さいとこじゃとても」

「ブーブー、温泉地に来てフツーの風呂とか激萎える~」


 文句言うなプリルマ、湯量の問題なんだから仕方ないだろ。俺はもうそれでいいぞ。

 もっとも大浴場が使えていれば良かったんだけどな。……そう言えば使用中止になったトラブルって何だろう。ちょっと聞いてみようか。


「ロズリーヌさん、その大浴場が使えなかったんだけど、トラブルって何か知ってます?」

「あ……、やっぱ気になります?」


 ロズリーヌは少し戸惑った様子で話し始めた。


「あたしが言ったって言わないでくださいね。実は……オバケが出るんです」


 オバケだって? ずいぶん非科学的な話が飛び出してきたぞ。ここに来る前にゾンビやガイコツと戦ってきた俺が言うのもなんだけどな。


「少し前からでしょうか、誰もいないのに声が聞こえたり物が動いたりするようになったんです。最初はその程度だったんですけど、そのうち大浴場で物が盗まれる被害や痴漢騒ぎがあったりして、解決するまで中止する事になったんです」

「それは……迷惑だな」

「迷惑ですね、なんせここは温泉街ですから。ビバーノさんなんかもう火山みたいにカンカンですよ、大事な収益がパーだってね」


 だろうな。温泉の蒸気を利用した施設とかもあるようだけど、やっぱりメインは大浴場だ。それが使えないとなれば一大事だよなあ。迷惑以外の言葉が出てこないぞ。


「ファンタスティーック!」

「オアーッ⁉」


 突然耳元でドでかい声が炸裂した。

 な、何だ⁉ 誰だ⁉ なんか知らん奴がすっごく近くにいる!

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