19 湯けむり透明事変 その1
朝になり、俺は街へと戻った。
事態は解決し、秘宝も手に入った。だが、俺の心は穏やかとは言えなかった。
一週間というスピネラスの言葉が頭から離れないでいる。
これまで俺はいろいろな事をやって来た、ろくでもない事や汚れた仕事もいろいろな。そのツケを支払う時が来たのかもしれない。
何より、隣にサフィーアがいない事に喪失感を覚えている自分に驚いている。
ペット……いやさすがにそれは失礼だな、じゃあ妹か娘ってとこか。どれもしっくり来ないが、いつもうるさいのがいなくなるとしんみりしてしまうというアレかもしれないな。
「サフィーア、愛しいお前が側にいないと寂しいよ。胸にぽっかりと穴が開いたような――」
「……俺のセリフを好き勝手に喋るな!」
すぐ後ろからニヤケ面のプリルマが囁いていた。
まったく、おふざけ道化師め。勝手な事言いやがって。
「ヌフヒヒ、元気なさそうだから元気づけてやろうと思ったのよん。でもさぁ、あの神様は「ちょっと遊びに行ってくる」って言ったんでしょ? ならそのうち戻ってくるって」
「……だといいがな」
正直、スピネラスの考えている事はわからない。戻ってくる気があったとしても相手は神様だ、ちょっとの単位が十年だっておかしくはないんだからな。
「というより、もっと切実な問題があるんだよ」
「問題?」
「スピネラスによると、俺の寿命はあと一週間らしい」
「そりゃどういう意味や」
プリルマも驚いてはいるが、聞き返してきたのはトウガだった。
「トウガ? お前も街に来たのか」
「屋敷がぶっ壊れたんや、仕方ないやろ。オレかて怪我人やぞ」
おっと、そうだったな。かく言う俺もプリルマも夜通し動き回っていたから疲れ切っている、話は後にして教会の部屋で休ませてもらおう。
穏やかでないのは街の様子もそうだ。あちこちに戦いの跡が見て取れる、かなり激しい戦闘があったみたいだな。様々な場所で負傷者の手当てが行われているし、掃除や死体袋の回収をしている連中もいる。みな無事だといいのだが。
到着してみると、教会もまた負傷者を収容しているようだ。そこで俺は入るなり声をかけられた。
「やあ、ドルフ」
その声はモーン少佐のものだった。イザベラも一緒だ。
「モーン少佐! イザベラも。無事でしたか」
「なんとかね。いやあ、まさか動く死体と戦う事になるなんて思わなかったなあ」
見れば少佐も傷を負っている。
「少佐、負傷を⁉」
「ああ、大丈夫だよ。恐怖小説みたいに僕も動く死体になるってわけじゃなさそうだからね」
そういう事を心配しているわけじゃないんだけどまあいいか。
ついでに俺たちは互いの情報を交換する事にした。やはり街を襲ったのは動く死体の軍団、あのテアクレスの仕業だった。しょせんは死体と言うべきか、幸いな事に軍側の被害は少なかったらしい。あの死体袋は動かなくなった動く死体というわけだ。
こちら側の事情はトウガの事と、テアクレスが偽のシスターを演じ妙な仕掛けをしていたってくらいしか話せなかった。もっともあいつが死体を動かしている理屈は俺にもわからないんだ、嘘はついていないさ。
「君らも大変だったんだね。こちらも神父らしき人物の死体を発見している、お互いまんまと騙されちゃったわけだ。僕とした事が失態だなあ」
「その事ですが、少佐はリディプシスという言葉に心当たりはありますか?」
俺がその言葉を口にすると、一瞬だけモーン少佐の表情が変わった。
「その言葉をどこで?」
「例の偽シスター、テアクレスがその一員だと言っていました」
「リディプシス、かあ。おそらく組織名なんだろうけど、僕の知っている中にはそんな名前の組織は無いなあ」
いつもの掴み所のない表情で少佐は言う。ただ、俺にはさっきの表情が気になった。ほんの一瞬だけだったが、あれは何か知っている人間の態度じゃないか? 俺に知られたくないのか、もしくは知って欲しくないのか。
ま、イザベラの言う通り俺も今は一般人だしな、どちらにせよここで聞き出すのは無理だろう。
「少佐、情報ありがとうございます」
「君たちも負傷しているだろう、使っていた部屋はそのままにしてあるから休みなさい」
「はい、そうさせていただきます」
少佐に一礼し、俺たちは部屋に戻った。
そう言えばサフィーアとトウガが入れ替わってる事を聞かれなかったな。変な気を使わせてしまったかもしれない。
とにかく今は休もう。傷の手当てもしなきゃならないからな。
「――で、さっきの話の続きや。なんや一週間て」
部屋でそれぞれの手当てをしている間、トウガが再び問いかけてきた。
そうだな……、せっかくだし話しておくか。
「昨日、お前に訳あって秘宝を探しているって言っただろ」
「ああ、言うたな」
それから俺はスピネラスに呪われ、資産と寿命が連動している事を伝えた。
この時代に信じられないような話だったが、意外にもトウガはすんなりと受け入れたようだ。思ったより柔軟なやつなんだな。
「ほお、そりゃすごいな。ほんならカネさえあれば不老不死っちゅうワケか」
「なるほど、どういう考えもできるな。……だがあいにくカネは無いし、頼みの綱だった金貨もサフィーアの傷を治すのに全て使ってしまった。それであと一週間というわけだ」
自分で言っていてなんだがかなり絶望的な状況だな。なにせそのスピネラスがサフィーアごといないんだ、探しに行くにしても高速で自在に飛び回る相手を当ても無いのに一週間で探せるわけがない。……もはや手の打ちようがない。
「ちょっとー! ドルフくんはそれでいいワケ⁉」
プリルマが語気を強めて言った。
「まだ一週間あるじゃん! 一緒に大道芸でもやろうよ、なんならアタシが稼いであげてもいいし!」
「……ムダだろう、スピネラスが価値を認めたものしか供物にはならない。あいつにとって連邦の通貨は面白くないそうだ」
「それでも一週間を二週間にするくらいは――」
プリルマの言葉の途中で肩にガッと衝撃が走った。
と言っても大したことじゃなく、トウガが肩を組んできたのだ。
「ほんなら、価値ありそうなモンならええんやろ?」
「トウガ?」
「あるで、お手頃なお仕事がな。ちょっとした粉ぁ運ぶだけでカネになる仕事や、なんならそれ自体をもらって供物とやらにしたらエエんちゃうか」
「おいおい、それってヤバい仕事じゃないだろうな。いくらカネを稼ぐためでも他人を破滅させるような事はできんぞ」
「死にかけとる男のセリフとは思えんな。それに破滅どころか気持ち良くするためのモンやで、なーんも気にする事なんかない。……お前がそないに諦めの早い男とは思えんのやけどな。せやろ?」
トウガの人相で言うと危険な臭いが半端ない。
しかし、「あきらめが早い」か……。言われてみればそうかもしれない。俺とした事が弱気になっていた、いいぜ、あがいてやろうじゃないか。
「でもそれって本当に――」
「いけません!」
部屋の扉が勢いよく開いた。それと同時に部屋に怒鳴り込んできたのはイザベラだった。
「何を怪しい話をしているのですか! あなたたちまとめて拘束しますよ!」
うーん、どこから聞いていたんだろう。
ちょっと誤解がありそうだ。いやもしかしたら誤解じゃないかもしれないけど。
「おっ、ちょうどエエわ」
「なっ……、なんです貴方は!」
「姉ちゃん軍のヒトやろ? ちょっと車貸して欲しいんやけどな」
「バカな事を言うな! 誰が貴様などに!」
「まあエエからエエから。ほなニックのオッサンのとこに行こか」
「ちょ、待ちなさ――」
どうしようか考えている間にトウガがイザベラを連れて行ってしまった。
なんだ、やっぱり少佐と知り合いだったんじゃないか。食えない人だ。
***
「なぜ私がこんな事を……」
運転席でイザベラがぼやいた。
現在俺たちはトウガの誘いに乗り、ついでに軍が用意してくれた車に乗って移動しているところだ。
「それにしても、本当に少佐が車を貸してくれるとは思わなかったな」
「あのオッサンそういうトコあるんや。運転手付きで気前エエやろ?」
「誰が運転手だ! 私はあくまで貴様たちの監視役、それを忘れるな!」
まあまあイザベラ、そう怒らないで。
車を借りられたのはいいんだが誰も運転できないんだから仕方ないだろ。
「ドルフ、貴様がちゃんと車両を扱えていればこんな事には……」
「いやすまない、俺は馬の方が相性良かったんだ。あの頃はまだ乗り心地も悪かったからな」
「……連邦の技術は日進月歩、そのうち民間でも自動式車両が使われるようになるでしょう。軍を辞めて知識が停滞しているのではないですか?」
いやごもっともで。
しかし本当に便利なものだ、整えられた街道なら馬よりも早く安定して走っていける。サフィーアがいれば大はしゃぎしていただろうな。
まあ、すでにはしゃいでいる奴はいるんだが。
「車もいいよねぇ、何か芸に使えないかな? でもアタシとしてはもっとハデさが欲しいんだよねえ。ねえイザベラちゃん、ちっと止めてくんない? パパっと車体をカラフルにして排気口にラッパ取り付けちゃうからさ!」
「絶対にお断りします。それから私をちゃん付けで呼ばないでください!」
「えー、バナナとブーメランみたいな形の石あげるからぁ」
こらプリルマ、運転の邪魔をしない。どう違うんだよその二つは。
あとそういう改造は自分の車を手に入れてからやってくれ。俺は乗らないから。
などと賑やかな車内のままドライブは続き、それからしばらくして。
「お、見えてきたで。目的地のババンシティや」
窓から身を乗り出しトウガが言った。
「あそこが……目的地?」
視線の先には確かに街らしき光景がある。しかし立ち昇る多くの煙のためその全容はよくわからなかった。
あれって大丈夫なのか? この街に何があるというのだろうか、ちょっと不安になってきた。




