17 再生と降臨 その4
サフィーアの体が床に崩れ落ちた。
シスターはそんなサフィーアの頭を掴み、目を覗き込みながらなおも責め立てる。
「どうしました? 聞こえていますか? あなたの巫女が危険ですよ? なぜ答えないのです? なぜ私たちに協力しないのです?」
大粒の涙を流しながらサフィーアを見ているようで見ていないその目、そしてその問いかけはどこか遠くへと投げかけられたものに感じた。
――いや、今はそんな事はどうだっていい。何してくれてんだテメェ!
我を忘れ駆け出そうとした瞬間、一筋のナイフが空を裂きシスターの顔面めがけて飛ぶ。
刺さる直前、惜しくもシスターはナイフを弾き落とすが、その反動でサフィーアから手を離した。
「知ってるぅ? 道化師のナイフは決して人を傷付けないの。でもぉ、アンタはフツーじゃなさそうだし、遠慮なんかしなくたってイイよね!」
ナイフの出所はプリルマだ。両手に三本ずつナイフを持ち、独特の構えで道化師はシスターを睨みつける。
続き、シスターへと飛び掛かる者があった。
「よお、また会ったな。オレの前に現れたっちゅう事は、死ぬ覚悟ができとるんやろな!」
トウガだ。自慢のカタナを振りかざしシスターへと斬りかかった。
その一撃はシスターの服の下から現れた巨大な骨のようなものに阻まれたが、トウガは全く怯むことなく攻め続けている。トウガのやつ、まだ傷も癒えていないはずなのに凄まじい気迫だ。
……二人ともすまない、おかげで少し冷静になれた。そっちは任せたぞ、俺はサフィーアを助ける!
伸ばした鎖でそっと抱え上げるイメージだ。フワッと優しく、それでいて確実に、素早く。俺はサフィーアの体を鎖で包み引き寄せる。呪いの鎖がこの時ばかりはサフィーアの言う通り神の鎖に思えた。俺は引き寄せたサフィーアの体をこの腕でしっかりと抱き止めた。
「あーあ、悲しいくらい面倒くさいですね」
サフィーアを奪われたシスターが無機質に言った。
「まあいいですよ。最悪の場合は殺しても良いとの事ですので、悲しいですけど面倒だからみんな殺してしまいましょうそうしましょう」
ただ言葉通り頭にはきているらしい、どこからともなく動くガイコツたちが姿を現した。やっぱり動く死体はこいつの仕業だったんだな。
「最後の思い出に名乗ってあげます。私はリディプシスがひとりテアクレス。覚えなくていいですよ、どうせ悲しく死ぬのですから」
偽シスターことテアクレスが手下のガイコツたちと襲い掛かってくる。
プリルマ、そしてトウガがガイコツの群れとテアクレスを同時に相手してくれているが数が多い。ガイコツたちは叩いても砕いても次から次へと湧いて出るし、何よりテアクレス自身がかなり手強いようだ。本来戦闘員でないはずのプリルマと手負いのトウガがどのくらいもつかわからない、今のうちにサフィーアを何とかしなければ。
「……!」
サフィーアの容態を確認する。
……意識は無いがかろうじて息はある、急所は外れていたようだ。だがやはり傷が深い、出血も続いている。応急処置をしたとしても早急に本格的な治療が必要だ。
街までどれくらいかかる? いや、そもそも街も混乱していた、辿り着いたとしても医者に診せられるかどうかすらわからない。
くそっ……、こんな時に魔法が使えれば……!
「……スピネラス!」
無意識にその名を口にしていた。
「聞こえているのかスピネラス! 答えろ!」
(なんだ、騒々しい)
すると、頭の中に声が響いてきた。いつものあの声が。
「聞こえてたのか⁉ サフィーアが重症なんだ!」
(へえ、そりゃあ大変だな)
だが、帰ってきた返事は予想と違うものだった。
「大変だなって……お前の巫女だろ!」
(違うな。神託の姫巫女は代々オレ様に仕えてはいるが、その身は王のものだ。つまり、この場合はお前だな。オレ様にしてみれば、今の巫女が死んだとしても次の巫女を任ずればいいだけの事なんだよ)
「何だと……」
こいつ、それでも神なのかよ。
このままでは埒が明かない、こうなればどうあっても魔法を使わせてやる。
「ならスピネラス、俺の願いだ。サフィーアを助けてくれ」
(ほう、姫巫女を通さず神に直接願うか?)
「文句があるのか? どうせ代償を払わせるのは同じなんだろう」
(クハハッ、違いないな。だが払えるかな? 代償は……金貨七枚だ)
「!」
金貨七枚、それは今持っている全てを差し出せという事か。
呪いによって俺の寿命は資産と連動している。他には多少の路銀しかない俺にとって、残りの金貨を失う事はほとんど死を意味しているのかもしれない。
しかし、俺に迷いは無かった。
「それでいい、頼む」
はっきりとそう言い切った。
目の前で誰かが死ぬ、それ以上に耐えられない事などない。……もう、嫌なんだ。
「いいだろう、その願い叶えてやる」
声が聞こえた。頭に直接響く声ではなく、耳から聞こえた声として。
サフィーアが目を見開き俺を見ていた。それは俺の腕の中で横たわるサフィーアの口から発せられた声、しかしサフィーアのものではない。
サフィーアの体がフワリと浮き上がり、俺の手から離れた。
願い通りに傷がみるみるうちに塞がっていく。いやそれだけじゃない、解けた髪の上には大きく歪な黒い角、背中には翼、更には先の尖った尻尾まで生えて、手足の先なんか毛皮に覆われて獣っぽくなっている。
「いやなんでだよ!」
思わず叫んでしまった。
だって助けてくれとは言ったけどデビリッシュにしてくれとは言ってないぞ!
「ふうぅ、久々の外の空気はいいもんだな~」
サフィーアが背伸びをしながら言った。
いや違うな、その声……スピネラスか⁉
「おい……、これはどう言う事だよ」
呼びかけると推定スピネラスはジロリとこちらに目を向けた。顔はサフィーアそのものだが明らかに雰囲気は異なる。
そしてスピネラスは腕を組み口を開いた。
「あん? そうだな、オレ様の声はその気になれば誰でも聞けるが、それ以上の事は神託の姫巫女に選ばれた者でなければ難しいってワケだ。神と繋がるとはこういう事なんだよ」
「そうじゃない、どうしてサフィーアの体を使ってるんだ⁉」
「ああ、そっちか。助けろと言ったのはお前だろう、オレ様が憑依した方が手っ取り早かったんだよ。外にも出たかったしな」
「外?」
外とはどういう意味だろうか。
そう言えば、最初に会った時や夢で会った時に真っ暗な空間に放り込まれたけど、あそこは奇妙な閉塞感のある場所だった。あれに対しての外なのだろうか、だとすればスピネラスは望んであの場所にいるわけではないのか?
「あ、やばい。ホコリっぽいからくしゃみ出そう」
聞こうとしたら鼻をムズムズと動かしてこちらを見ていない。サフィーアの体で変な事しないでくれるかな。
「おいドルフ、ちょっとくしゃみが出そうだ。あっちを向いてするけどオレ様の前にいたらどうなっても知らんぜ?」
そう言ってスピネラスは背を向けた。
向いた方向ではプリルマたちがテアクレスと戦っている。
「知らんぜって、あっちにはプリルマたちが……」
「ふえっ……ふえっ……」
あ、ダメだ。もうなんか今にも出そうになってる。
たかがくしゃみ、されどくしゃみ。なんせ神がどうなっても知らんとか警告しているんだ、はっきり言って悪い予感しかない!
「ぷ……プリルマ! トウガ! こっちに来い、今すぐに!」
言ってはみたものの、こっちも大変な事になっている。
いつの間にかガイコツが合体したのかでっかくなっているし、そのでっかい手に二人ともガッチリ掴まれちゃってるじゃないか。
こうなったらイチかバチかだ!
「プリルマ! バナナだ!」
まずはそう叫ぶ。頼むから意図を察してくれ。
俺の鎖について分かった事がもうひとつ、それは鎖の先端を何かに「繋げる」って事だ。なにせ鎖だからな。
近くにあった大きく長めのオブジェに鎖を繋ぎ、でっかいガイコツの頭を目掛けて思いきりぶん投げる。ちょうど投擲用のハンマーのように命中した鎖はガイコツを大きくのけぞらせた。しかしまだ握った手を開かせるほどではない。
「バナナは品切れだけど、そんな時はアワアワバブルスペシャルで決まり!」
ここでプリルマがどこからか大量の細かい泡を吹き出し、自分とトウガにぶちまけた。ついでに飛び出した固形石鹸がトウガの頭に当たったりしている。
いいぞ、意図が通じている! たぶん! それにしても色々仕込んでるんだな!
「二人とも掴まれ!」
さっき投げたオブジェ付きの鎖を一気に引き戻す。泡の滑りでガイコツのグリップが弱くなった隙を突き、二人を一本釣りしようって作戦だ。
結果はつるんと大成功、見事に抜け出した二人ごと可能な限りの速さで鎖を巻き上げた。
そして全員がスピネラスの後ろに滑り込んだ次の瞬間――
「へくちっ」
スピネラスが小さくくしゃみをした。サフィーアの体だからだろうか、くしゃみ自体はかわいいものだった。
だが……起こった事象は微塵もかわいくなんかない。
前に出るなと言った理由が身に染みてわかった。一瞬の衝撃波で目がくらんだその後にゆっくり目を開くと……スピネラスの前方にあったものが無い。屋敷も、森も、もちろんガイコツたちも、世界からえぐり取られたようにきれいさっぱり消し飛んでしまっている。
「あー、すっきりした」
……二発目が無くて何よりだ。
職務上、爆薬や大砲なんかを扱う事はあったがこれはそんなものの比ではない。たかがくしゃみひとつでこの破壊力、神という存在がどういうものか思い知らされる。
「ほわぁ、これはびっくりぃ~」
「オレの屋敷が……」
プリルマたちも呆気に取られている。トウガに関しては家が大変だ、まあすでにボロボロではあったんだけどな。
……テアクレスはどうなったのだろうか。ガイコツと一緒に消し飛んだのならそれでもいいが、不思議とそんな気はしない。また出会いそうな気がする、直感だけどな。
そうでなくとも確かリディプシスがひとりとか言っていた、言い方からして組織なのだろう。あんなのが他にも複数いるっていうのか? できたら会いたくはない。
ふと、以前にモニカの誘拐騒ぎの時に出会った黒服の少女を思い出した。異常に伸びる腕、触れただけで物質や空間に穴を開ける異能、……まさかな。
まあいい、今は推測していても仕方がない。
「プリルマ、トウガ、大事ないか?」
仲間たちに駆け寄り無事を確かめ合った。
「ちょーっと手ごわかったけど、まあ問題ナッシング!」
「二人とも助かったよ、ありがとう」
「別にお前のためにやったワケやない。むしろヌルヌルにされるわ家壊されるわ、オレに恨みでもあるんか?」
トウガはこんな調子だったけどな。
「それよりその嬢ちゃんどないしたんや。ちょっと見かけただけやけど、そんなんやったか?」
そしてサフィーア、というかスピネラスの事を気にしている。
俺もそう思う。だって角と翼と尻尾が生えてるし、何なら宙に浮いているからな。
そんな様子を察してか、スピネラスは二人に向かい軽快に口を開いた。
「クハハッ、お前達は初めましてだったな。オレ様はスピネラス、とっても凄くて偉い神様だ。今は巫女の体を借りている状態だが遠慮なく崇め奉れ、良い事あるかもしれんぞ」
態度も相変わらず、尊大なんだか気さくなんだかわからない奴だ。
「ほへぇ、これがサフィーアちゃんの言ってた神様なんだねえ……」
「何言うてんねんこのガキ。……と言いたいとこやけど、あんなモン見せられたら信じざるを得んな」
二人とも受け入れている。気をつけろよ、パワーはさっき見た通りだし、すぐに人を呪ったり巫女を見捨てようとしたりするような奴だからな。そのせいで俺も秘宝集めにあちこち行かされて……。
あれ、そう言えばさっきサフィーアが見せようとしていた秘宝はどこ行った?
「スピネラス、ここにあった秘宝はどうしたんだ? まさか……巻き込んでないよな」
「んん? 心配するな、ちゃんとオレ様が回収しておいた。これで三つめだな」
そうか、それなら良かった。こいつの事だから秘宝を壊したのでペナルティーとか言いかねないからな。
「ただ、ちょっと妙な感じだ」
スピネラスが首をかしげた。
「妙? 何がだ?」
「さっきのあの女、テアクレスとか言ったか。あいつからも秘宝の気配を感じた」
「秘宝だって? でも俺のメダルには何も……」
「秘宝は秘宝だがかなり変質している。そもそも秘宝とは物質という形でオレ様の祝福を分け与えたもの、製作者である偉大なオレ様だから気付けたようなものだ」
思い出してみれば、テアクレスは秘宝の事を知っているようだった。もしかすると俺たちみたいに秘宝を探しているのだろうか。何のためかはわからないが、秘宝に手を加えて利用する術を持っているのかもしれない。だとすると厄介な相手になりそうだ。
そして、それ以上に確かめておかねばならない事がある。
「スピネラス、あの女はお前の事を知っているようだったぞ。あの呼びかけはお前に対してのものじゃないのか?」
テアクレスがサフィーアに投げかけていた問い。あれはどう見てもその先にいる者、つまりはスピネラスに宛てたものだったのではないか? 連中は秘宝だけでなく、実在する神の事まで知っていたのではないのか。
「神様なんだろう、リディプシスとかいう連中について何か知らないのか?」
「知らんな。知らんし、興味もない。あ、でもオレ様の秘宝をいじってやがるのか……んん」
スピネラスは少し悩み、そして――
「まあいいや、久々の外だし遊びに行ってこよう」
色々と投げ出しやがった。
「ちょっと待てよ、どこに行くんだ⁉」
「言っただろ、遊びに行くんだよ。……おっと、その前にお前が一番知りたがっている事を教えておいてやろう」
「俺が、一番知りたがっている事?」
「長くて一週間。そんじゃ、行ってくるぜ~」
「え、ちょ……!」
楽しそうに微笑んだ顔が爽やかだったのはサフィーアの姿だったからだろうか。
俺の呼びかけも空しく、スピネラスは一瞬でどこかへ飛び去ってしまった。
「一週間……」
その言葉が重くのしかかる。言うなれば神に下された死刑判決か。
登っていく朝日の中、俺はただ虚空を見上げていた。




