15 再生と降臨 その2
今日一日の疲れを癒すべく宿へと向かう。ただし宿屋は軍の貸し切りなので俺たちは教会に間借りするんだけどな。
さて、ここがその教会か。モーン少佐が話をつけてくれているらしいので遠慮なくお邪魔するとしよう。
「ごめんください」
そこそこ広い教会だ、俺たちが泊れるくらいの部屋はありそうだな。
さて、少佐が話をしてくれているらしいが黙って入るわけにもいかないだろう。誰かいないか周囲に目を配った。
「……」
おや、サフィーアが教会の女神像をじっと見つめている。
「どうかしたか? あ、もしかしてスピネラスの姫巫女としてはこういう場所はダメだった?」
「そんな事はありません、スピネラス神は何も禁じてはおられませんよ」
……そうか、良かった。これでダメですとか言われたらサフィーアだけ外ってわけにもいかないからな、やっぱり野宿になるかと思ったよ。
「ただ、こちらにも神が在られるのかと思いまして」
「ああ……、エメリア連邦の国教になってるやつだな。確か……、ルゾン帝国とかいう国が女神ジルカーナの加護を受けて乱世を統一した。その国が元になって今の連邦ができたって話だったような」
「ルゾン……ジルカーナ……。何でしょう、聞き覚えがあるような無いような。よく思い出せません」
「俺も信心深くは無いからな、どこか間違ってるかもしれない。それに、スピネラスと違って本当にいるわけじゃないだろうからな」
「いいえ、女神ジルカーナは本当に存在しますよ。ああっ、悲しい……」
うわっ、誰だ⁉ びっくりしたなあ。
いつの間にかすぐ横に若い女が立っていた。格好からしてここのシスターかな? 美人だけどちょっと幸薄そうな感じがする。いきなり涙目で目頭をハンカチで押さえてるし、街が軍人だらけで疲れているのだろうか。
「あ、ここの方ですか? 俺たち泊る所を探していまして」
「はい、伺っておりますよ。悲しいかな貧しい教会ですからお泊めする事しかできませんが、それでよろしければ奥の部屋をお使いください。うう、シクシク……」
「いやいや十分ですよ、助かります」
そんなに卑下しなくてもいいのに。
でもちゃんと話は通ってたようだ、少佐に感謝だな。
「ところで、天井を虫のように這いまわっている方はお連れですか?」
「え?」
言われて見上げると……プリルマがいた。凄いなシスター、あれに気付くなんて。
「おまっ……何やってんだ、降りてこい!」
「ひょえ、見つかったのじゃ」
見つかったのじゃ、じゃねえよ。
お前なあ、こんな時にまで何やってるんだ。そう言えばルイスの屋敷でも天井に張り付いてたし、趣味なのか?
「すいません、変なもの見せちゃって。申し遅れました、俺はドルフ、連れのサフィーアとプリルマです」
「あら……」
どうした事か、シスターは俺の自己紹介など耳に入っていない様子でスッとサフィーアに近付いた。その目は真っ直ぐにサフィーアの目を見つめている。
「綺麗な目、まるで宝石のよう。神さえも魅了してしまいそう」
「え? あ、ありがとうございます……?」
「あなたは悲しくない? 孤独を感じてはいない? 大切な誰かに会いたいとは思わない?」
「ええ、ええと……」
何か妙な雰囲気だな。サフィーアも困っているようだし、俺は二人の間に割って入った。
「シスター、すいません。今日は疲れているのでもう休ませてもらいます」
「あら……これは失礼しました。ごめんなさい、おかしな事を言ってしまって。どうぞごゆっくり」
……行ってしまった。ああいうプライベートな事に突っ込んでくるのは職業柄なのかね?
「あのシスター、変な奴ぅ~」
プリルマがポツリとつぶやいた。
「天井に張り付いてたやつがよく言うぜ」
「いやいや、気配を消していたのに見つかったのが驚きなんですよダンナ」
なんで気配消してるんだよ、たまたまその派手な格好が目に入ったんだろ。いいからさっさと部屋へ行くぞ。
使っていいと言われた奥の部屋、確かに少しみすぼらしかったがベッドは二つある。おそらく来客用の部屋なのだろう。
「ベッド二つってのは有難いな」
「そうだねぇ。てわけでサフィーアちゃん、一緒に寝よう?」
「ああ……、わたくしまた抱き枕にされてしまうのですね……」
まあ嫌じゃなきゃそうなるな。
そうしてくれると俺も床で寝る必要がないから助かるんだ。
――すっかり夜も更けた闇の中、俺の頭の中には様々な思考が巡っていた。
モーン少佐の言っていたトウガとかいうギャング、おそらくこいつが目的の相手で間違いないだろう。小規模とはいえわざわざ軍が出向くほどの事態、その豹変ぶりはやはり秘宝の力なのだろうか。
それと、女神ジルカーナの事も気になった。軍でも信仰しているやつは多かった、なにせ国教だしな。俺は神サマなんか信じちゃいなかったけど、なんだかジルカーナも本当にいるような気がしてきたんだ。シスターは聖職者だからそう言うに決まっている、だからその言葉を信じたわけではない。一番の理由はスピネラスとかいう神サマが実在してるって事だな、俺に呪いをかけるくらい身近に。
そういえば、前にスピネラスが「あいつのやりそうな事」とか言ってたっけ。その「あいつ」ってのがもしかしたら――
……ふう、ちょっと考えすぎたな。こんな夜は決まってロクな事がない。
例えば、夜中に人の寝室に忍び込むやつがいるとかな!
ドガッ!
俺は布団を跳ね除け、ベッドへ近付こうとしていた不審者を思いきり蹴飛ばした。不審者はドアの方向へと勢いよく倒れ、気を失ったのかそのまま動かなくなった。
ふん、プリルマ以外にもこんなマネをする奴がいるとは驚きだ。どれ、どんなやつか顔を拝んでやる。
そう思い、灯りで照らし出した不審者の姿をみてぎょっとした。知らない男だ、だがそれ以前に体の損傷がひどい。ひどいというか……これはもう死体の域じゃないか。俺の蹴りでこうなったわけじゃないぞ。
「ど、ドルフ様⁉ ……ひゃっ!」
「おんや、これまたひどい絵面だね」
サフィーアとプリルマも目を覚ましたようだ。それと同時に外の様子がおかしい事にも気が付いた。ここにいるのはマズい、直感がそう知らせている。
「二人とも起きたな、ここを出るぞ」
まだ状況の飲み込めていないサフィーアたちを連れ教会の外へと飛び出すと、案の定周辺で騒ぎが起こっていた。
これは……暴動? いや、襲撃か? 暗くてよくわからないが多数の人影が暴れているようにも見える。それに発砲音、軍が応戦してるのか?
そのうちにドンという炸裂音と共にいくつかの建物から火の手が上がった。おいおい、本格的にヤバくなってきたぞ。流れ弾にでも当たったら大変だ、すぐにでも街から離れなければ。
「みなさん、ご無事ですか」
声に振り返ると、そこにはランタンを持ったシスターの姿があった。
「シスター、そちらも無事で。一体何があったんですか」
「死者が蘇り、生者を襲っているのです。ああっ、恐ろしくも悲しい……」
……そんなバカな、物語じゃあるまいし。なんて言いたいところだが、今さら物語みたいな事をあり得ないなんて言えないんだよな。実際に部屋にゾンビっぽいのが入ってきてたし。
「とにかく、みなさんは安全な所に避難してください。私はトウガの屋敷へ向かいます」
おっと、ここで驚きの発言が飛び出した。
「なんですって?」
「軍が対応していますが元を絶たねばなりません。悲しいかな、この騒ぎはトウガの仕業でしょう。であれば私が神の名において止めてみせます」
「夜だし相手はギャングだ、危険すぎる」
「ご心配なく、こう見えて心得もあります」
と言われてもな。
……仕方がない、トウガに用があるのは俺も同じなんだ。
「では我々も同行します」
「よろしいのですか? ううっ、涙が……。助力に感謝いたします」
「俺たちも行く予定だったので。案内を頼みますよ」
その方が安全だろう。俺がその屋敷の場所を知らないってのもあるけどね。
シスターも了承してくれた、ちょいと急な予定変更だが行くとするか。




