11 武器を求めて その3
しばらく歩くと街の外れに辿り着いた。
いかにもといった感じの年季の入った工房が見える。他と違ってスイーツの気配はない。
自分で言っておいてなんだがスイーツの気配ってなんだ? まあとにかく、ここはまだ鍛冶屋をやっているようだな。
入口は……ここか、さて誰かいればいいが。
「菓子など売らんぞぉおおお!」
「オアーッ⁉」
ごめんくださいと言う間すらなく、入り口の扉に手をかけた瞬間に爆音で吹き飛ばされてしまった。いや、怒鳴り付けられたのか。尻餅ついちゃったよ。
「あたた……。何の話だよ爺さん、俺は武器が欲しいんだ」
「おや、なんだ客だったか」
武器を買いに来た客だとわかると、息巻いていた工房の老人は落ち着きを取り戻した。
「すまんな。街の連中が儂にも菓子を売ったらどうだなどと勧めてくるものだからつい、な」
「……ちょっと、怖い感じのお人ですね」
さっきの怒鳴り声のせいだろう、サフィーアが少し怖がっているようだ。それに気付いたらしい老人がサフィーアに向け豪快な笑顔を見せた。
「ガハハ、安心しろ嬢ちゃん。儂は武器を買いに来た客なら歓迎するぞ、カネ払いの良い上客は特にな!」
「だとさ。それで爺さん、何を扱ってるんだ? 銃があると助かるんだが」
「銃? 銃か……、うーむ」
何か考え込んでいる。やはり銃の調達は難しかったか?
「銃が難しいなら剣でもいい。良さそうなのを見せてくれ」
「剣? 剣か……、うーむ」
また何か考え込んでいる。おいおい、ここ鍛冶屋だよな。
「実はこのところ材料が手に入らなくてな、武具とか全然作ってないんだ」
「もう素直に菓子売ってろよ!」
ここもダメか……。まさか武器が手に入らないとは、いっそ金槌でも持ち歩こうかな。
そう思い背を向け帰ろうとした時、老人がひとつの提案を持ち掛けてきた。
「まあ待て。お前さん、材料を持って来てくれたら武器をくれてやるぞ。剣でも銃でもな」
「鉱山がダメになったって聞いたが」
「その鉱山の奥に取り置いておいた鉱石があるはずだ。隠し場所を教えるから、どうだ?」
「む……」
どうにも不安しかないが、上手くすればタダで銃が手に入るかもしれない。ここで俺に断るという選択肢は無かった。
「……で、ここがその鉱山か」
善は急げ、時は金なり。そうと決まれば早い方が良いと、俺はさっそく鉱山までやってきた。
昼間だというのに周囲に人の気配はない。まるで廃鉱山だな。
「こういう場所に単独で入るのは危険だが……仕方ないか」
「いざという時は魔法で脱出しますね!」
「そうならないように努力するよ」
本当にな。中で死ぬか、脱出して寿命で死ぬかなんて事にはなりたくないんだよ。
鉱山の内部は照明がまだ生きていた、とりあえず暗闇の中を迷わずに済むな。
ただ、そこには鉱山特有の臭いはなく、甘ったるい菓子の香りが漂う異様な空間と化していた。
「うわ、本当に菓子が生えてるぞ」
ケーキにドーナツ、キャンディーなどなど。壁から床から天井から、様々な場所から様々な菓子が当たり前のように生えている。どれも本物だ、とても口に入れる気にはならないが。
あの店員が狂っていたわけではなかったのだ、恐ろしい事にな。そっちの方がいくらかマシだったかもしれないよ。
それで、だ。こうなった原因に心当たりがある。
「これ、やっぱり秘宝のせいか?」
「どうなんでしょう。スピネラス神からは何も」
メダルも特に反応は無い。まあいいさ、奥まで行けばわかるだろう。
引き続き奥を目指す。俺にとっては狂気の光景だけど、サフィーアはそれなりに楽しそうだった。ある意味では羨ましい。
「うふふ、お菓子がいっぱいですねえ。揚げ団子はないのでしょうか?」
「あっても食べるんじゃないぞ。……揚げ団子って前に言ってたやつか、本当に好きなんだな」
「はい、よく食べ過ぎてお母様に怒られていました! ドルフ様はどのようなお菓子がお好みなのですか?」
「俺か? 俺は貧民街の出だからな、菓子なんて食った事なかったよ」
「……も、申し訳ありません。あ、そうだ。今からでも遅くありませんよ、どうぞお召し上がりくださいな」
ケーキを差し出してくれるのは嬉しいけど、それそこで拾ったやつだろ。
「いいって、気にするな。だいたい俺は甘い物が好きじゃないんだ」
「そうなのですか? 人生の半分は損していると思いますよ」
うーん、謝った時の気持ちを秒で忘れないで欲しかったかな。
「ところでドルフ様、わたくし大発見をしてしまいました」
「大発見?」
「こちらです!」
ジャジャーンという音が聞こえてきそうな様子で、サフィーアは近くにあった箱を自慢そうに見せつけてきた。
「先ほどから金属の道を見かけるのでもしやと思いましたがやはりです。ここには列車の幼体がいる、すなわち列車はここで生まれるんですね!」
「……えっと。サフィーア、それはトロッコと言ってだな」
鉱山ではお馴染み、重い鉱石なんかを運ぶための車輪付きの箱。その名をトロッコ。
ちゃんと説明してやると、自慢げだったサフィーアの表情がだんだんと変化していった。笑っちゃ悪いがちょっと面白いくらいにな。
「……そ、そうだったのですか。……お恥ずかしい」
「ははは。まあ列車は生き物じゃないからな」
「プリルマさんが列車は卵で生まれると言っていたので勘違いしてしまいました」
あのアホ、何を教えてやがるんだ。
それはそうと、トロッコもしばらく使われた形跡がない。本当に今は採れないんだな。教えてもらった隠し場所はもっと奥だけど、本当に残っているのか心配になってきた。
「……ん?」
更に奥へと進む途中、ふと足を止める。サフィーアにもハンドサインを出しその場に止まらせた。声を出さないよう静かに呼びよせてから壁沿いに奥の様子を伺う。
気配がする、誰かいるな。この状況で中にいるやつってどういう事情だ?
物語なら怪物が出るところかもしれないが現実的に考えられる可能性としては……諦めずに鉱石を探しているやつ、大のスイーツ好き、俺と同じ荷物を狙っているやつ、ってとこかな。
いや変な選択肢があったな、それは考えから外そう。それで、前者だったら別にいいけど後者だったらライバルだ、というか泥棒だな。
危険な連中の可能性もある。俺はそっとホルスターに手を……って、だから銃がないからこんな所まで来てるんだって! うわやべ、よく考えりゃ変な鎖以外丸腰じゃないか。
マズいな、こんな所で戦闘にでもなったら――
「御仁、どうかされたのですかな?」
「オアーッ⁉」
慎重になっている所に知らん奴からいきなり話しかけられた。
ち、近付く気配を全く感じなかったぞ、心臓が飛び出すかと思った。
話しかけてきたのは長身で細身の、少しくたびれた感じのする男だった。
……あれ? この男、どこかで見たような。
「あ、思い出した。腕相撲で優勝してたオッサンだ」
「そう言う貴殿は一回戦で小生に敗退した御仁ですな」
ぐっ、覚えてやがったか。
ああ、腕にあの感覚が思い出される。こいつ、この細身でとんでもない怪力なんだよな。
「それと、オッサンではございません。小生はバングリエと申します」
「ああ、失礼した。俺はドルフだ。こっちは連れのサフィーア」
紹介を受けサフィーアが頭を下げた。
「サフィーアです、初めまして」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります」
対するバングリエはまさに紳士といった返しだ、なんだか小難しそうな男だな。
「えっと、バングリエさん?」
「呼び捨てで構いません。仲間からもバングルなど好きに呼ばれておりますゆえ」
「そうかい? じゃあバングリエ、こんな所で何をやってたんだ?」
そう、第一印象で気になったのはそれだ。なにせこの男、貴族のような鉱山には似つかわしくない格好をしているからな。今は菓子まみれとはいえ、いやむしろ菓子まみれだからこそか、こんな所で何をやっていたのか気にならない方がおかしいだろう。
「観察です」
で、帰ってきた答えはこれだった。
「観察?」
「ええ、観察です。小生は芸術家ゆえ」
芸術家ねえ。
よくわからんがそんな事のためにここまで来たのか? プリルマといい芸能関係の連中は理解しがたいやつが多いな。
「そう言う貴殿らは何を?」
「俺は荷物を取りに来たんだよ」
「荷物ですか。そういえばあちらの奥にそれらしい物がありました。ただ……」
「ただ、何だ?」
「いえ、見た方が早いでしょう。こちらへどうぞ」
そう言うとバングリエは奥へと歩き出した。
示した方向は鍛冶屋の爺さんから聞いていた場所と一致する、目的の荷物はそこにあるのだろう。
含みがあったのが気になるけど、今は後を付いて行くしかない。
かなり奥までやって来た。目指している先はメインの道から横に逸れた少し広くなっている場所だった。倉庫か休憩所か、まあそんな感じだ。
そしてお目当ての鉱石が入っていると思わしき箱が隅に積まれていた。こいつを持って帰ればいいんだが……なんだろうなアレ。
「わあ凄いです、大きなケーキですね」
サフィーアの言う通り、箱の上には重しをするかのようにでかいケーキが置かれていた。
多くの子供の憧れ、ホールのデコレーションケーキ。店で見かけるものの数倍はある。誰かがここでパーティーでもするつもりだったのか?
とにかくこんなものがあっては荷物を持ち出せない、さっさとどかしてしまおう。
「やれやれ、邪魔だな」
「邪魔とは何だ」
……ん?
「誰か何か言ったか?」
振り返るが、サフィーアもバングリエも首を横に振る。
他に誰もいないし気のせいだったのか?
「気のせいではない!」
「オアーッ⁉」
再びケーキをどかそうと手をかけた瞬間、他ならぬそのケーキが俺に向かって怒鳴ってきた。
俺って驚かされてばっかりだな。みんな俺の心臓に恨みでもあるのか?
いやそれよりも目の前のケーキだ。
どこが口なのかわからんがとにかく喋っている。それどころか生っぽい手足が生えて箱の上から降りてきたじゃないか。この現実をどう受け止めればいい。
「ケーキが……動いている」
「何を驚く事がある、ケーキだって動くことくらいある! それに私はケーキではない!」
「ケーキじゃなかったら何だってんだ」
「ケーキマンだ!」
「いや割とそのまんまだな!」
思わずツッコんでしまった。ケーキ相手に何をやっているんだ俺は。
「ほわぁ……、現在のケーキは喋るし歩くのですね」
「ケーキは喋らないし歩かないぞ。変な事を覚えないでくれ」
このままではサフィーアにも悪い影響を与えてしまいそうだ。早く何とかしたいがどうしたもんかな。
「おい、ケーキだかケーキマンだか知らないがその荷物に用があるんだ。ちょっとそこをどいてくれないか」
「ほう、この鉱石に用があるか。だが、断る!」
断られた。
……そうだ、良い事を思いついた。もういっそやっつけちまおう、どうせケーキだし。
「待たれよ、ドルフ殿」
近くにあった手ごろな棒を拾い上げたところでバングリエが割って入った。
なんだよ、これからそいつをショートケーキに分割しようって時に。
「ケーキという身の上でありながら喋るまでの域に達するとは、よほどの主義主張があると思われる。小生はいたく興味を引かれた、貴殿もここはひとつその志に耳を傾けてはいかがかな」
「本気で言ってる?」
俺はそこまで興味も無いし、なんなら喋るし歩くケーキと出会った記憶を消したいくらいなんだけどな。
でもこのバングリエの真剣な眼差し、……いや何を考えてるかわからない表情だけど、視線の熱さだけは感じている。おまけにサフィーアまで一緒になって視線を送ってくる始末。
ああわかったよ、聞けばいいんだろ聞けばよ!
「……それで、ケーキマン。あんたはここで何をしてるんだ、何か言いたい事があるのなら俺で良ければ話を聞くぞ」
「うむ、では語ろう」
そうしてケーキマンは語り始めた。
あるんだ主義主張~、面倒な事にならない事だけを祈っているぞ。
「人間よ、ここがどういう街か知っているか」
「鉱山と鍛冶の街だろ、だから武器を買いに来たんだよ」
「うむ。しかしここに住む人間たちはどうだ。粗暴で野蛮、暇さえあれば小競り合いだ、彼らには決定的に足りないものがある」
足りないものねえ。教養とか道徳とか言うんじゃないだろうな、ケーキごときに諭されたくないぞ。
「それは、糖分だ!」
糖分だった。まあケーキだしな。
「糖分が足りていないからそのような事態に陥るのだ。だから私はここに座し、産出される鉱石を甘味へと変えていたのだ」
「このファンシーな地獄はお前のせいかよ!」
ついに原因を見つけた。原因は秘宝じゃなかったのか……、メダルが反応してないからこの動くケーキが秘宝ってわけじゃなさそうだし。じゃあ何コレ?
まあいい、俺も我慢の限界だ、言いたい事言ってやるから覚悟しやがれ。
「おい、いい加減にしろよ! 確かに糖分は脳の栄養だが、お前の主張は見当違いもいいとこだ! 取り過ぎればむしろ悪影響だし、そもそも街全体の生活を脅かしてまでする主張か? 言いたい事があるんなら堂々とその口で皆に主張しやがれ!」
「フンッ!」
「ぐはっ⁉」
ケーキ相手に説教をぶちかましたらキレイな左フックで殴られた。右の頬が痛い、こんな事でこんな奴に殴られたの世界で俺だけだろうな。
「人間よ……私は感動した」
「は?」
予想外の事態だ。説教に激高したのかと思いきや、ケーキマンは天を仰ぐように立ち尽くし感動の涙を流している。どこが目なのかわからないが。
「君の言う通りだ、私は間違っていたらしい。こんな場所に引きこもっていないで伝えたい事をこの口で伝えれば良かったのだ。気付かせてくれて有難う、志ある若者よ」
「じゃあなんで殴ったよ? あと俺はそんなに若くもないからな」
ケーキ相手に説教をぶちかましたら感動の涙を流された。……絶対に人には話さないでおこう。
かなり疲れたが、後ろの二人はこの結果に満足そうな様子。
「素晴らしい、人間同士でもわかり合えぬというのにケーキとわかり合うとは」
「さすがですドルフ様!」
やめろ、拍手するな。恥ずかしいだろ。お願いやめて。




