第6話 男たちの土下座
「リリア殿! 頼む、戻ってきてくれ! 君がいないと国が回らないんだ!」
離宮の正門前で、泥まみれになりながら地面に這いつくばる男たち。それは、かつて元の国の執務室で私を「ただの書類専門の女」と見下し、すべての面倒な雑務を押し付けてきた元同僚の文官たちだった。
彼らの服はシワだらけで、目の下には凄まじいクマがある。どうやら私が残した「私の処理スピード基準の引き継ぎ書」と格闘し、一睡もできずにここまで馬車を飛ばしてきたらしい。
「おやおや、皆様お揃いで。ガルディア帝国の美しい離宮に、随分と汚らしい泥を持ち込んでくださるのですね」
私は極上のハーブティーが入ったカップを片手に、テラスの上から彼らを冷ややかに見下ろした。横では、メイド服姿のセリア様(元シャーロット様)が、楽しそうにクスクスと笑っている。
「頼む、リリア殿! 君が夜会で退職届を出してから、王宮の機能は完全に麻痺しているんだ! 各領地からの予算申請の読み解き方も、魔導帳簿の暗号化の解除方法も、君にしか分からない! 国王陛下も激怒されていて、僕たちの首が飛んでしまう!」
「ええ、存じておりますわ。国王陛下がシリウス前王太子を廃嫡されたことも、すべてこちらの情報部が把握しております」
私がフッと微笑むと、文官たちは希望を見出したかのように顔を上げた。
「だ、だったら話は早い! あのバカ王子はもう処分されたんだ! 君を貶める者はもう誰もいない! 今戻ってきてくれれば、以前の3倍の給与と、伯爵家の爵位を約束すると国王陛下もおっしゃっている!」
「3倍、ですか」
私はカップをソーサーに置き、わざとらしくため息をついた。
「皆様、本当に頭の構造がシンプルで羨ましい限りですわ。私が前の国でどれだけの仕事をワンオペで処理していたか、ご存知ないのですか? 他国の3倍の作業量を、あのブラックな環境でこなしていたのですよ? つまり、給与が3倍になったところで、ようやく『普通の適正価格』になっただけです」
「う、ぐっ……!」
「それに比べて、こちらのガルディア帝国は素晴らしいホワイト企業(国家)ですわ。ルシアス陛下は私に、前の国の『10倍』の基本給と、広大な領地、そして毎日定時退社ができる完全週休二日制を約束してくださいました。おまけに、有能なセリア様をはじめとする優秀な部下もたくさんつけてくださる。……そんな天国から、なぜ私がわざわざ、無能な皆様が溺れかけている泥舟に戻らなければならないのです?」
私の完璧な論破に、文官たちはぐうの音も出ずに口をパクパクとさせている。
「さあ、お引き取りください。これ以上我が国の敷地内で騒ぐようであれば、ガルディア帝国の近衛騎士団を動かして『不法侵入および国際テロ未遂』として即座に拘束いたしますわよ?」
私の後ろに控えていた帝国の重装騎士たちが、ガシャリと武器を鳴らす。その圧倒的な威圧感に、元同僚たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、這う失意のまま馬車へと転がり込んで去っていった。
「ふぅ、すっきりいたしましたわ。ゴミ掃除の後は、本命の癒やしを補給しにいきましょう」
私はセリア様と共に、庭園の奥へと移動した。そこでは、ルシアス陛下とアリア様の「初デート」が進行中のはずだ。
物陰からそっと覗くと、二人は庭園の最高級魔導観覧車の前にいた。
「ア、アリア……その、この観覧車は、上空から帝都を一望できるんだ。……私と一緒に、乗ってくれないか?」
ルシアス陛下は顔を少し赤くしながら、差し出した手がかすかに震えている。大陸最強の皇帝が、好きな女の子の前でここまでヘタレになるなんて、本当に尊い。
「はい……! ルシアス陛下と一緒なら、どこへでも……っ」
アリア様もドレスの裾をきゅっと握りしめ、上目遣いで陛下を見つめている。
二人がゆっくりと観覧車のゴンドラへと乗り込み、扉が閉まった。ゆっくりと上昇していくゴンドラ。外からは見えない魔法がかけられているが、私の特製魔導双眼鏡の前では無意味だ。
上空数百メートル。帝都の美しい街並みが夕日に染まる中、ルシアス陛下がついにアリア様の手を包み込むように握り、真剣な目で告白の続きを紡いでいる。アリア様は嬉しそうに涙を浮かべ、何度も何度も首を縦に振っていた。
「ああ……完璧ですわ。糖度が限界突破しています。私のプロデュースは大成功ですね」
特等席で胸をときめかせる私に、セリア様が苦笑しながら声をかけてきた。
「リリア補佐官、デートの成功を祝いたいところだけど……さっき逃げ帰った文官たちの後ろで、元の国の『国王自身』が、こちらの国境へ向けて秘密裏に親征の準備を始めたという情報が入ったわ」
「え……? 国王自らが?」
「ええ。結界が消えた我が国はもう保たない、ならばガルディア帝国に戦争を仕掛けてでも、聖女アリアを力ずくで奪い返す、と正気を失いかけているみたい。数日中に、我が国の国境へ軍勢が押し寄せるわよ」
おバカな王子が廃嫡されても、やはりあの国は根腐れしていたらしい。
推しの幸せな恋愛を邪魔しようとするならば、相手が国王だろうと容赦はしない。私は冷徹な笑みを浮かべ、手帳に新たな『国家解体計画』を書き込み始めた。
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