第4話 忍び寄る暗殺者
「特級暗殺者、ですか。相変わらずあのおバカ殿下は行動だけは早いですわね」
元同僚の隠密から届いた緊急書簡を読み終え、私はふっと鼻で笑った。
アリア様を傷つけ、私を失って大パニックになっている元凶が、反省するどころか逆恨みで暗殺者を送り込んできたのだ。どこまでいっても救いようのない泥舟である。
「リリア補佐官。どうする? 我が帝国情報部が秘密裏に処理してもいいが」
私のデスクの横で、セリア様(元シャーロット様)が短剣を手の中で弄びながら、冷徹な笑みを浮かべて尋ねてきた。さすがは帝国が誇る超一流のスパイ、全く動じていない。
「いえ、セリア様。せっかくですから、この刺客を【最高の演出】に利用しましょう」
「演出、ですか?」
「ええ。アリア様とルシアス陛下の距離を一気に縮める、絶好のスパイスですわ」
私は手帳を開き、数分で完璧な「迎撃&じれキュンプロデュース計画」を組み立てた。
――その日の深夜。
月明かりすら遮られた離宮の庭園。静寂に包まれたアリア様の寝室のバルコニーに、音もなく黒い影が舞い降りた。シリウス殿下が放った、王国最高峰と謳われる特級暗殺者だ。
暗殺者は手慣れた手つきで窓の鍵を開け、音もなく室内へと侵入する。ベッドの天蓋に向かって、毒を塗った漆黒の短剣を振り上げた――その時だった。
「動くな。そこから一歩でも動けば、その首が飛ぶぞ」
冷徹極まりない、地を這うような低い声が室内に響き渡った。
暗殺者が驚愕して振り返ると、闇の中から現れたのは、ガルディア帝国の若き皇帝、ルシアス陛下だった。その手には、月光を反射して禍々しく光る、皇帝直属の魔剣が握られている。
「なっ……なぜ皇帝がここに……!?」
「お前たちの動きなど、リリアと我が国の情報部には最初からすべて筒抜けだ。我が愛しの聖女に害をなそうとした罪、その命を以て償うがいい」
ルシアス陛下が魔剣を鋭く一閃させる。凄まじい剣圧だけで、特級暗殺者は武器を弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。そこへ、待機していたセリア様率いる帝国の精鋭騎士たちが一斉に飛び込み、暗殺者を一瞬で床に組み伏せる。
「う、嘘だ……王国最高の隠密術が、なぜ……」
「私の予測ルート通りに歩いてくれて助かりましたわ、暗殺者さん」
パチパチと部屋の明かりをつけながら、私は優雅に姿を現した。
彼の侵入経路、時間、行動パターンは、私が前の国で見てきた「隠密部隊のマニュアル」からすべて逆算済みだったのだ。私の頭脳の前では、元国の最高戦力など赤子同然である。
「リ、リリア様……? ルシアス陛下……?」
騒ぎに気づいたアリア様が、ベッドの中から体を起こした。まだ眠気眼で、状況が分からず不安そうに身を震わせている。
「アリア、怖がらせてすまない。だがもう大丈夫だ。虫ケラはすべて片付いた」
ルシアス陛下は魔剣をサッと鞘に収めると、一瞬でアリア様の元へと駆け寄り、その華奢な体を広い胸の中にぎゅっと抱きしめた。
「ひゃっ……!? る、ルシアス陛下……!?」
「すまない、私がついていながら、お前を危険に晒しかけた。……二度とお前を怯えさせはしない。私の命に代えても、お前を守る」
陛下の耳元が、ほんのりと赤くなっているのを私は見逃さなかった。必死にアリア様を安心させようと、過保護なまでに抱きしめる皇帝陛下。アリア様もまた、最初は驚いていたものの、陛下の温もりと一途な言葉に安心したように、その胸にそっと顔を埋めて顔を真っ赤に染めている。
(はい、両片想いのじれキュンイベント、一丁上がりですわね。陛下、グッジョブです!)
私は壁際でセリア様と目配せをし、満足感に浸りながら暗殺者を外へと連れ出させた。
翌朝。
捕らえた暗殺者の尋問により、シリウス殿下が国の公金を勝手に使い込んで暗殺ギルドへ依頼を出したという「動かぬ証拠(魔導契約書)」が手に入った。
「さて、この証拠を使って、あのおバカ殿下にさらに極上の絶望をプレゼントしましょうか」
私は笑顔で、その決定的な証拠書類を【ある人物】の元へと転送した。
それは、シリウス殿下の父親であり、今まさに国の崩壊を必死に止めようと頭を抱えている、元国の「国王陛下」その人である。
結界が消えて魔獣が暴れ始め、私の不在で行政が完全麻痺している中、追い打ちをかけるように息子の「公金横領」と「超大国への暗殺者派遣(宣戦布告扱い)」という最悪の凶報を知らされる国王陛下。
その頃、元の国の王宮では、書類の山に押し潰されそうになりながら「リリアを早く連れ戻せ!」と喚き散らすシリウス殿下の元へ、激怒のあまり般若のような顔をした国王陛下が、大剣を激しく引きずりながら歩み寄っており――。
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