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番外編2 クッキー事件!?

 定時退社。それは私にとって、何者にも代えがたい至高の聖域(オアシス)だ。

 ガルディア帝国の最高財務補佐官リリア・エインズワースは、本日も完璧なスケジュール管理により、16時50分という「完全勝利」の時刻を迎えていた。


 あとはデスクを片付け、17時ジャストに脱出するだけ――そう思っていた。


 ドガァァァァァン!!


 私の至高のオアシスを切り裂くように、またしても執務室の扉が粉砕された。これで今月4枚目である。私の給与が5倍になったとはいえ、王宮の営繕係の残業代が増えるので本当にやめていただきたい。


「リリアァァァ! 大変だ! 今すぐ帝国の全軍に『最高警戒態勢』を発令しろ! それから神殿の最高司祭を全員ここに集めるのだ!」


 乱入してきたルシアス陛下は、漆黒の軍服を乱し、恐怖に顔を歪めながら私のデスクを激しく揺さぶった。


「……はぁ。陛下、定時10分前の全軍出撃要請は、私のマカロンタイムへの宣戦布告ですわ。で、今度はどこの神話の邪神が復活したのですか?」


「アリアだ! アリアが、私のために『クッキー』を焼いてくれたのだ!!」


「は?」

 私と、隣で優雅に暗器を磨いていたセリア様(元シャーロット様)の視線が、凍りついた。


 陛下の背後から、エプロン姿で顔を真っ赤にしたアリア様が、おろおろしながら小さなバスケットを抱えてひょっこりと顔を出した。


「あ、あの、リリア様……。ルシアス様が毎日お仕事を頑張ってくださっているので、お礼に、初めてお菓子を焼いてみたのですけれど……」


「まあ、アリア様! なんて健気で愛らしい奥様なのかしら! ……で、陛下。それがなぜ国家滅亡の危機になるのですか?」


 私が冷たく問い詰めると、ルシアス陛下は胸ポケットから聖遺物のような布(ただのハンカチ)を取り出し、涙を流して狂乱し始めた。


「いいかリリア! アリアが初めて作ったのだぞ!? この世界に存在するいかなる宝石よりも尊く、神聖な奇跡の結晶だ! そんな天界の供物を、私のような凡夫の胃袋で消化して消滅させていいわけがないだろう! これは我が国の『第一級国家歴史遺産』に指定し、永久結界を張った超高熱保管庫で国宝として祭るべきだ! 私が食べるなど不敬の極み! 万死に値する!」


「作った本人が食べてほしいと言っているのですから、一秒で咀嚼して胃袋に叩き込みなさいな、このヘタレ魔王」


「無理だ! そんなことをしたら尊さのあまり私の魂が浄化されて消滅する! だから今すぐ、このクッキーに宿る神聖力を測定するための魔導士団を――」


 ルシアス陛下はそこまで言うと、あまりのパニックと尊さ(限界オタク脳)に耐えきれず、白目を剥いてその場にバタァン!と倒れ込んだ。本日も様式美のような自爆である。


「もう! ルシアス様! せっかく美味しく焼けたのに、そんなに嫌がられるなんてショックです……ぅ」


 アリア様が瞳に涙をいっぱいに溜めて、俯いてしまった。

 推しを泣かせるなど、たとえ皇帝だろうと容赦はしない。


「セリア様。いつもの『物理的覚醒(アイス・バズーカ)』をお願いしますわ」

「任せて、リリア補佐官。今回は氷塊多めでいくわね」


 ザバァァァァァン!!


 容赦のない極冷水がルシアス陛下の顔面に直撃する。


「……ガハッ!? 冷たっ……!?」


 激しい水しぶきと共に正気に戻ったルシアス陛下は、泣き出しそうなアリア様の姿を見た瞬間、雷に打たれたように凍りついた。


「ア、アリア……! 違うんだ、私は決して嫌だったわけではない! ただ、お前の手料理が尊すぎて、自分の不甲斐なさに――」


「ルシアス様……。私、ルシアス様に一番に食べてほしかったのです……」


 上目遣いで、きゅっと陛下の濡れた袖を掴むアリア様。

 その破壊力は絶大だった。ルシアス陛下は一瞬で耳まで真っ赤になり、ガタガタと震える手でバスケットから不格好な(だが一生懸命作られた)クッキーを1枚つまみ、意を決して口に放り込んだ。


「……っ!!」

 陛下の動きが止まる。


「ど、どうでしょうか……? お味、変ですか……?」


「――美味い。世界が嫉妬するほど美味いぞ、アリアァァァ!! お前は聖女だけでなく、料理の神の寵愛まで受けていたのか! よし、今すぐ帝国の全住民に、アリアのクッキーの偉大さを称えるために『毎週木曜日はアリア様のクッキー感謝祭』として国民の祝日にする法律を――」


「法律を私物化するなと前にも言いましたわよね、このバカ旦那」


 私はすっと前へ出ると、持っていた分厚い前国解体書類の角で、ルシアス陛下の脳天をパコォン!!と完璧なスイングで叩いた。


「ガハッ!? リ、リリア……! しかし私はアリアの才能を世界に――」


「却下(ストップ)です。祝日を増やしたら、その分の経済損失の補填書類を作る私の残業時間が増えますわ。陛下、のろけるのは勝手ですが、早くアリア様を抱きしめて『美味しい、ありがとう』とだけ言えばよろしいでしょう。ほら、手順の簡略化(スマートワーク)ですわ」


 私が冷徹に指示すると、ルシアス陛下はハッとした顔になり、アリア様を広い胸の中にぎゅっと抱きしめた。

「アリア、本当にありがとう。世界で一番美味しい。私は幸せ者だ」

「ルシアス様…… 私も、幸せです……!」


 二人の周囲に、再び物理的なピンク色のオーラが立ち込め、オフィスが急速に糖度1000%の空間へと変貌していく。


「やれやれ。ギルバート様、不法侵入しているなら、あのバカ夫婦に何か高度な目潰し魔法でもかけてくださいな」

 私が部屋の隅の空間の歪みを睨みつけると、隠れていた魔法大国のギルバート様が「ハハハ! バレていたかい。いやあ、今日も最高にハチャメチャで面白いね!」とお腹を抱えて大爆笑しながら姿を現した。


 時計の針を見ると、時刻はちょうど「17時00分00秒」。


「それでは皆様、私は定時ですのでこれにて完全シャットダウン(退社)いたしますわ。陛下、アリア様、床の水はご自身で雑巾がけしておいてくださいね?」


 私は鞄を手に取り、背後で「待ってくれリリア! アリアのクッキーをあと半分、国宝に指定する手続きを――」「リリア様、お疲れ様でしたぁ!」と叫ぶバカ夫婦を置き去りにし、一秒の無駄もなく、破壊された扉の跡から颯爽と脱出した。


 どれだけ周囲のバカ夫婦っぷりが加速しようとも、私の有能さと、最高の定時退社ホワイトライフは、明日も完璧に守られるのだった。



読んでいただきありがとうございます!

番外編2を出させていただきました!

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