第16話 事務処理
「世界の理をひっくり返すお宝、ですか。ギルバート様、定時退社を愛する私の前で、これ以上残業を増やすような不審物を発見しないでいただけます?」
鼻血を流して気絶しているルシアス陛下をセリア様が手際よく蘇生させる横で、私はギルバート様からの通信魔導具に声を返した。
『いやあ、本当にすまないね。でもねリリア、これを見たら君も絶対にプロデューサーの血が騒ぐよ。旧王国の前国王が、アリア様を強引にシリウスに惚れさせるために作らせていた、古代の禁忌の魔導具――【強制純愛の超大玉爆弾】だ』
「……は?」
あまりにも頭の悪いネーミングに、私の優秀な頭脳が一瞬だけ停止した。
ギルバート様の説明によると、それは爆発すると半径数百メートルに「強制的に特定の相手を溺愛してしまう桃色の魔力ガス」を撒き散らす、最悪の精神汚染兵器らしい。前国王はこれを結婚式で破裂させ、アリア様の心を完全に壊して操るつもりだったのだ。
「なるほど、あの泥舟国家はどこまでいってもセンスが皆無ですわね。そんなもの、今のルシアス陛下に使ったらどうなるか、事務処理的に計算してみなさいな」
私がチラリと視線を向けると、ちょうど意識を取り戻したルシアス陛下が、ウエディングドレス姿のアリア様を見つめたまま「アリア……尊い……やはりお前は私の太陽……」と、すでにガスを吸うまでもなく【自前で精神汚染(溺愛バグ)】を起こしていた。
「リリア補佐官、その爆弾、今どこにあるの?」
セリア様が真剣な顔で尋ねる。
『それがね、旧王国の間抜けな文官が、没収資産の『ただの祝い用の花火』と勘違いして、結婚式会場の広場にすでにセッティングしちゃったんだ。しかも、起爆魔導式が狂っていて、あと1時間で自動的に大爆発するよ?』
「……あの無能ども、全員給与一億割カットの上で、確定申告の書類を永久に手書きにする刑に処しますわ」
私は手帳をバチンと閉じ、ドレスの裾を翻した。
「陛下、アリア様、セリア様! 至急、結婚式会場の広場へ向かいますわよ! バカの遺産が爆発する前に、私の事務処理(物理)で強制シャットダウンいたします!」
* * *
ガルディア帝国の美しい大広場。
そこには、直径3メートルはある、禍々しいピンク色のリボンがデコレーションされた(前国のセンスの悪さが光る)超巨大な大玉爆弾が鎮座していた。表面の魔導タイマーは、無情にも「残り15分」を指してピカピカと点滅している。
「あはは、美しいね! 魔力の密度が濃すぎて、僕の解除魔法でも信じられないほど時間がかかるよ!」
先に到着していたギルバート様が、白銀の髪を乱しながら楽しそうに魔術陣を展開している。楽しんでいる場合ではない。
「ルシアス陛下、剣で叩き割ったらどうなります?」
「……おそらく、衝撃で即座に起爆して、帝都全体が桃色の霧に包まれるな。アリア以外の女を愛する呪いなど、万死に値する。私が我が身を賭してでもこの爆弾を宇宙まで運んで――」
「陛下、落ち着いてください。またそうやって無駄に命を懸けようとする。そんな非効率的な真似、私の有能さが許しませんわ」
私はすっと前へ出ると、大玉爆弾の信管部分に埋め込まれた、前王国の「魔導契約回路」を睨みつけた。
「この術式、シリウスの脱獄の時と同じシステムですわね。旧王国の魔導特許はすべて我が帝国が買収済みです。ということは、この爆弾の所有権も現在は我が国にある……。つまり、私に『返品の手続き』を行う権利がありますの」
私は懐から、ガルディア帝国の最高財務官の魔導印章を取り出し、爆弾の表面に容赦なくドンッ!と捺印した。
「旧王国の不正なデッドストックにつき、クーリングオフを適用。契約を強制解除いたしますわ!」
パチィィィン!!と激しい音が響き、爆弾のタイマーが「エラー:返品受付完了」という文字に変わり、シュルシュルと桃色の魔力がただの炭酸ガスのように抜けて、完全に沈黙した。
「嘘だろ……。国家規模の禁忌兵器を、クーリングオフで無力化したよ、この補佐官……」
ギルバート様が本気で引きつった笑いを浮かべ、セリア様はパチパチと拍手を送ってくれた。これぞ有能な私のデスクワーク無双である。
しかし、完全に安心したその瞬間、爆弾の底から、プシューと最後の一吹き・・・・・だけ、ほんの少しの桃色のガスが漏れ出し、ルシアス陛下の顔面に直撃した。
「あっ、陛下!?」「ルシアス陛下!」
アリア様と私が息を呑む。
前国の「強制純愛ガス」を至近距離で吸い込んでしまったルシアス陛下。彼の氷の双眸が、じわじわと怪しい桃色のハートマーク(物理)へと染まっていく。
「……ア、アリア……」
ルシアス陛下は、ガスによって元々あった溺愛脳が5億倍にブーストされ、完全に理性のタガが外れてしまった。陛下はアリア様の前に猛然と膝をつくと、彼女の細い腰をガシッと抱きしめ、大衆の面前(広場)であるにもかかわらず、そのドレスの胸元に顔を埋めて激しく咽び泣き始めた。
「アリア! 好きだ! 愛している! お前が私のすべてだ! もう結婚式まで待てない、今すぐこの場で私と一つになってくれ! お前が望むなら、今すぐこのガルディア帝国を『アリア帝国』に改名し、帝都の全住民に毎日お前の尊さを讃える賛美歌を歌わせる法律を作る!!」
「ひゃあぁぁぁぁっ!? る、ルシアス陛下、落ち着いてください! 法律はダメです! 恥ずかしすぎて私が死んでしまいますぅぅぅ!」
顔から本物の火が出そうなほど真っ赤になり、涙目で陛下を引き剥がそうとするアリア様。
前国のバカな爆弾のせいで、冷徹皇帝は「国家を揺るがすレベルの超ド級のバカ旦那(限界オタク魔王)」へと完全進化を遂げていた。
(……あら。ガスの効果で、陛下の行動力が暴走していますわね。でも、これだけ周りが見えなくなっているなら――次の『最終プロデュース』の仕込み、今が絶好のチャンスですわ)
私は狂喜乱舞するバカ夫婦の姿を冷ややかに眺めながら、手帳に「結婚式当日、陛下にアリア様へのサプライズとして、世界を驚かせる『ある誓い』を言わせる計画」を、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら書き込み始めるのだった。
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